C58 239
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「国鉄C58形蒸気機関車」の記事における「C58 239」の解説
C58 239は1940年6月に川崎車輛(現・川崎重工業車両カンパニー)で新製。名古屋鉄道局に配属。1941年に奈良機関区所属を経て1943年5月に宮古機関区へ転属した。1970年2月28日の山田線無煙化記念列車を牽引した後、盛岡機関区へ転属し八戸線などで運用された1973年5月1日に廃車となり、同年から岩手県営運動公園内交通公園にてオハ35 2001および有蓋車「ワム187953」と連結された3両編成の混合列車の状態で、ともに静態保存された。 交通公園内では、車両上部を覆う屋根が掛けられ風雨や積雪から守られていた。付近の道路からも見える位置に置かれ、公園内でも「危険ですから機関車に登らないで下さい」という注意書きが書かれている程度で立入りや近寄りを禁止する柵はなく、動輪や連結棒も間近で見ることができる状態で保存されていた。連結されていた客車に至っては、学校行事などで見学の申し出をすれば車内に立ち入ることもでき、落下式トイレも見学できるなど、静態保存車でありながら住民にとっては身近な存在であった。保管中は、元SL機関士らの団体が定期的に清掃を行い、あわせて可動部分などへ給脂を行うなど、静態保存車の中でも厚遇されている個体であった。 JR東日本は、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)からの観光復興を後押しする目的で、2013年度冬以降の営業運転開始を目指して当機を復元させる予定であることを2012年10月に発表した。同年12月4日に復元のために大宮総合車両センターへ向けて陸送され約1年に渡る復元工事を実施。2013年12月12日に火入れ式が実施され、1972年5月の廃車以来41年ぶりに当機のボイラーに火が灯された後、翌週の12月20日から数日間に渡って構内試運転が行われた。2014年1月6日に盛岡車両センター所属として車籍復帰し、翌7日に同所を出場した。尚、本機の復活に併せて、機関区跡地に放置されていた転車台も復活しており、こちらも話題となった。 当機は大宮総合車両センター出場後、ATS-P形の作動状況や急勾配の登坂性能を確認するために、まず高崎車両センター高崎支所に回送され、同所での構内試運転および上越線・信越本線での本線試運転を行った後、同1月末に盛岡車両センターへ回送され、1年2か月ぶりに故郷へ帰還した。2月2日に盛岡駅での展示会を実施後、本格的な本線試運転が開始された。3月7日に、フジテレビの企画『みちのくSLギャラクシー』で団体臨時列車として旅客を乗せた営業運転に復帰し、同4月12日より「SL銀河」として一般営業列車としての運行を開始した。 「SL銀河」としての定期運行は、年間80日程度(釜石行き・花巻行き各40日)とされ、東北地方を中心に他路線への出張運転も計画されている。また、この際に必要となる牽引客車に関しては、北海道旅客鉄道(JR北海道)からキハ141系気動車(キハ142-201・キサハ144-101・キサハ144-103・キハ143-155)を購入してジョイフルトレインに改造の上、使用する。ただし、キハ141系は釜石線内での急勾配区間に対応するため、動力機構は撤去せず自走可能な状態で使用する。この客車の内外装デザインは奥山清行が担当し、外装は宇宙空間をイメージした濃青色で包み、内装はモダンな大正・昭和ロマンの客室にプラネタリウムを用いたギャラリールームを設けた車内となっている。また、車番はジョイフルトレイン化に伴い、それぞれキハ142-701・キサハ144-701・キサハ144-702・キハ143-701と改番された。 当機は宮古機関区に在籍していた頃の姿をイメージとし、復元後の外観の変化としては、まず炭水車の重油タンクが新製され、それまでの特徴的な重油タンクと置き換えた上、炭水車内部に埋め込まれ、C57 180と同程度のすっきりとした外見に変更された。先に復活したC61 20と同様、運転室の窓枠はニス塗りとなり、LEDによる標識灯が追加、ヘッドライトは主灯・副灯の2灯装備で、2灯とも東北地方のC58形の標準的なスタイルだったシールドビームのLP405形が装備された(静態保存時、主灯は大型のLP403形であった)。なお、主灯が通常の大型のものを使用せず、小型のLP405形を採用した現代の復活機としては当機が初めてであり、この点においては賛否両論含め大きな話題を集めることになった。炭水車のライトについては、保存時のLP403形をそのまま流用して装着された。煙室の扉ハンドルもかつての黒色塗装となり、飾り帯の設置もない、往年の蒸気機関車の姿を髣髴させるスタイルとなった。なお、当機が現役時代宮古機関区に所属していた際に取り付けられていた郡山式の集煙装置については、大きな課題となっていた急勾配区間かつ長大トンネルが存在する陸中大橋 - 足ヶ瀬間での運転環境がキハ141系の導入によって大きく改善されているため、外見美化の維持を含めて新製・設置は見送られている。また、スノープラウについては、静態保存時のスノープラウは長い鋭角型で、そのままでは機関車前部で他の車両と連結が出来なくなることと、カーブ等で先輪に接触する恐れがあったため、C61 20と同じタイプの角度が浅めのスノープラウを新製し取り付けている(現役時代の当機は、このタイプのスノープラウを装着して運用されていた)。復元後の使用用途は東北地方での運用が中心であるものの、関東圏でのイベント運行にも使用出来るように、新型の保安装置であるATS-P形とATS-Ps形に変更・追加装備された。また、これに合わせて防護無線装置はデジタル無線を導入した。ATS-Ps形設置に伴い、JR東日本所有の他機と同様、備え付けられていた機械式速度計から電気式速度計への載せ替えも実施された。 なお、外観については復活後の2014年夏に、一時的であるが給水温め器に金色の飾り帯を設置し、シリンダー排気口も金色化されたが、1か月ほどですべて元の黒色塗装に戻された。しかし2年目のはそれらに加え、煙室扉ハンドルを金色化したものに取り替え、空気圧縮器にも金帯が設置された。さらに、ヘッドライトの入れ替えが行われ、主灯として取り付けていたLP405形が炭水車のライトとして、炭水車のライトとして使用していたLP403形が主灯として使用されている。ちなみに、煙室扉ハンドルの締め位置は現在のD51 498とは反対向きにしている場合もおり、異色を放っている。ただしこれも1年間のみで、3年目の運行では元の姿に戻されている。4年目の2017年の運行では、運行開始当初は真っ黒であったが、6月に新製77年の喜寿を迎えるにあたり、初めて紫色のナンバープレートが装着され、これに合わせて主灯を除いて再び2年目仕様に変更した。喜寿を終えたその後も装飾はそのまま付き、復活5周年を迎える2019年はさらにパワーアップして、静態保存時代の姿のオマージュとしてランボード及び炭水車上縁に白線を追加、動輪の主連棒及び連結棒を赤色に塗った5周年仕様が登場した。7年目の2020年に再び復活初期の姿に復元された。しかし、2023年春をもって、客車に使用されていたキハ143形の老朽化に伴うSL銀河の廃止が発表されており、その後の動向は現在不明である。
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