動物音声
『源氏物語』「若菜」下 柏木は女三の宮の姿をかいま見て恋情募り、彼女の兄東宮を利用して、女三の宮の飼い猫を手に入れる。柏木は猫をかわいがって女三の宮を偲び、猫はよく馴れて、そばに寄り臥して鳴く声は、柏木には「寝よう寝よう」と聞こえた。
『十訓抄』第4-16 文章博士橘広相は、「阿衡(アコウ)」という語の用法の誤りを藤原佐世から指摘されて怒り、「死後、犬となって佐世を食らおう」と言って死んだ。その後、多くの赤犬が大路を走り、「阿衡、阿衡」と吠えて人に噛みついたので、人々は「阿衡くひ」と呼んで恐れた。
『猫忠』(落語) 清元の師匠お静が、恋人と酒を飲んでいる。弟子たちが「あの男は怪しい」と言って取り押さえると、猫が化けていた。それは三味線の皮にされた猫の子供だった。弟子たちは、「猫が只酒を飲んで、只飲む(忠信)。さしずめ師匠は静御前だね(*→〔狐〕1の『義経千本桜』)」と、からかう。お静が「私なんかに静御前は似合いません」と恥ずかしがると、猫が「にゃあう」。
『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻701話 ある家で飼われている牛が、必ず毎夜1度、長く呻(うめ)いた。その声をよく聞くと、『阿弥陀経』であった。牛が呻き始めるのにあわせて、人が『阿弥陀経』を読むと、首尾がぴたりと合って終わった。前世で『阿弥陀経』を読誦していた修行者が畜生道に入り、牛に生まれたのだろうか。哀れなことである。
*親鸞の寝息はそのまま称名であった→〔経〕7の『和漢三才図会』巻第66・大日本国「常陸」。
*仏が牛に化身することもある→〔牛〕1bの『栄花物語』巻25「みねの月」。
『郭公』(昔話) 母親が「背中をかいてくれ」と頼むが、子供は言うことをきかない。母親はかゆくてたまらず、裏山の崖に背中をこすりつけてかいているうちに、谷川に落ちて死ぬ。子供が悔やんで「かこう、かこう」と泣いていると、神様が「毎日『かこうかこう』と鳴くがよい」と言って、子供を郭公鳥(かっこうどり)にする(長野県北安曇郡)。
『駒長』(落語) 怠け者の長兵衛が損料着物(貸衣装)屋の丈八に、「お前はおれの女房お駒と間男しているだろう」と因縁をつけ、借金を踏み倒そうとする。しかし、お駒は長兵衛の悪だくみを丈八に打ち明け、丈八はお駒の境遇に同情して、2人は駆け落ちする。書き置きを見て驚いた長兵衛があとを追おうと飛び出すと、屋根の烏が「阿呆、阿呆」。
『遠野物語』(柳田国男)51 昔、ある長者の娘が、別の長者の息子と親しみ、一緒に山へ行って遊んだ。そのうちに息子の姿が見えなくなり、夜になるまで探し歩いても見つけることができなかったので、ついに娘は「オット鳥」になった。「オットーン、オットーン」と鳴くのは、夫のことである。末の方がかすれて、あわれな鳴き声である。
『時鳥と百舌』(昔話) ある時、百舌は時鳥の金を預かり、仏壇の仏様を買って来る約束をしながら、その金で酒を飲んでしまった。以来、毎年その時期になると、時鳥は「本尊掛けたか(ホンゾンカケタカ)」と鳴いて催促するようになった(和歌山県有田郡)。
*蝉の鳴き声が、「良いぞ良いぞ」「しかしか」と聞こえる→〔蝉〕4の『かげろふ日記』下巻・天禄3年6月。
『琵琶伝』(泉鏡花) 孤児の謙三郎は叔母の家に養われ、従妹のお通と相愛の仲になった。謙三郎は、「琵琶」と名づけた鸚鵡に、「ツウチャン、ツウチャン」という言葉を教えた。お通に用がある時には、謙三郎に代わって鸚鵡が「ツウチャン、ツウチャン」と呼んだ→〔夫殺し〕5。
『発心集』巻8-5 唐(もろこし)でのこと。僧の朝夕の念仏を鸚鵡が聞き覚え、口真似をして常に『阿弥陀仏』と鳴いていた。やがて鸚鵡は死に、寺の僧が死骸を埋める。後にそこから1本の蓮華が生えて来たので、驚いて掘ってみると、蓮華は鸚鵡の舌を根として生え出ていた。
『鶴(かく)レイ』(谷崎潤一郎) 支那趣味の男が、妻しづ子と娘照子を日本に残したまま中国に渡り、7年後に、1羽の鶴と若い支那の女を連れて、帰って来る。男は妻を遠ざけ、鶴と支那の女を朝夕の友として暮らしたので、照子は「母の敵」と言って、支那の女を短刀で刺す。殺される時の女の悲鳴は、鶴の泣き声にそっくりだった。
『ゲスタ・ロマノルム』48 青銅鋳造者ペリルルスが、出来たての雄牛像を、残酷な性格のファラリス王の所へ持って来て、説明した。「雄牛の脇腹の入口から、死刑囚たちを牛の体内に入れ、下から火を焚いて焼き殺します。死刑囚たちの苦悶の叫びは人間の声とは思えず、牛の声のように聞こえるので、王様には同情心など起こらないでしょう」。王は言った。「まず、お前自身の体で試してみよ」。
『狐』(新美南吉) 初等科3年生の文六ちゃんが、月夜に下駄を買う。通りかかりのお婆さんが「晩に新しい下駄をおろすと狐がつく」と言うので、文六ちゃんと一緒に夜道を歩く子供たちは、不安になる。その時、文六ちゃんが「コン」と小さな咳をする。子供たちは「文六ちゃんは狐になった」と思う。お母さんは、「もし文六ちゃんが狐になったら、父ちゃんも母ちゃんも一緒に狐になるよ」と言う。
『こん』(星新一『悪魔のいる天国』) 夫が帰宅すると、妻が目をつり上げて「こん」と一声叫び、それっきり口をきかなくなる。夫は、「狐がとりついたのだ」と思い、医者に連れて行く。医者は、「何らかのショックによる思考中断症状だ」と診察し、注射を打つ。妻の思考は復活し、狐の鳴き声の続きを叫ぶ。「・・・・ど浮気したら承知しないわよ」。
『墓見』(落語) 安兵衛が谷中の墓へ行く途中、猟師につかまった狐を助けてやる。狐は、おこんという女に化け、安兵衛の女房になる。隣人たちが「おこんは狐じゃないか?」と疑い、安兵衛の留守におこんを問い詰めると、「こーん」と鳴いて逃げ去る。隣人たちは「やっぱり狐だったか。ひょっとしたら安兵衛も狐かもしれない」と言っているところへ、安兵衛の親父がやって来る。隣人「安兵衛がそちらへ行きませんでしたか?」。親父「来ん」。隣人「あっ、親父も狐だ」。
『水滸伝』第56回 泥棒の名人時遷が、槍術師範の徐寧の屋敷へ盗みに入る。徐寧の妻が女中に「梁の上で音がするよ」と言うので、時遷は鼠の鳴き声を真似る。女中が「奥さま、鼠が喧嘩をして騒いでいるのですわ」と言い、時遷は女中の言葉に乗じて、鼠の喧嘩の真似をしながら屋敷を抜け出す。
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