エリュシクトーン
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/11 09:57 UTC 版)

エリュシクトーン(古希: Ἐρυσίχθων, Erysichthōn)は、ギリシア神話の人物である。長母音を省略してエリュシクトンとも表記される。主に、
- トリオプスの子
- ケクロプスの子
の2名が知られている。以下に説明する。
トリオプスの子
このエリュシクトーンは、トリオプスの子で、メーストラー[1][2](ムネーストラー[3])の父。一説によるとミュルミドーンの子[4][5]。エリュシクトーンは傲慢な人物だったので、デーメーテールに罰せられたという。
オウィディウス

エリュシクトーンについてオウィディウスの『変身物語』は次のように語っている。テッサリアー地方にデーメーテールの聖森があり、1本の神聖な樫の巨木がそびえていた。これはデーメーテールが大切にしていた木で、その木の下ではニュンペーが舞い踊り、人々もこれを信仰していた。ところがエリュシクトーンはニュムペーの制止も聞かずにデーメーテールの樫を切り倒した。これを知ったデーメーテールは「飢餓」に命じ、エリュシクトーンに決して癒えない激しい飢えを起させた。飢えに苦しんだエリュシクトーンはまたたく間に財産を食いつぶし、残った娘メーストラーをも売り飛ばした。メーストラーがポセイドーンに助けを求めると、ポセイドーンは彼女に変身する力を与えたので、メーストラーは別の人間に変身して逃げ帰った。そこでエリュシクトーンは何度も娘を売り飛ばし、そのたびにメーストラーは様々な動物に変身して逃げ帰り、父を助けた。しかしエリュシクトーンの飢えは癒えるどころか酷くなる一方であり、ついには自分の指や手足をも食らったという[6]。
ヘーシオドス
この物語は古く、ヘーシオドスの作と伝えられる『名婦列伝』でも、エリュシクトーンがデーメーテールの聖森の木を切ったために、女神によって激しい飢えを起されたと語られていた[1]。さらに、現存する断片によると、エリュシクトーンは狡猾で知られるシーシュポスから莫大な婚資を騙し取ることさえした。すなわち、シーシュポスは彼の娘メーストラーを息子グラウコスの花嫁にしようと考え、牛、羊、山羊の群れと引き換えに彼女を得たが、メーストラーは別の動物に変身して逃げ帰った。すぐにエリュシクトーンとシーシュポスの間でメーストラーをめぐる争いが起きたが、女神アテーナー以外に彼らを裁くことができる者はいなかった。その後、メーストラーはポセイドーンによってコス島に連れ去られ、コス島の王エウリュピュロスを生んだのち、エリュシクトーンを助けるために祖国に帰った[7]。
ヘーシオドスによると、エリュシクトーンは火のように激しく燃えさかる飢えから、アイトーン(燃えさかるの意)とも呼ばれた[1][8][5]。そのためメーストラーの父親はしばしばアイトーンと呼ばれた[9][10]。
アントーニーヌス・リーベラーリスでは、同様の物語がアイトーンとヒュペルメーストラーの父娘のものとして言及されている[11]。
なお、アイリアーノスはエリュシクトーンを大食漢の1人として数えている[5]。
系図
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エナレテー |
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エウリュメドゥーサ |
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ポセイドーン |
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カナケー |
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ペイシディケー |
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ミュルミドーン |
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ニュクテウス |
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ホプレウス |
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ニーレウス |
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トリオプス |
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ヒスキュラ |
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エポーペウス |
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アンティオペー |
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ゼウス |
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アローエウス |
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イーピメデイア |
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ポセイドーン |
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ポルバース |
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エリュシクトーン |
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ゼートス |
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アムピーオーン |
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パンクラティス |
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アローアダイ |
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メーストラー |
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ポセイドーン |
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エウリュピュロス |
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カルコーン |
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アンタゴラース |
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ケクロプスの子
このエリュシクトーンは、アテーナイの初代の王ケクロプスとアグラウロスの子で、ヘルセー、アグラウロス、パンドロソスと兄弟[12][13]。
一説によるとアテーナーとポセイドーンがアッティカの領有をめぐって争ったときに勝者の判定したのはエリュシクトーンだった[14]。しかしエリュシクトーンは若くして死に、子もいなかったため、ケクロプスの死後アテーナイの王権はクラナオスにわたった[13]。エリュシクトーンの死は彼がデロス島から帰る航海の途中のことで、プラシアイにはエリュシクトーンの墓があった[15]。なお、アテーナイのエイレイテュイアの神殿にあった最も古い神像はエリュシクトーンがデロス島から持ち帰ろうとしたものであった[16]。
脚注
- ^ a b c リュコプローン『アレクサンドラ』1393行への古註。
- ^ 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.279a「メーストラー」の項。
- ^ 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.72b「エリュシクトーン」の項。
- ^ “レスボスのヘッラーニーコス断片F7”. Barbaroi!. 2022年2月19日閲覧。
- ^ a b c アイリアーノス、1巻27。
- ^ オウィディウス『変身物語』8巻。
- ^ ヘーシオドス断片69、52行-93行(オクシュリュンコス・パピュルス、2495 fr. 21ほか)
- ^ ヘーシオドス断片69、5行-6行(Papyrus Cairensis Instituti Francogallici、322 fr. B)
- ^ “リュコプローン『アレクサンドラ』1393行。”. Theoi Greek mythology. 2022年2月9日閲覧。
- ^ ピロデモス『敬虔について』B6915-26 Obbink。
- ^ アントーニーヌス・リーベラーリス、17話。
- ^ アポロドーロス、3巻14・2。
- ^ a b パウサニアス、1巻2・6。
- ^ アポロドーロス、3巻14・1。
- ^ パウサニアス、1巻31・2。
- ^ パウサニアス、1巻18・5。
参考文献
「Erysichthon of Thessaly」の例文・使い方・用例・文例
- Microsoftがβ版をランチするのは「NetShow streaming server」で動画や音声をオンデマンドで提供する。
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 an admiral of the fleet 海軍元帥.
- 篏入的 r 音 《英音の India office /ndiərfɪs/の /r/の音》.
- =《口語》 These kind of stamps are rare. この種の[こういう]切手は珍しい.
- (英国の)運輸省. the Ministry of Education(, Science and Culture) (日本の)文部省.
- は of の誤植です.
- を off と誤植する.
- あいまい母音 《about, sofa などの /ə/》.
- 副詞的小詞 《on, in, out, over, off など》.
- 迂言的属格 《語尾変化によらず前置詞によって示す属格; たとえば Caesar's の代わりの of Caesar など》.
- çon of garlic [humor]. それにはガーリック[ユーモア]がちょっぴり必要だ.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Speaker of the House of Commons 下院議長.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Committee of Ways and Means 歳入委員会.
- 初めて読んだ英文小説は“The Vicar of Wakefield”
- (違法罪―a sin of commission―に対する)怠惰罪
- 『each』、『every』、『either』、『neither』、『none』が分配的、つまり集団の中の1つのものを指すのに対し、『which of the men』の『which』は分離的である
- 『hot off the press(最新情報)』は『hot(最新の)』の拡張感覚を示している
- 『Each made a list of the books that had influenced him』における制限節は、リストに載った本を制限節で定義された特定の本だけに制限する
- 臨床的鬱病を治療するのに用いられる三環系抗鬱薬(商品名ImavateとTofranil)
- 『sunshine-roof』は『sunroof(サンルーフ)』に対する英国の用語である
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