第五航空艦隊長官とは? わかりやすく解説

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第五航空艦隊長官

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 23:35 UTC 版)

宇垣纏」の記事における「第五航空艦隊長官」の解説

1944年昭和19年11月15日の第1戦隊解隊同時に軍令部出仕となっていた宇垣は、1945年昭和20年2月10日第五航空艦隊司令長官親補され、同月14日鹿屋基地着任した第五航空艦隊鹿屋特攻隊昭和所属杉山幸照少尉戦後中将は自らが戦局打開の鍵を握っていると錯覚していた」と語っている。 沖縄戦では、特攻主体とした米艦隊への海軍航空総攻撃作戦である菊水作戦指揮するまた、沖縄戦直前には、陸上爆撃機銀河24機によるウルシー泊地米軍機部隊への特攻作戦である「第二次丹作戦」や、九州沖航空戦なども指揮した2月10日第五航空艦隊編成軍令部連合艦隊指示意向による特攻主体とした部隊編成初め行われ、第五航空艦隊長官となった宇垣長官訓示全員特攻決意を全艦隊徹底させた。ただし、夜襲攻撃専念した芙蓉部隊視察した際には、彼らの戦法賞賛している。 宇垣第五航空艦隊司令長官着任した時期には、既に日本軍には米機動部隊通常航空攻撃かけられる高性能機材も、機体数も、熟練パイロット人数揃えられなくなっており、主に特攻攻撃主体とした攻撃法余儀なくされた。第五航空艦隊ですら、寄せ集め戦闘部隊に過ぎなかったのである。さらに索敵機に用い燃料すら確保困難な情況であり、南九州作戦基地収容力加わって不十分な偵察情報を基に散発的に少数機で特攻攻撃通常攻撃をかけざるを得なくなった出撃した攻撃隊の多くは米機動部隊物量システム化された迎撃網の前に散るばかりであった一部迎撃網を突破して空母など主力艦攻撃成功させたものもあったものの、特攻機攻撃力低さから、終戦まで巡洋艦以上中型艦を1隻も撃沈できなかった。しかし一方で正規空母大破させるほどの大損害を与えることに成功した例もあり、特攻により損傷した艦艇修理のために戦場からの一時離脱余儀なくされた。米軍沖縄戦だけで駆逐艦12隻を含む34隻を特攻攻撃により撃沈され、250隻が損傷受けた2月16日アメリカ軍硫黄島に対して攻勢開始連合艦隊丹作戦部隊の編成発令する宇垣20日特別攻撃隊編成下令し、25日に「第二次丹作戦実施計画」をまとめた。これは鹿屋基地から3,000km離れた米軍機部隊本拠地ウルシー環礁対し陸上攻撃機銀河部隊第七六二海軍航空隊)「隊」24機と誘導二式飛行艇3機(八〇一空をもって銀河による体当たり攻撃敢行しようというものだった出撃前、宇垣隊員に対して万一天候其ノ他ノ渉外ノ為指揮官ニ於テ成功覚束ナシト認メタル場合ハ 機ヲ失セズ善処シテ再挙ヲ計レ 決シテ事ヲ急グ必要ハナイ」と訓示出撃直前第四艦隊からの偵察報告受けて時期迷い3月10日攻撃一時止め発進させた攻撃隊を一度引き返させたという。3月11日再出撃では、銀河エンジン不調により24機中8機がエンジントラブル等で帰投。さらに偵察結果待って発進1時間遅らせた飛行艇始動遅れた船団回避のため迂回航路をとった・等の条件重なって16機の到着夜間となり、3機が目標発見せず攻撃断念、1機がエンジン故障不時着12機が特攻結果米軍正規空母1隻(ランドルフ)を大破させたにとどまったその1週間後、本土空襲来襲した米軍機部隊対し3日間の通常攻撃及び70機の特攻機散発的に出撃させ攻撃(この攻撃空母フランクリン大破航行不能)。不十分な敵情把握戦果過大判断の末に4日目3月21日現地部隊反対を「必死必殺誓っている若い連中呼び戻す忍びない」として押し切り桜花特攻部隊神雷部隊』の出撃至った一式陸攻18機(桜花搭載機15)と零式艦上戦闘機55出撃予定だったが、零戦故障のため次々作戦参加不能となり、神雷部隊同行できたのは30機にすぎなかった。神雷部隊F6Fヘルキャット等約50機に迎撃され、陸攻は「桜花」は母機諸共全機帰還せず零戦10失った4月6日になって菊水一号作戦発動されると一日出撃数としては海軍特攻として過去最多161機を出撃させたが、これも目標到達時間統一しなかったことから飽和攻撃はならず結果的に散発的攻撃ではあったが、陸軍第一次航空総攻撃特攻機61機)を実施しており、7日56出撃合わせる戦果駆逐艦3隻、掃海艇4隻、揚陸艇 (LST) 2隻、貨物船2隻撃沈正規空母1隻、護衛空母1隻、戦艦1隻、駆逐艦大破7隻を含む15隻、掃海艇7隻損傷(他に魚雷艇2隻、LCIなど)にまで上ったこの際連合艦隊司令部強引な作戦指導により戦艦大和第二艦隊旗艦司令長官伊藤整一中将)と第二水雷戦隊米軍機部隊航空機猛攻により壊滅している(坊ノ岬沖海戦)。宇垣は突然決まった水上特攻作戦に不満を抱きつつも、特攻隊護衛機一部割いて第二艦隊の上護衛行っている。連合艦隊司令部第二艦隊対し護衛戦闘機を出す事を計画していなかったが、宇垣は第五航空艦隊長官の権限大和以下の艦隊護衛戦闘機零戦部隊出撃させた。護衛戦闘機搭乗員には他の任務がある都合上途中までの護衛となったその後菊水作戦6月以降まで行われた兵力枯渇や、散発的な使用により、大きな戦果挙げられなかった。8月10日付で第五航空艦隊司令長官の職を解かれ後任には草鹿龍之介中将内定している。宇垣8月10日付で第三航空艦隊司令長官親補されたが、着任しないまま終戦迎えた第五航空艦隊司令長官在任中の宇垣は、全ての特攻出撃について訣別見送り行ったという。

※この「第五航空艦隊長官」の解説は、「宇垣纏」の解説の一部です。
「第五航空艦隊長官」を含む「宇垣纏」の記事については、「宇垣纏」の概要を参照ください。

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