『世界の多様性』
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「エマニュエル・トッド」の記事における「『世界の多様性』」の解説
トッドはその後、1983年に『第三惑星』 (La Troisième Planète)、1984年に『世界の幼少期』 (L'Enfance du monde) を著した。後にこの二作は『世界の多様性』 (La Diversité du monde) として一冊にまとめられた。トッドはこの中で世界の家族制度を分類し、大胆にかつての家族型と社会の関係を示した。ピエール・ショーニュ(フランス語版)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ、アンリ・マンドラーズ(フランス語版)、ジャン=フランソワ・ルヴェルらフランスの歴史学者、社会学者に支持され、非常に活発な議論を引き起こした。 トッドが示した家族型は以下のとおりである。 絶対核家族 (la famille nucléaire absolue)子供は成人すると独立する。親子は独立的であり、兄弟の平等に無関心である。遺産は遺言に従って分配される。イングランド、マン島、オランダ、デンマーク、ノルウェー南部、イングランド系のアメリカ合衆国、カナダ (ケベック州を除く)、オーストラリア、ニュージーランドに見られる。基本的価値は自由である。世界の他の地域に比べ、女性の地位は高い。これは、核家族が本質的に夫婦を中心にするため、夫と妻が対等になるからである。一方、基本的価値が自由であることから、子供の教育には熱心ではない。個人主義、自由経済を好む。移動性が高い。 平等主義核家族 (la famille nucléaire égalitaire)子供は成人すると独立する。親子は独立的であり、兄弟は平等である。遺産は兄弟で均等に分配される。パリを中心とするフランス北部、スペイン中南部、ポルトガル北東部、ギリシャ、イタリア南部、ポーランド、ルーマニア、ラテンアメリカ、エチオピアに見られる。基本的価値は自由と平等である。女性の地位は、娘が遺産分割に加わる社会(フランス北部)では高いが、そうでない地域ではやや低い。絶対核家族と同様、個人主義であり、子供の教育には熱心ではない。核家族を絶対核家族と平等主義核家族に分け、平等への態度が全く異なることを示したのはトッドが最初である。 直系家族 (la famille souche)子供のうち一人(一般に長男)は親元に残る。親は子に対し権威的であり、兄弟は不平等である。ドイツ、スウェーデン、オーストリア、スイス、ルクセンブルク、ベルギー、フランス南部 (地中海沿岸を除く)、スコットランド、ウェールズ南部、アイルランド、ノルウェー北西部、スペイン北部(バスク)、ポルトガル北西部、日本、朝鮮半島、台湾、ユダヤ人社会、ロマ、カナダのケベック州に見られる。イタリア北部にも弱く分布し、また華南に痕跡的影響がある。多くはいとこ婚を禁じるが、日本とユダヤではいとこ婚が許され、ロマにおいては優先される。基本的価値は権威と不平等である。子供の教育に熱心である。女性の地位は比較的高い。秩序と安定を好み、政権交代が少ない。自民族中心主義が見られる。 外婚制共同体家族 (la famille communautaire exogame)息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親は子に対し権威的であり、兄弟は平等である。いとこ婚は禁止されるか少ない。ロシア、フィンランド、旧ユーゴスラビア、ブルガリア、ハンガリー、モンゴル、中国、インド北部、ベトナム、キューバ、フランスのリムーザン地域圏およびラングドック=ルシヨン地域圏とコートダジュール、イタリア中部(トスカーナ州やラツィオ州など)に見られる。基本的価値は権威と平等である。これから、共産主義との親和性が高い。トッドがそもそも家族型と社会体制の関係に思い至ったのは、外婚制共同体家族と共産主義勢力の分布がほぼ一致する事実からである。子供の教育には熱心ではない。女性の地位は一般に低いが、ロシアは共同体家族の歴史が浅く例外的に高い。 内婚制共同体家族 (la famille communautaire endogame)息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親の権威は形式的であり、兄弟は平等である。父方平行いとこ(兄と弟の子供同士)の結婚が優先される。権威よりも慣習が優先する。トルコなどの西アジア、中央アジア、北アフリカ、フランス領コルシカ島に見られる。イスラム教との親和性が高い。子供の教育には熱心ではない。女性の地位は低い。 非対称共同体家族 (la famille communautaire asymétrique)母系のいとこの結婚が優先される。親は子に対し権威的であり、兄弟姉妹は兄と妹、または姉と弟は連帯するが同性では連帯しない。インド南部に見られる。子供の教育に熱心である。女性の地位は高い。カースト制度において自らを下位に位置づける。 アノミー的家族 (la famille anomique)基本的に核家族に近いが、はっきりした家族の規則は見出しにくい。東南アジア (ベトナムを除く)、太平洋、マダガスカル、アメリカ先住民に見られる。社会の結束が弱い。宗教に寛容であり、上座部仏教を中心としてイスラム教やカトリックも存在する。 アフリカ・システム (le système des familiaux africains)一夫多妻が普通に見られる。この一夫多妻は母子家庭の集まりに近く、父親の下に統合されるものではない。女性の地位は不定だが、必ずしも低くはない。離婚率が高い。それ以外は多様であり、民族により共同体家族的でも直系家族的でもあり得る。北アフリカとエチオピアを除くアフリカに見られる。 トッドはこれら家族制度こそが、社会の価値観を生み出すのだと主張した。これを先験的(アプリオリ)と表現する。すなわちこれらの価値観は、特定の家族制度のもとに生まれることで自動的に身につけるからである。 例えば、多民族からなる帝国を築くには平等を基本的価値として持っていなければならないとする。ローマ帝国、イスラム帝国、唐帝国は、それぞれ平等主義核家族、内婚制共同体家族、外婚制共同体家族の帝国であり、先験的な平等意識に支えられている。一方、直系家族であるドイツ、日本、かつてのアテネは、どれも自民族中心主義から脱することができず、帝国を築くのに失敗している。イングランドは大帝国を築いたが、間接統治であり、他の民族を自国に統合するものではなかった。 トッドの理論は様々な疑問を説明する。例えば、なぜ共産主義体制はマルクスが予想したような資本主義先進国ではなくロシアや中国で実現したのか、なぜ遠く離れたドイツと日本の社会制度が似ているのか、なぜアメリカ人は自由と独立を重視するのか、などである。説明があまりに明快で決定的だったため、マルクス主義が失墜しつつある当時にあって、新たな決定論であるとして激しい攻撃を受けることとなった。トッドはこれを、倫理的な判断によって事実を否定するものであるとし、事実を事実として認める者だけが事実を乗り越えられると述べている。 またマルクスに代表される、経済を下部構造とするモデルは説明能力が無いとし、家族構造から識字率と経済を説明するべきであるとした。これより、直系家族である日本がヨーロッパに追い付くが追い越しはしないこと、東南アジアおよび南インドが近いうちに中南米を追い越すこと、女性の地位が低い西アジア・中央アジアと北インドが世界で最も遅れた地域となり、いずれギニア湾岸諸国に抜かれること、などを予想した。
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