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たいか-のかいしん たいくわ― 【大化の改新】

645年大化1)、中大兄皇子(のちの天智天皇)・中臣藤原鎌足らが蘇我氏打倒して始めた古代政治史上の一大改革蘇我蝦夷(えみし)・入鹿(いるか)父子を滅ぼした中大兄皇子孝徳天皇即位させ、自らは皇太子として実権を握った。翌年公地公民制地方行政組織確立戸籍計帳作成班田収授法施行租・庸・調統一的税制実施中心とした改新の詔(みことのり)発布し、氏姓制度による皇族豪族支配否定して、中央集権支配実現へと向かった。大化新政


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大化の改新 (たいかのかいしん)

7世紀の中ごろに行われた政治改革のことです。645年中大兄皇子なかのおおえのおうじ]と中臣鎌足なかとみのかまたり]たちが中心になって、蘇我[そが]氏をたおしたことにはじまって、これまで豪族ごうぞく]のものだった民衆を国のものにしたり、地方を国と評[こおり]に区画したりなど、これまでの政治大きく変えようとしました。



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大化の改新

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/17 12:11 UTC 版)

大化の改新(たいかのかいしん)は、飛鳥時代孝徳天皇2年(大化2年)春正月甲子(西暦646年)に発布された改新の詔(かいしんのみことのり)に基づく政治的改革。中大兄皇子(後の天智天皇)らが蘇我入鹿を暗殺し蘇我氏本宗家を滅ぼした乙巳の変(いっしのへん)の後に行われたとされる(この暗殺事件もまとめて大化の改新と呼ぶこともある)。天皇の宮(首都)を飛鳥から難波宮(現在の大阪市中央区)に移し、蘇我氏など飛鳥の豪族を中心とした政治から天皇中心の政治へと移り変わったとされる。

また大化日本最初の元号である。つまり日本という国の起源がこの時代にある。


  1. ^ 「偽りの大化改新」(中村修也)


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