上陸開始
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 21:32 UTC 版)
「ノルマンディー上陸作戦」の記事における「上陸開始」の解説
イギリスのモントゴメリー将軍の総指揮の下、西から順にブラッドレー将軍指揮のアメリカ軍担当の「ユタ」(第4歩兵師団コリンズ将軍指揮)・「オマハ」(第1歩兵師団ゲロウ将軍指揮)、デンプシー将軍指揮のイギリス軍担当の「ゴールド」(第50歩兵師団ブックノール将軍指揮)・「ジュノー」(カナダ第3歩兵師団)・「ソード」(第3歩兵師団)の5つの管区に分けられた。各管区はAから始まる通しのコードネームが付けられた3つから4つのブロックに分けられ、更に各ブロックは「レッド」「グリーン」「ホワイト」の3セクタ―に分けられた。 豪華な朝食を食べたのち、各輸送艦上で士官は上陸する兵士たちに訓示をしていた。訓示内容は統一されておらず、お国柄が出ていた。アメリカ軍のある部隊では「地獄でも高潮でもやってこい。障害物の畜生なんぞ取っ払え」と士気を煽る激しいものであったのに対し、イギリス軍のある部隊ではウィリアム・シェイクスピアの史劇ヘンリー五世の一節を引用して「今日死なないで帰国する者は、こののちこの日がきたときには、我知らず足をつまだてるであろう」と静かに訓示した。 一方で、ドイツ軍は連合軍大船団をレーダーでとらえていたものの、前線までにはその情報は伝わっていなかった。そのため、夜明け前に視界が開けてくるにしたがって、海岸のドイツ軍監視所からもこの異様な大船団が見えるようになっていた。オマハ・ビーチを見下ろす監視所で夜通し海上を監視していたヴェンナー・ブルースカット少佐は、散りかけている靄の間で、水平線いっぱいにあらゆる大きさの船が静かに進行しているのを発見した。ブルースカットは信じられないものを見ている感覚に襲われるとともに、ドイツの終わりがきたことを理解した。それからブルースカットは第352師団のブロック少佐を電話で呼び出すと「ブロック、上陸だよ。少なくとも1万隻の船がいる」と報告した。報告を受けたブロックは信じられず「しっかりしろ、ブルースカット、落ち着き給え」「イギリスとアメリカをあわせたって、そんなに船はありはしない。どこの国にそれだけの船があるものか」と否定した。 「嘘じゃない!」と彼は叫んだ。「信用しないのなら、ここへ来て、自分の目で見たまえ!途方もない船団だ!信じられない眺めだ!」ちょっと間があいて、再びブロックの声がもどった。「その船団はどちらへ向かっているのかね?」受話器を握りしめたまま、プルースカットは銃眼に目をやって答えた。「まっすぐ私の方へだ!」 — 『史上最大の作戦』pp.247 午前4時58分、上陸前の爆撃が続く中、「全舟艇おろせ」の命令が出され、兵士たちは輸送艦上から上陸用舟艇にネットを伝って乗り込んだ。しかし、兵士たちは通常の作戦より遥かに重装備であり、なかには自分の体重に装備を合わせて150㎏の重量に達するような兵士もいた。そのため、舟艇に乗り移るのも一苦労で、なかにはネットから舟艇に落下して重傷を負うものもいた。また、舟艇に乗り込んでも、クレーンで海面に下ろそうとしたとき滑車が故障して、舟艇が空中にぶら下がってしまうという事故もおこっている。 海岸への侵攻準備が進む中、援護の軍艦は艦砲射撃の開始に備えていた。計画では上陸前40分からの砲撃開始であり、先行するイギリス軍の担当ビーチでは5時30分、アメリカ軍の担当ビーチでは5時50分開始予定であった。しかし、砲撃を先に開始したのはドイツ軍であった。4時15分、ユタ・ビーチにアメリカ軍駆逐艦「コリー(英語版)」が接近してきたが、ドイツ軍砲兵が指揮官に7.7cm FK 16での反撃を申し出た。これまで散々空襲で痛めつけられてきたのもあって指揮官は砲撃を許可し、「コリー」に向けて砲撃したが命中しなかった。逆に砲兵陣地が暴露されてしまったので「コリー」の反撃にあい、3斉射目で砲兵陣地ごと7.7cm FK 16は撃破されてしまった。 さらに5時20分ごろには、掃海作業を行っていた掃海艇に対してドイツ軍から砲撃があったので、イギリス軍軽巡洋艦「ブラック・プリンス」が反撃を行った。ドイツ軍砲台は連合軍の大艦隊に対して果敢にも反撃を行ったが、ドイツ軍の火砲は旧式なものが多く、また同じ砲台なのに、海上の艦艇を砲撃するときはドイツ海軍の指揮下となるのに対して、上陸部隊に対する砲撃はドイツ陸軍の指揮に従わないといけないなど複雑な指揮系統もあって、反撃も組織立ってはおらず、海上の艦艇に対して全く命中しなかった。 連合軍艦隊はドイツ軍の反撃を見て、作戦計画前ではあったが艦砲射撃開始を命じた。アメリカ軍駆逐艦「カーミック(英語版)」では艦長が「全員に告ぐ。これから今まで見たことないようなパーティが始まるのだ!今こそ、出て踊れ」と激しい言葉で砲撃開始を命じた。戦艦や巡洋艦といった大型艦は特定する海岸砲を叩き潰すという任務が与えられ、海岸砲の射程外の沖合に投錨して巨砲をドイツ軍砲台に浴びせ、駆逐艦などの小型艦などは海岸付近のドイツ軍陣地を砲撃し、上陸部隊の援護を行った。 ユタ・ビーチとオマハ・ビーチを見下ろす位置にありアメリカ軍がもっとも警戒していたポワント・デュ・オックのドイツ軍砲台に対しては、アメリカ軍戦艦「ネバダ」、「アーカンソー」が600発もの巨砲を撃ち込んで沈黙させてしまった。先走って反撃したユタ・ビーチでは、偵察機によって砲台や陣地の位置が暴露されてしまっており、連合軍艦砲射撃が開始されると間もなく大口径の砲弾が次々と着弾し、その正確な砲撃で塹壕はならされ、鉄条網は吹き飛び、対空砲台は破壊されて夥しい死傷者が生じ、艦砲の恐怖をドイツ兵に植え付けることとなった。しかしオマハ・ビーチについては、大型艦の艦砲射撃が砲台破壊を重視したこともあって、大きな損害はなかった。爆撃による被害もほとんどなかったこともあって、オマハ・ビーチのドイツ兵は「連中、我々には手を出さんつもりですかね」と嘯くほど余裕があった。 ゴールドビーチ、ジュノービーチ、ソードビーチではイギリス軍戦艦「ウォースパイト」、「ラミリーズ」を主力とするイギリス軍戦艦と巡洋艦が巨砲を浴びせて、次々と砲台を沈黙させていた。なかでもラプラタ沖海戦の殊勲艦軽巡洋艦「エイジャックス」は15cm砲を装備した砲台を含む4個の砲台を破壊するという戦果を挙げた。大艦隊による激しい艦砲射撃は、あたかも沿岸要塞網全体を一面の砲火で覆ったように見えて、その光景を見ていた水兵たちは、友軍の巨艦の雄姿を誇りに感じ、「こうした光景が見られるのもこれ1回限りではないか」「こんなすごい砲弾の洪水の下で、いったい耐えられる軍隊があるはずがない」「2時間か3時間で、きっと艦隊は必要な仕事を終えてしまうだろう」などと各々で思いを抱いた。また、頭上を巨弾が飛び交っている中で上陸用舟艇に乗って海岸に向かっている兵士たちも、ずぶ濡れになりながら頭をあげて万歳の声をあげた。しかし、短時間の艦砲射撃ではドイツ軍の海岸陣地を無力化することはできておらず、特にオマハ・ビーチでは殆どの拠点が健在で上陸部隊を待ち構えていた。 航空機の爆撃・艦船からの艦砲射撃・空挺部隊降下の支援の下、水陸両用戦車を配備した第一次上陸隊が橋頭堡を確保し、第二次上陸隊以降が突破口を広げる計画が立てられていた。そして1944年6月6日午前6時30分、5つの管区で一斉に上陸を開始した。
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