寒川神社 寒川神社の概要

寒川神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/01/31 15:22 UTC 版)

寒川神社
寒川神社 拝殿.JPG
拝殿
所在地 神奈川県高座郡寒川町宮山3916
位置 北緯35度22分46.7秒
東経139度23分0秒
座標: 北緯35度22分46.7秒 東経139度23分0秒
主祭神 寒川大明神
(寒川比古命、寒川比女命の総称)
社格 式内社名神大
相模国一宮
国幣中社
別表神社
創建 不詳
例祭 9月20日
主な神事 国府祭
浜降祭
浜降古式祭
武佐弓祭
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大鳥居(二之鳥居)

寒川神社(さむかわじんじゃ)は、神奈川県高座郡寒川町宮山にある神社式内社名神大社)で、相模国一宮に当たる[1]。 また旧社格では国幣中社に列す[2]。現在は神社本庁別表神社となっている。

概要

神奈川県中央南部、相模川河口から約7km遡った左岸の低台地上に鎮座する。古代には相模湾がここまで入り込んでおり、神社からさらに8キロ上流の海老名市国分付近に相模国分寺があった。朝廷からも名神大社として崇敬された。相模国における延喜式内社十三社の中でも、大社とされたのは当社のみである[3]。なお、『寒川(さむかわ)』に『佐無加波』の漢字を当てた例もある[4]

現在も八方除の守護神として関東一円から参拝者が集まり、正月の三が日にはのべ40万人が初詣に訪れる。なお、新年の幕開けとなる元日午前0時には大太鼓の合図と共に八方除祭・元旦祈祷祭が行われ、近年では迎春ねぶたの初点灯も実施されている。一方、テレビ放送の関係者には古くから「視聴率祈願の神社」として知られ、新番組開始前に参拝を行うとされる[5]高倉健など、芸能人の参拝者も多い[5]

この他、宗教法人としての寒川神社は寒川病院を運営している。

祭神

現在の祭神は以下の2柱で、寒川大明神と総称される[6]

  • 寒川比古命 (さむかわひこのみこと)
  • 寒川比女命 (さむかわひめのみこと)

2柱とも記紀には記載がなく、詳細は不明[6][7]。 寒川比古命・寒川比女命は、大水上命(おおみなかみのかみ)の御子とする説もある[7]。大水上命は牟弥乃神社伊勢神宮末社)で祀られるが、この神も大山祇神と同一視されるなど、詳細は不明[8][9]。 寒川大明神は八方除の神とされる。なお、八方除では当社の他にも久伊豆神社などが知られる。

また、祭神については他にも佐河大明神(吾妻鏡十二)、八幡神/八幡大菩薩(諸国一宮神名帳等)[注釈 1]、あるいは菊理媛命(惣国風土記)、澤女神(神名帳考証、神名帳注釈)、素盞嗚命稲田姫尊(旧神詞記)、大己貴尊(一宮巡詣記)などの諸説がある[1][6]

歴史

古代、相模川沿いは相模国造がおり、有力な豪族のいずれかが造営したと推定される。雄略天皇の時期に奉幣、神亀4年(727年)に社殿建立の記録があるが、公式には『続日本後紀』にて承和13年(846年9月8日に、仁明天皇から従五位下を授る記録がある[10]

延喜式神名帳』では「相模国高座郡 寒川神社 名神大」と記載され、名神大社に列している。また、鎌倉時代の『吾妻鏡』には「一宮佐河大神」と記載があり、相模国の一宮とされたことがわかる。源頼家が誕生した際には、源頼朝より神馬の奉納等があった[1]。以後も北条氏鎌倉幕府)から崇敬された[1]戦国時代以降、相模国を支配した後北条氏徳川家康徳川幕府)より社領を認められた[1]。また武田信玄が行軍中に当社を参拝し、自身の纏っていた太刀を安全祈願に奉納した[注釈 2]

明治4年(1871年)5月、近代社格制度において国幣中社に列した[1]大正12年(1923年)9月1日の関東大震災で損傷を受け、昭和2年(1927年)社殿修復を終えた[1]

神階




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  1. ^ 寒川神社八幡(一宮記)、八幡大菩薩(諸国一宮神名帳、諸社根元記)、八幡神(神社考、神社啓蒙、八幡宮本記、諸社一覧、日本国鎮座記、神社要勘、神社提要、新篇相模風土記、神社叢録)
  2. ^ 現在当社の方徳資料館にそのうちの兜が展示されている。
  3. ^ 「大門踏切前交差点」から北方に踏切を超えた所。
  4. ^ ただし、参道と言っても境内入口までは左右に一般の道路が続く。
  1. ^ a b c d e f g 神道大辞典二巻コマ71-72(原本115-116頁)〔サムカワジンシャ 寒川神社 神奈川縣高座郡寒川村宮山字馬場に鎭座。國幣中社。寒川比古命・寒川比女命を祀る。祭神に就いては中世異説を生じ、或は素戔嗚尊、稻田姫命となし、澤女神、或は八幡神となす等區區であつたが、明治時代に入つて現祭神に決定せらる。相模國の一宮である。地方の名祠で、承和十三年從五位下を授け、齋衡元年從四位下に、貞觀十一年從四位上に、元慶八年正四位下に累進し、延喜の制國幣大社に列して名神祭に預かる。降つて鎌倉時代に入り、壽永元年源頼朝嫡男頼家の誕生に際し、幣帛、神馬を獻じ、建久三年八月にも同様のことがあり、同五年社殿を修復せしめ、建保二年北條義時奉幣使を立つ。寛喜元年雷電の事あるにより北條重時使を立てて祈禱を命ず。寶治元年怪異によつて幕府より使を立て、神馬、劍等を納む。大永二年北條氏綱社殿を造營す。天文十五年同氏康またこれを修造す。この頃北條氏から二十七貫の社領を寄せらる。天正十九年徳川家康先規により百石の朱印領を下付し、爾後歴代の将軍に逮び渝ることがなかつた。明治四年國幣中社に列せられ、大正十二年關東大震災に社殿破損したので、國費の支出を仰ぎ、昭和二年十一月これを竣工し、舊に増す輪奐の美を具ふ。境内社に宮山神社がある。例祭は九月二十日に行はる。(以下略)〕
  2. ^ 皇国敬神会編、国立国会図書館デジタルコレクション 「國幣中社寒川神社」 『全国有名神社御写真帖』 皇国敬神会、1922年12月http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/966854/61 国立国会図書館デジタルコレクション 〔御祭神は大水上命の御子にして御傳記詳かならず一に佐河大明神と稱し仁明天皇の承和十三年九月從五位下を授けられ後累進して當社は正四位上となり給へり/相模國一宮にて鎌倉幕府の應時には頼朝北条氏の崇敬厚かりしと。〕
  3. ^ 日本の聖地文化208-209頁『寒川神社』
  4. ^ 新編相模風土記稿第3輯コマ413『寒川 佐無加波ト註ス。郡中宮山村ニ寒川神社アリ。コレ式内神社ニテ當國一宮ナリ。コノ邊六村皆一之宮庄ナレバ。寒川郷ハコノ所ナラン。』
  5. ^ a b 日本の聖地文化247-249頁『"こころ鎮め"の聖地』
  6. ^ a b c 日本の聖地文化224-226頁『揺れ動く祭神』
  7. ^ a b 神道大辞典二巻コマ72(原本116頁)〔サムカワヒコノミコト 寒川比古命 國幣中社寒川神社の祭神。寒川比女命と共に御事蹟明ならず。恐らくは、二神は相模國に坐して、その威徳、遠近に布き給うた國神くにつかみであらう。『神宮儀式帳』には、この二神を大水上命の御子なりとある。伊勢神宮末社牟彌乃神社にも亦この神を祀る。〕
  8. ^ 神道大辞典三巻コマ204(原本337頁)〔ムミノジンシャ 牟彌乃神社 皇大神宮末社の一。同攝社御船神社に御同座鎭祭。『皇大神宮儀式帳』に「牟彌乃神社、大水上ノ兒寒川比古命・寒川比女命・形無」と見える。中世廢絶して社地明かならず、明治四年に至つて御船神社に御同座鎭祭せられた。※御船神社〕
  9. ^ 神道大辞典一巻コマ148(原本249頁)〔オーミナカミノカミ おほみなかみのかみ 讃岐國の神。伊勢皇大神宮の末社神社にも大水上御祖神として此の神を祀り、なほ同じく大神宮末社新川神社には其の御子神新川比賣命を祀る。『皇大神宮儀式帳』に「那自賣神社、大水上御祖命、形石坐、又同御玉、御裳乃須蘇比賣命、形石坐」また「新川神社、大水上神兒、新川比賣命、形石坐」とある。但し香川縣大水上神社の現祭神は大山祇命とある。皇大神宮攝社の御祭神を『儀式帳』に大山罪乃御祖命とある事から考へて、大水神、大水上神、大山祇は同一神と認められる。〕
  10. ^ 日本の聖地文化214頁『神階の上昇とヤマトタケルの伝承』
  11. ^ 日本の聖地文化208-209頁『寒川神社』
  12. ^ 日本の聖地文化97-98頁『西暦五〇〇年/西暦七〇〇年』
  13. ^ 日本の聖地文化197-198頁『相模に見る縄文から神社まで』
  14. ^ 日本の聖地文化226-228頁〔『相模の古社』の説と本書の立場〕
  15. ^ 日本の聖地文化238-239頁『八方除け信仰の神社』
  16. ^ 日本の聖地文化262-263頁『「四神相応」と「鬼門」信仰』
  17. ^ 日本の聖地文化258-259頁『方位信仰の起源』
  18. ^ a b c 日本の聖地文化222-224頁『「国府祭」の「座問答」』
  19. ^ 日本の聖地文化233-236頁『国府祭』


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