ファシリテーター 役割・スキル

ファシリテーター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/21 01:30 UTC 版)

役割・スキル

ワークショップを実践するファシリテーターの重要な技能として、大別して、事前の企画段階におけるプログラムデザインと、当日の運営段階におけるファシリテーションがあり、複合的な能力が求められる[51]

事前のプログラムデザインでは、コンセプトを設定し、趣旨の説明やメンバーの緊張を和らげるアイスブレイク[52]で構成される「導入」、話題提供や意見交換などで構成される「知る活動」、個人やグループでアイデアをまとめたり作品を制作する「創る活動」、発表と振り返りを行う「まとめ」という、起承転結の4段階から成るプログラムを設計し、タイムテーブルを構成する[51]。プログラムデザインでは、実現したい目標やゴールイメージを円の中心に描き、それに沿って、起承転結を並べた「プログラムデザイン・マンダラ」なども活用される[53]。目的やねらいに合わせた空間デザイン・場づくり、適切なグループサイズの設定なども事前に行われる[53]

ファシリテーションとは、「事前に設計したプログラムに沿って進行しながらも、当日の状況に応じて指示を変更したり、参加者に問いかけや助言をしたりすることで、学習や創造の過程をより促進するための一連の働きかけ」であり、ファシリテーターは、参加者の主体性、参加者同士のその場での相互作用による創発を尊重するため、事前に準備をすることができない[51]

スタンフォード大学のアーヴィン・D・ヤーロムによる数種類のグループ・セラピーワークショップを対象にした研究によると、参加者の33%に肯定的な変化が起き、8%が心理的ダメージを負っており、この差はグループ・セラピーの手法の違いではなく、ファシリテーターの質によることが示された[54]。ヤーロムは、ファシリテーターの役割を、次のように示した[54]

  1. 配慮(支援・受容・関心・賞賛)
  2. 意味づけ(説明・解釈・枠組みの提示)
  3. 情緒的刺激(自己開示を迫る・挑発)
  4. 実行機能(目標の設定・時間管理)[54]

(1)と(2)は多いほど良い効果があるため徹底すべきであり、(3)と(4)は多すぎても少なすぎてもプラスの効果がなく、無理強いしてはならない、ということが分かっている[54]

日本聖公会司祭で、ナショナル・トレーニング・ラボラトリーの手法による人間関係トレーニング、感受性訓練、体験学習法などを実践し、日本の環境教育に影響を与えた西田真哉[55]は、「ファシリテーターであるために望ましい条件」として、次の10項目を挙げている[56]

  1. 主体的にその場に存在している。
  2. 柔軟性と決断する勇気がある。
  3. 他者の枠組みで把握する努力ができる。
  4. 表現力の豊かさ、参加者への反応の明確さがある。
  5. 評価的な言動はつつしむべきとわきまえている。
  6. プロセスへの介入を理解し、必要に際して実行できる。
  7. 相互理解のための自己開示を率先できる、開放性がある。
  8. 親密性、楽天性がある。
  9. 自己の間違いや知らないことを認めることに素直である。
  10. 参加者を信頼し、尊重する。[56]

ファシリテーターは、プログラムが開始すると、発言する人が少なく議論が不活発なら、様子を見ながら発言を促し、流れに乗れなくて参加しない人がいる場合には、補足説明を行ったり、参考になるモデルを提示するなどして抵抗感を軽減し、参加意欲を高め、発言しすぎる参加者がいる場合は、他のグループメンバーに質問を投げかけたり、それでも発言が続く場合は阻止し、目的やテーマが決まっている場合は、話がテーマからそれた時は本題に戻るよう誘導し、特定の参加者に対して集中的な批判や反対が生じた場合は、それが建設的なものか、悪意がないかを見極め、必要なら話題を転換するなど[48]、権力を行使したり、場を支配しないように留意しながらも、議論や活動を促進し、場の状況を見守り、プログラムの意図に適した介入を行う[48]。複数の参加者に対し、言葉だけでなく、目線やしぐさにまで視覚・聴覚で注意を払い、場の雰囲気を読み、現状に注意を払いつつも先を予測しながらプログラムを進行し、正解が分からず、瞬間瞬間で素早い判断が求められる状態が、ワークショップ終了まで続く[57]。対話を活性化させる問いの設定、安心して発言できる、心理的安全性英語版の保たれた場作り、発言を参加者が共有し、議論を見える化するために板書すること(ファシリテーション・グラフィック)など、様々なスキルが求められる[53][58][59]

経験の浅いファシリテーターは、経験あるファシリテーターについて、協同でファシリテーションを行うことで、技能を深めることができる[60]

ワークショップを運営するファシリテーターには、よく練られたプログラムデザインと、当日の臨機応変で適切なファシリテーションが必要不可欠であり、ワークショップの出来不出来は、ファシリテーターの力量に大きく左右される[51]。ファシリテーターの需要は高まっており、育成講座なども増えているが、参加者の学びを支援するだけでなく、知識を教授する役割(インストラクター)、地域社会等との協働を企画する役割(コーディネーター)といった役割が求められることもあり、必要とされる場も多様で、場により目的により、困難さや適切な方略、振る舞いや役割が異なることもあり、その複雑さから、育成は容易ではない[51]

権力の行使の自制

ファシリテーターは場の進行役であり、そのため自然と場をコントロールする力を持つが、主役はあくまで参加者であり、参加者の主体性・自立が重視されるため、ファシリテーターは場をコントロールしてはいけないと考えられており、その役割は矛盾を孕む面がある[61]。ファシリテーターの育成を行う森雅浩は、権限のある「偉い人」がファシリテーションをやると、場をコントロールしてしまい、失敗しやすいことを指摘している[61]。学校教師がファシリテーターの役割・スキルを学ぶ場合も、通常の学校の、教師から生徒に決まった内容を一方的に教える授業とのギャップに悩む人が多いという[61]

ファシリテーターの行動(介入)がある種マニュアル的になり、権力を行使し、操作的な質問や指示を行って参加者に自己開示を行わせたり、感情を揺さぶって、自分の殻を破った、成長したと一時的に勘違いさせるといった、自己啓発セミナーのような操作的なトレーニングにならないよう留意する必要がある[62]

信頼関係の構築・維持

森雅浩は、参加者の積極的な発言や行動を根底で支えているのは、「ファシリテーターに対する信頼」であり、「最低限の信頼関係がないとファシリテーターはメンバーからの反発や抵抗にあう」と指摘している。参加者がファシリテーターを信頼していないと、意欲は低下するため、ファシリテーターには、参加者と良好な信頼関係を築き、それを維持する努力が必要とされる[63]

振り返り

プログラムが終了したら、振り返り、フィードバックを行う。目標がある場合は、それを達成したかどうかだけでなく、グループのあり方がどうであったかを振り返ると、参加者の今後に役立つ[64]。ファシリテーターは、参加者に対して権威者になりえるため、フィードバックの際に、ファシリテーターやスタッフの解釈が参加者のものより正しく、意味があると捉えられ、そのフィードバックが一見厳しかったり、鋭く感じられるものである場合、参加者を傷つけてしまうこともある[62]

道具

ファシリテーションの道具としては、進行表、進行管理に使うストップウォッチ(タイマー)、合図に用いる笛・ベル、「ふりかえり」や「わかちあい」に用いる模造紙・紙、マーカー、付箋、マグネットなどがある[53]


注釈

  1. ^ ラップアラウンドとは、アメリカ、カナダ等で行われているソーシャルワークのアプローチの一種。児童福祉、少年司法、精神保健、教育などの分野において、行動面・情緒面・精神面に深刻で複雑な問題を抱える子どもや若者に対して、コミュニティを基盤として子どもと家族を支援するチームを組み、クライエントの自己決定を重視した、柔軟で包括的な支援やサービスを行うチームアプローチ。1年半 - 2年程度集中的に関わって支援し、エンパワーすることで、彼らが自らの周囲の環境や問題に目を向け、理解し、その意味をリフレーミングすることを重視しており、クライエントが地域をまきこんだ(ラップアラウンドした)形でつながりを作り、成長し、自分たち自身で必要なものに手を伸ばし、生活していく力を身につけることを目指す。[43][44]ラップアラウンド・ファシリテーターは、この支援チームの会議を主導、管理し、必要な支援を行うことができるよう議論を援助する。

出典

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