地域金融と通貨の統合
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「東アジア共同体」の記事における「地域金融と通貨の統合」の解説
資本の自由化・グローバル化の中で発生したため"21世紀型の金融危機"とも呼ばれたアジア通貨危機の後、1997年8月に東京で開かれた会合で日本は、下落した通貨の価値を支える資金を用意するアジア通貨基金(AMF)構想を打ち出した。通貨危機の再発防止に向けて参加国が資金を拠出しプールする基金を創設し、日本が外貨不足となった国の通貨を支えるこの構想に対し、ASEANと韓国は賛同したものの、日本のリーダーシップの強化を懸念する中国と米国が反対し、この構想は同年11月には断念される事となった。 その後1999年のASEAN+3首脳会議で、東アジアにおける通貨・金融分野での自助・支援メカニズム強化の必要性が認められ、2000年5月のASEAN+3財相会議でのチェンマイ・イニシアティブ(CMI)では、ASEAN+3で通貨スワップとレポの取り決め の確立を目指す事と、既存の通貨スワップ網を強化し対象を全てのASEAN加盟国に拡充する事が合意された。さらに2006年5月のASEAN+3財相会議の共同声明では、CMIのマルチ化(2国間の連携を多国間の連携へと移行させるもの)が盛り込まれ、AMF構想の実現への足掛かりになるものと期待されている。 アジア通貨危機には、NIEs諸国の債券市場の発達の遅れと、それらの国に対する資本自由化への圧力も大いに影響している。再発防止のため、輸出により稼いだ外貨を米国債に投資しつつ、米国からリスクの高い短期資本を含む多額の外資を導入するという現在のアジア各国のスタイルを是正するという観点から、アジアの豊富な資本を域内の長期投資に充て、アメリカから独立したアジアの資本市場のインフラ整備を目的とするアジア債券市場(ABM)構想が浮上している。 この構想では、債権の決済を域内で行う事で、将来的には起債も米ドル建てではなく、域内諸国の通貨か共通通貨バスケット建てとする事を目標としている。2003年6月の東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)において創設が発表されたアジア債券基金(ABF)は、アジア・オセアニアの11の中央銀行・通貨当局がその外貨準備の一部を拠出し、合計10億ドル規模となるこの基金をもとに東アジア企業が発行する米ドル建ての債権を買い上げるというものである。この基金はアジアのドル建て国債への投資を取り決めているため直ちに自国通貨建て債券市場の発展に繋がるものではないが、域内の国債市場の活性化に寄与するものと考えられる。東アジア各国の保有する外貨準備が2兆米ドルを超えようという水準にある時、安全性や流動性のみに重点を置いた米国債に集中させず、ある程度のリスクはあっても、収益性と将来性を重視したアジア債権へシフトさせる、という方針に沿ったものである。 また、アジア通貨危機の原因として、殆どの国が自国通貨を米ドルに固定していた事もしばしば指摘される。東アジア各国の通貨は、通貨危機直後の一時期を除き、概ね1対1の割合で米ドルにリンクされている。東アジア諸国で貿易・資本取引と外国為替市場での外貨取引において米ドルの使用が圧倒的に多く、世界の外国為替(直物、先物、スワップ)取引高でも米ドルが重要な取引通貨であり、円は米ドル、ユーロに次ぐ第3位となっている。また東アジア諸国政府も外貨準備資産の大半を米ドルで保有しており、米ドルの計算単位としての地位や安定した米国のインフレ率など、連動通貨としては適している事も、このような現状を生み出す要因となっている。アジア貿易と投資関係の実態を反映しないドルベック制は、1995年春以降のドル高によるアジア諸国の輸出競争力を激減させ、結果としてアジア通貨危機を引き起こした。この教訓を元に、固定相場制を採用する場合は実効レートの変動を抑制できる為替通貨バスケット制が望ましいとする意見もあり、とりわけ東アジアのように、広く分散した貿易相手国と取引を行う地域にとってはそれが一段と重要になる、とも指摘される。 通貨危機の再発防止のためには、アジア経済の相互依存関係を反映した通貨体制の構築、すなわち通貨・金融協力の最終目標である「アジア通貨圏」の成立を推す声も少なくない。東アジアでは前述のように金融面における地域協力は顕著であるものの通貨協力については殆ど合意を得ていない現状があるが、域内の貿易・投資の促進、マクロ経済の安定、経済危機防止といった観点から見れば、将来的には各国が独自の為替制度を用いるのではなく、共通の為替制度採用に向けた国際協調ルールが必要、との観点に基づくものである。 これまでアジアにおいて貿易決済に主に米ドルが使用され円の使用が伸びなかった要因として、日本の財務省が円を国際化の波にさらす事を避けるためにとってきた消極的な政策を挙げる有識者もいる。現在はまだ米ドル建てによる決済が円建てによる決済を上回っているが、日本と東アジア諸国とのFTAが締結されれば、円建てによる決済に逆転するものと予測され、それにより円の比重が上がり、国際通貨として使用される展望も、1つの可能性としては充分に考えられる。 アジアの地域通貨・金融協力を具体化させるためには、円の国際的地位の向上のため、財務省が米ドルへの依存体質から脱却が前提になるものと考えられる。かつての大蔵省の、アジア極東経済委員会(ECAFE) が提案するアジア決済同盟(ACU)・アジア支払同盟(APU)構想への対応 を非難する声は少なくない。 アジアにおける共通通貨構想は2005年の第1回EASの会合において議題とされており、共通通貨の導入で為替相場の影響を抑え東アジア経済の長期的安定をもたらし、同時に国際社会でもドルとユーロと並ぶ存在になるとされるこの構想は、アジアの国際的経済上の地位向上にも貢献するものと予測されている。日本では外務省が実現に積極的とされ、自民党と民主党のマニフェストで東アジア共同体の構築をともに掲げられている。とくに「アジアとの共生」を唱える民主党が意欲的である。また韓国では、保守政治家などが主に提唱している。中国・韓国での反日感情の高まり、それに対する日本国内での反発、また“世界秩序の維持責任者”を自任する米国の介入・干渉も予想される事などから一部では共同体の可能性そのものを疑問視する声もあるが、この構想は近年一段と加速しており、21世紀に現実に起こりうるシナリオの1つと考えられる。 一方で、共通通貨を導入すれば、各国は金融政策や財政政策の主権を失う事にもなる。これにより、自国の市場に合わせた金融政策や財政政策が出来なくなる。日本と他の東アジアは最適通貨圏ではなく、当面そうなる可能性は低い。それにも拘らず性急に共通通貨を導入すると、経済を悪化させる事になる。事実、ユーロに参加しなかったイギリスやスウェーデン、デンマークなどの経済が好調なのに対して、ユーロを導入したドイツやフランスは低迷を続けている。このように、アジア通貨単位(ACU)の研究と設定からACU建て債権の発行を経てアジア共通通貨創設へと向かう「アジア共通通貨圏」成立への道程は未だ遠い。現状では、アジアにEUのような通貨統合の実現性は低いとの推測もなされている。一方、OECD元事務次長谷口誠は著書の中で"未だに金融・資本市場のインフラが脆弱なアジアは、アジア通貨危機の再発防止に重点を置いた、可能な形での「アジア共通通貨圏」を成立させるべきで、アジアが将来、米ドルやユーロと対抗しうる通貨圏を構築できれば、IMFにおけるアジアの主体性を確たるものにし、発言力を増す事になり、東アジア諸国にとっても望ましい事である。"と述べている。
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