ブルセラ症はブルセラ属菌による人獣共通感染症である。食料や社会・経済面のみならず、共 同生活者としても動物への依存度が強い国や地域では、いまだに重要な感染症の一つである。 一方、多くの工業国では動物のブルセラ症対策が行き届いた結果、ヒトのブルセラ症も減少した。 これらのことは、ヒトのブルセラ症の発生が保菌動物の存在に依存していることを示している。 疫 学 本症のおもな分布域は地中海地域、西アジア、およびアフリカとラテンアメリカなどで、一部地域 では増加傾向にあるとされる。流行地で報告される発生数には大きな幅があるが、動物に対する ブルセラ症対策が行われていない地域での報告が多い。動物間でブルセラが流行している地域 でヒトの感染率が低く報告されている場合には、サーベイランスや報告システムの不備である可 能性を考える必要がある。一部の国々では、本来ヒツジとヤギを自然宿主とするBrucella melitensis 、 およびブタを自然宿主とするB. suis がウシに定着してヒトへの感染源となり、公衆衛生上の新し い問題となっている。 ブルセラ症は、感染動物の乳や乳製品の喫食、感染動物(ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ラクダ、 スイギュウ、野生反芻獣、およびまれにはアザラシ)やその死体、および流産組織などとの接触に よって感染する。酪農・農業従事者、獣医師、屠畜場従事者では職業的な感染のリスクが高く、 実験室内感染もある。 病原体 ブルセラ属には多様な菌種が含まれることが示され、B. abortus, B. suis , B. neotomae, B.ovis, B. canis,そしてさらに最近では海洋動物に病原性を示すB.maris も分離されている。このうち公衆 衛生的にはB. melitensis 感染の問題が大きく、家畜に対して重要なのはB. abortus によるウシの感 染である。ブルセラ属菌の系統的な相関関係はrRNA の塩基配列によって解析される。最も近縁 な菌は日和見感染の原因ともなる環境菌Ochrobactrum anthropi で、この菌はブルセラ特異的 PCR によっても検出される。 ブルセラ菌は食細胞、非食細胞のいずれにも感染しうるが、細胞への接着と侵入に関与する 遺伝子、および菌体成分は明らかではない。菌体成分のうち免疫防御を誘導する主要な抗原は S ‐LPS で、菌の細胞内生残に関与している。S ‐LPS は腸内細菌のLPS と異なり、内毒素感受性 のマウス、ウサギ、ニワトリ胎児に対する毒性、およびマクロファージに対する毒性が低く、発熱 性と低鉄血症誘導能も低い。これらはいずれも実験によって明らかにされたことであるが、ブルセ ラ菌の自然宿主に対する病原性発現の機序には不明の点が多い。 臨床症状 潜伏期間は通常1~3週間であるが、数カ月に及ぶ場合もある。症状は他の熱性疾患と類似し ているが、筋肉骨格系に及ぼす影響が強く、全身的な疼痛感、倦怠感、衰弱、およびうつ状態と、 持続的、間欠的、または不規則な発熱が見られる。一部では泌尿生殖器の症状が顕著である。 症状は軽症で自然治癒する場合もあるが、重症化することもある。病気の期間は2~3週間から数 カ月間である。 病原診断 病原体については血液培養による診断が有効で、発熱時で、なるべく抗菌薬投与前の血液、あるいはリンパ節生検材料、骨髄穿刺材料などを対象とする。培養はB. abortus である場合を考 慮し、炭酸ガス培養を行う。37 ℃で2~14 日間培養し、菌数の少ない菌血症の検索には増菌培 養も行う。ブルセラ属菌は小さい正円形、半球状にやや隆起した表面平滑なコロニーで、3日以 上の培養で直径1.5~2mm になる。菌はグラム陰性の短桿菌で単在することが多く、長い連鎖は 作らない。両端濃染性を示さない。予備的な同定は形態、培養性状、および血清学的方法で行 う。確定的な同定はファージ型別、酸素代謝、または遺伝子型別によって行う。ブルセラ属菌は 研究室感染の危険が最も高い病原細菌の一つであるため、材料はBiosafety Level 3 基準を満 たす条件で取り扱うことが望まれる。 本症は多くの場合慢性経過をたどり、有症状期でもすでに抗体を保有していることが多いため、 日常的な診断で血清診断の持つ意義は大きい。血清反応のうち、標準的に行われる試験管内 凝集反応は操作と判定が容易で、市販の家畜用の標準菌液を準用することができる。感染早期 では、2-メルカプトエタノール感受性のIgM 抗体が検出される。活動型の感染では、IgA とIgG 抗 体の検出が指標となる。 治療・予防 ブルセラ菌にはテトラサイクリン系薬などの抗菌薬が有効であるが、細胞内寄生であるため、リ ファンピシンやキノロン系薬などの抗菌薬を併用する必要がある。成人の急性ブルセラ症に対す るWHO の推奨治療法は、600~900mg/日のリファンピシンと200mg のドキシサイクリンを6週間投 与する方法である。髄膜脳炎や心内膜炎などの合併症がある場合には、リファンピシン、テトラサ イクリン、およびアミノグリコシド系薬を併用する。小児で合併症がない場合には、リファンピシン とコ・トリモキサゾールの併用が推奨される。抗菌薬耐性のブルセラ属菌の存在も知られている が、その臨床的な意義は明らかではない。 現在、弱毒変異株を用いたワクチンの開発が行われているが、実用化には至っていない。実 際的には、ヒトのブルセラ症の予防は感染動物の根絶、および乳と乳製品の適切な加熱処理、予 防接種、および検査陽性動物の殺処分(Test and Slaughter)などの獣医学的な対策が有効であ る。これらの方法によってヒトのブルセラ症の発生が激減した国や地域が多い。 感染症法における取り扱い(2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新) ブルセラ症は4類感染症に定められており、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りとなっている。 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断や血清学的診断がなされたもの ・病原体の検出 例、血液、骨髄その他の組織からの菌の培養・同定など ・病原体に対する抗体の検出 例、試験管凝集反応(1:160 倍以上の力価) 補体結合反応、競合酵素抗体法では急性期と寛解期で4 倍以上の力価上昇など (国立感染症研究所獣医科学部 神山恒夫、細菌部 渡辺治雄) |