ハンセン病(leprosy)は感染症法には含まれない。また、らい予防法は1996年4月に廃止された。ハンセン病はらい菌(Mycobacterium leprae )の感染により、皮膚表面に斑紋、結節などを生じさせ、また神経障害による知覚障害、運動障害、筋肉萎縮をきたし、外形的な変形などの後遺症を残す場合がある。近年のわが国での新患発生は年間20名以下で推移している。 WHOにより、多剤併用療法によるハンセン病対策が推進されている。 疫学 らい予防法の廃止に伴い届け出制度はなくなったが、日本ハンセン病学会ハンセン病新患調 査班がわが国のハンセン病の実態把握のための調査を行っている。国内における年間の新患発生数は過去10年以上20名以下であり、そのうち半数以上を在日外国人が占める(図1)。 2002年の国外における新患としては、インド(473,658)、ブラジル(38,365)、ネパール(13,830)、 タンザニア(6,492)、モザンビーク(5,830)、マダガスカル(5,482)に多数の発生が見られ、これら6カ国で世界の88%を占める。その他、HIV感染がハンセン病に及ぼす影響については、結核 におけるような明確な変化は報告されていない。 病原体 ハンセン病は抗酸菌に分類されるらい菌(Mycobacterium leprae )(図2)による感染症である。 らい菌のゲノムDNAは3, 268, 203 bpである。蛋白質をコードする遺伝子は1,604である一方、1,116の偽遺伝子が存在し、このことが、らい菌がin vitroにおいて培養不能であることの原因ではないかと推測されている。菌体最外層にはフェノール性糖脂質(phenolic glycolipid-I, PGL-I)が存在し、末端の3糖の構造はらい菌に特異なものとして血清診断に利用される。 らい菌はphenotype, genotypeともに多型性に乏しく、疫学解析に応用可能な手法がなかったが、近年rpoT 遺伝子内の多型、TTC3塩基のリピート数の違いが報告され、それらによる感染様式の解明を初めとした分子疫学分野の研究が進みつつある。未治療患者に存在するらい菌が感染源となり、鼻粘膜を介して感染が成立すると考えられている。らい菌の病原性は弱く、血清疫学の結果からは、発症に至る感染例は0.2%以下であることが示されている。潜伏期間は通常、2~4年とされているが、20年以上と推定される例も報告されている。 臨床症状 ハンセン病は皮膚症状、神経障害を主な臨床症状とし、菌増殖に伴う1次的な組織の変形、破壊と宿主応 答により惹起された2次的病変が組み合わさった病像からなる。らい菌に対する宿主の免疫能を反映したTT型 (類結核型、tuberculoid type)、B群(境界群、borderline group)、LL型(らい腫型、lepromatous type)、およびI群(未定型群、indeterminate group)にわたる病型スペクトラムを呈する。 ハンセン病の経過中に、らい反応と呼ばれる異なる2種類の急性の炎症反応が起こる場合がある。1)1型らい反応(または境界反応、リバーサル反応):B群の病像 の経過中に急に発赤が増強し、腫張をきたす。Th1型の免疫応答の増強の結果と考えられている。2)2型らい反応(らい性結節性紅斑、erythema nodosum leprosum. ENL):LL型およびBL型に見られる反応で、病変部や正常に見える皮膚に、発赤と疼痛を伴う浸潤性紅斑が出現する。らい菌菌体成分と、これに対する抗体との免疫複合体が血管壁に沈着して起こる症候群である。 病原診断 1)抗酸菌染色によるらい菌の検出。皮下組織をメスでかき取り、これをスライドグラスに塗抹した材料をZiehl-Neelsen染色して抗酸菌を観察する。病理組織標本をFite染色し抗酸菌を証明する。2)Polymerase chain reaction(PCR)によるらい菌特異塩基配列の検出。らい菌に特異的に存在する繰り返し配列、65kD蛋白質遺伝子、36kD蛋白質遺伝子、その他の遺伝子の一部を増幅するPCRが利用されている。3)抗PGL-I抗体の検出。PGL-Iに対する抗体を検出する、ゼラチン粒子を用いた間接凝集反応用キット、セロディアレプラ(富士レビオ)が市販されている。 病原材料かららい菌を分離する場合はマウスのfootpadに接種し、25~30週の観察を行う。 106~107の限定増殖であり、全身化あるいは接種局所の肉眼的変化は観察されない。 予防・治療 実験感染でらい菌の増殖阻止効果を示す例がいくつか報告されているが、ハンセン病に有 効なワクチンは開発されていない。ハンセン病に対しては早期発見、早期治療により後遺症を 残さないことが治療の基本となっている。そのために、WHOの推奨する多剤併用療法(MDT)(表1)が広く適用され、わが国でもそれに準じた治療指針が日本ハンセン病学会により策定さ れている。わが国の治療指針では、菌陰性化および活動性臨床所見が見られなくなるまで治 療を継続することを基本としている(文献3)。それぞれ定められた期間の治療完了を持って治 癒とみなされ、登録から外される。このために図1に示すような急激な患者数の減少となったが、 新患発生の減少は見られず、MDTの感染源対策の意義は絶対的ではない。MDT完了後の再 発率は治療終了時の菌数が多く、時間を経るとともに高くなり、0.01~3.3/100人/年の結果が示 されている。 DDS、リファンピシン、オフロキサシンに対する単剤あるいは多剤薬剤耐性例が認められ、特 に再発例ではその割合が高い。近年、上記3剤についてそれぞれfolP, rpoB, gyrA 遺伝子の特 定塩基の1塩基変異により耐性を獲得することが示され、治療薬選択に利用されている。 <参考文献> 1)Hastings R. C.: Leprosy 2nd Ed., Churchill Livingstone, (1994) 2)大谷藤郎 監修:ハンセン病医学(基礎と臨床)、東海大学出版会、(1997) 3)後藤正道 他:ハンセン病治療指針。日本ハンセン病学会誌、69巻、157、(2000) 4)ハンセン病新患調査班:2003年のハンセン病新規患者発生状況。日本ハンセン病学会誌、 73巻、325、(2004) 5)並里まさ子 他:ハンセン病治癒判定基準。日本ハンセン病学会誌、71巻、235、(2002) 6)Maeda, S. et al: Multidrug resistant Mycobacterium leprae from patients with lerposy. Antimicrob. Agents Chemother. Vol. 45, 3635(2001) 7)WHO expert committee on leprosy, Seventh report. Technical report series 874, WHO, Geneva, (1998) 8)WHO: Weekly epidemiological record 77, 1(2002) |