てつけつぼうせい‐ひんけつ〔テツケツボフセイ‐〕【鉄欠乏性貧血】
鉄欠乏性貧血 ( iron deficiency amemia )
鉄欠乏性貧血
鉄欠乏は単一の栄養欠乏症の中では最も高い頻度でみられる、世界で最も一般的な栄養障害である。IDAは世界中で8〜9億人いるとも言われ、臨床的には貧血の症状を示す。貧血は、多くの国で40%以上の出産可能年齢の女性と、同程度の就学前児にみられる。貧血の妊婦の割合は、先進国では18%であるのに対し、途上国では56%にのぼる。学齢期の児童や妊娠していない女性、青少年や成人男性の貧血の割合はもっと低いが、途上国では25%の男性が鉄欠乏であると言われる。深刻な鉄欠乏性貧血により、仕事や学習能力の低下、乳幼児の場合は知能発達の遅れ、妊産婦の場合は分娩時の出血による死亡や敗血症、低体重児の出産、周産期の感染症等による死亡の危険性が増加し、IDAが克服できれば妊産婦死亡が20%減少するとも言われている。
IDAの主な要因は、鉄分が少ないまたは吸収されにくい食事や、妊娠による需要増加、寄生虫症による消耗などである。レバーなどの赤身の肉類、牛乳、卵、緑黄色野菜などには鉄分が多く含まれる。食物に含まれる鉄のうち、実際に吸収されるのは5〜15%で、吸収率は食物中の鉄の形態や他の食事性因子に左右される。吸収を促進するのはビタミンCやB12、阻害物質はフィチン酸やタンニン酸などであることが良く知られている。鉄欠乏の対策には、重度の鉄欠乏や妊婦などのリスクが高い集団への鉄の補給(supplementation)、国や地域などの集団全体の食事中の鉄の量を増加させる食品への鉄の添加(fortification)、長期的に住民の行動変容を促す栄養教育などを組み込んだ食物ベースのアプローチ(food-based approach)がある。効果を上げるためには、単独で行うよりも複数の対策を組み合わせ、現行の健康政策や食品加工、農業開発等の枠組みに統合させていくことが肝要である。(西田美佐)
参考資料・URL:
調査研究「母子保健改善のための微量栄養素欠乏に関する援助研究」報告書
『母と子の微量栄養素欠乏をなくすために −小さじ一杯で育まれる母子の健康−』
http://www.jica.go.jp/kokusouken/enterprise/chosak...
鉄欠乏性貧血
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/26 21:24 UTC 版)
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鉄欠乏性貧血 | |
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分類および外部参照情報 | |
診療科・ 学術分野 | 血液学 |
ICD-10 | D50 |
ICD-9-CM | 280 |
DiseasesDB | 6947 |
eMedicine | med/1188 |
MeSH | D018798 |
鉄欠乏性貧血(てつけつぼうせいひんけつ、英: Iron-deficiency anemia, IDA)は、体内に鉄が不足する事により、充分にヘモグロビンを生産できなくなることで生じる貧血のことである。なお、貧血症状などの典型的な鉄欠乏症状を呈していないが、貯蔵鉄が減少している状態は「隠れ貧血」とも呼ばれる。
病態
赤血球は細胞内に血色素(ヘモグロビン;Hb)を含有しており、鉄は血色素を構成する必須成分の1つである。血色素が酸素を結合して運べるのは、鉄分の存在によるものである。その鉄分が体内で不足する事により、充分な血色素を生合成できなくなり生じる貧血である。赤血球数は、正常域にあることが多いため、赤血球1つ1つに含まれる血色素量は低下する(低色素性)。また、赤血球の前駆細胞である赤芽球も、赤色骨髄内での数が増加するものの、そのサイズは正常な赤芽球と比べると小さい(つまり、小さな赤芽球が大量に作られる)[1]。
- 生殖年齢の女性は、月経により定期的に出血を生じるが、その際、赤血球に含まれる鉄も体外に排出される。そのため、女性は基本的に鉄分が不足しがちである。
- 胃潰瘍、胃癌、痔、大腸癌、大腸憩室出血などの消化管出血が鉄欠乏の原因となることがある。特に右半大腸癌は鉄欠乏性貧血が唯一の症状であることがある。まれに他の悪性腫瘍が原因で慢性的に出血して鉄欠乏性貧血を生じる事もある。特に偏食をしているわけでもない男性が鉄欠乏性貧血であった場合、しばしば消化管からの慢性的な出血を疑う。
鉄欠乏性貧血の診断はさほど難しくはないが、診断・治療にあたっては下記のように原因を検索する必要があり、その際出血の有無、出血源を調べる。
潜在性鉄欠乏症
貯蔵鉄が減少している状態で血清フェリチン値により判定される[2]。小児期の学習障害[3][4]、異食症やむずむず脚症候群[5]などの体調不良との関連性を示唆する報告がある。
貯蔵鉄量 | 血清フェリチン値(ng/mL) |
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鉄欠乏・枯渇 | 12未満 |
鉄の減少 | 12 - 25未満 |
基準範囲 | 25 - 250未満 |
鉄の増加 | 250 - 500未満 |
鉄過剰 | 500以上 |
原因
鉄の出納が喪失側に偏ると起る。しかし、体内には鉄の予備(貯蔵鉄)が存在するため、この貯蔵鉄が枯渇するまでは鉄欠乏性貧血とならない。
鉄の体外への喪失
慢性的な出血によって、材料の鉄を喪失するため起る。赤血球を慢性的に失う病態として以下の物が挙げられる。
- 月経過多 - 月経の頻度や量が造血能に比べて相対的に多すぎる。
- 悪性腫瘍 - 特に消化管の腫瘍は出血を伴うことが多く、赤血球・鉄喪失の原因となる。
- 潰瘍性大腸炎 - 腫瘍以外で長期の出血を来す代表的な疾患。
鉄の摂取不足
偏食や無理な減量によって鉄摂取が不足した場合も鉄欠乏性貧血の原因になる。
鉄の吸収不良
手術で胃を切除したり、腸管の大規模な切除を行うと、鉄の吸収が難しくなる。
鉄の利用量の急激な増大
鉄がヘモグロビンの合成以外に大量に使用された場合。
統計
- 発症年齢は若年~中年に多い。
- 性差は女性に多い。女性は月経に伴って定期的に赤血球を失っているため男性に比べて貧血に陥りやすい。
- 発症頻度は貧血の中で最も多い。
症状
- 主な自覚症状は、易疲労感(疲れやすい)、倦怠感、動悸、耳鳴り、めまい、呼吸困難感、顔色が悪い、食欲が落ちる等の貧血症状がある。ひどくなると起き上がることも出来なくなる。
- そのほかに特有の症状として指の爪(つめ)が上向きに反り返る。指の爪(つめ)が上向きに反り返る事を匙状爪(さじじょうそう)、スプーン爪(英: spoon nail)、などと言う。
- 眼瞼結膜は蒼白となる。
- 手掌皮溝蒼白(palmer crease pallor)、舌乳頭萎縮、青色強膜などの所見も見られる。匙状爪が鉄欠乏性貧血の4%にみられるのに対して、青色強膜の頻度は87%という報告がある[6]。
合併症
- プランマー・ヴィンソン症候群(Plummer-Vinson症候群、英: Plummer-Vinson syndrome)
- 異食症(ピカ)・異味症
- 特定の非栄養物質を強迫的・常習的摂取する症候。特に氷を異常な量、食べてしまう氷食症のケースが多い。茶葉を食べるなどもみられる。
検査
- 血液検査
- 典型的な検査結果パターン
- Hb(ヘモグロビン) 低下
- Ht(ヘマトクリット) 低下
- MCV(平均赤血球容積) 低下
- MCH(平均赤血球色素量) 低下
- Fe(血清鉄) 低下
- フェリチン 低下
- TIBC 上昇
治療
鉄欠乏性貧血の原因疾患がある場合にはそちらの治療も行う。
鉄剤
鉄剤は可能な限り経口投与とする。鉄剤にはクエン酸第一鉄ナトリウム(商品名フェロミア、1錠50mgで1日に100mgから200mgを分2で投与)と硫酸鉄(商品名フェロ・グラデュメット、1錠105mgで1日105mgまたは210mgを分1または分2で投与)と溶性ピロリン酸第二鉄(商品名インクレミン、1日10mlから15mlを分2で投与する)がある。クエン酸第一鉄ナトリウムは硫酸鉄よりも緑茶に含まれるタンニンとの相互作用が少なく使いやすいことからクエン酸第一鉄ナトリウムが処方されることが多い。緑茶と鉄剤を同時に服用するとタンニンとの相互作用の結果、鉄の吸収が3⁄2に低下すると言われている[7][8] が、吸収の低下が臨床的な治療効果には影響を与えない[9][10]。また緑茶服用後60分後には鉄の吸収は抑制されなくなっている。なおビタミンCを同時投与すると鉄の吸収は増加する。硫酸鉄の方が錠剤が小さいため飲みやすい。
クエン酸第一鉄ナトリウムも硫酸鉄も消化器症状の副作用が有名であり、消化器症状が危惧される場合はテプレノン(商品名セルベックス)などの胃薬を併用する。溶性ピロリン酸第二鉄が経口の鉄剤では最も消化器症状が少ないため、消化器症状の副作用が出た場合は溶性ピロリン酸第二鉄を用いることもある。またクエン酸第一鉄ナトリウムを半分量で投与すると投与可能なこともある。この場合はフェロミア顆粒で1日25mgから50mg投与する。内服困難な場合は点滴で鉄剤の投与をする。含糖酸化鉄(商品名フェジン)40mgを10%ブドウ糖液20mlで希釈して2分以上で静注する。副作用のアナフィラキシーショックや鉄過剰症に注意が必要である。貧血症状が改善してヘモグロビンが正常化しても鉄剤は中止しない。フェリチンが25ng/mlと正常化するまで投与する。鉄欠乏性貧血の再発の危険性からフェリチンが45ng/mlとなるまで投与するべきという意見もある。投与総量の計算には中尾の式[11]を用いることが多い
- 必要鉄量[mg] = (2.7×(16-Hb)+17) × BW
輸血
緊急で貧血を改善させる必要がある場合は輸血をする。
出典
- 鉄欠乏性貧血 MSDマニュアル プロフェッショナル版
脚注
- ^ 大西俊造、梶原博毅、神山隆一 編集 『スタンダード病理学 (第2版)』 p.408 文光堂 2004年3月30日発行 ISBN 4-8306-0449-2
- ^ a b 日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会 『鉄剤の適正使用による貧血治療指針』(改訂第3版)響文社、2015年、22-26頁。ISBN 9784877991142。 NCID BB20559542。全国書誌番号:22755223。
- ^ Oski, Frank A and Honig, Alice S and Helu, Brenda and Howanitz, Peter (1983). “Effect of iron therapy on behavior performance in nonanemic, iron-deficient infants”. Pediatrics (American Academy of Pediatrics) 71 (6): 877-880. doi:10.1542/peds.71.6.877 .
- ^ 北島晴夫「古くて新しい問題,鉄欠乏」『日本小児血液学会雑誌』第14巻第2号、日本小児血液・がん学会、2000年、 51-59頁、 doi:10.11412/jjph1987.14.51、 ISSN 09138706、 NAID 10029308883。
- ^ 内田立身「1.日本の現状と病態」『日本内科学会雑誌』第99巻第6号、2010年、 1194-1200頁、 doi:10.2169/naika.99.1194。
- ^ Crop, MJ and Ramdas, WD and Levin, MD (2016). “Blue sclerae: diagnosis at a glance”. Neth. J. Med volume=74: 215. PMID 27323675 .
- ^ 渡辺晃伸「タンニン酸(喫茶)の鉄吸収に及ぼす影響について」『内科』第21巻第1号、南江堂、1968年、 149-152頁、 ISSN 00221961。 (
要購読契約)
- ^ 久保田一雄, 桜井敏雄, 中里享美, 森田豊穂, 白倉卓夫「老年者鉄欠乏性貧血患者の鉄吸収に及ぼす緑茶飲用の影響」『日本老年医学会雑誌』第27巻第5号、1990年、 555-558頁、 doi:10.3143/geriatrics.27.555。
- ^ 原田契一「緑茶と鉄剤-緑茶の飲用は徐放性鉄剤の効果に影響を与えない」『日本薬剤師会雑誌』第38巻、1996年、 1145-1148頁。
- ^ 三田村民夫, 北薗正大, 吉村修, 薬師寺道明「鉄剤内服時における緑茶飲用の妊婦貧血治療効果に対する影響について」『日本産科婦人科學會雜誌』第41巻第6号、日本産科婦人科学会、1989年6月、 688-694頁、 NAID 110002228928。
- ^ 研修医宿題5 京都府立医科大学呼吸器外科
参考文献
- 岡田定 『あなたも名医!貧血はこう診る : ここを外さない! minimum, standard, advanced』〈jmed mook〉日本医事新報社、2014年。ISBN 9784784964321。 NCID BB15858293。全国書誌番号:22453080。
関連項目
「鉄欠乏性貧血」の例文・使い方・用例・文例
- 若い女性の鉄欠乏性貧血
鉄欠乏性貧血と同じ種類の言葉
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