世界の動向
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/02 23:30 UTC 版)
1960年代初期、イギリス在住のロシア系作曲家 Peter Zinovievは、プライベート電子音楽スタジオ Putney のコンピュータ制御を計画し、技術者のDavid Cockwell(AKAI Sシリーズ設計者)、作曲家の Tristram Caryと共に開発を進め、1967年二台のミニコンDEC PDP-8を導入し、遅くとも1969年には、同年創業のUK法人エレクトロニック・ミュージック・スタジオ(ロンドン)のPutneyスタジオで、「Musys IIIシステム」が稼動した。このシステム上(もしくは後に追加された DOB (Digital Oscillator Bank) も併用)で、世界最初のサンプリングが実現されたと考えられている。EMSと同様なコンピュータ・サンプラーは、後にアメリカでも開発された。1972年創業のComputer Music Inc.の1976年発売の製品「Computer Music Melodian」は、ミニコンDEC PDP-8を中心に、12bit 22kHzのA/DおよびD/Aコンバータ、アンチエイリアス・フィルターを追加した一種のソフトウェア・サンプラーで、1979年スティービー・ワンダーのサウンドトラック「The Secret Life of Plants」で使用された。 このように黎明期のPCM音源は、高価なミニコンを駆使した実験装置的な構成だったので、次の段階として、当時民生利用の始まったLSI技術を使った安価なディジタル楽器の実現が開始された。しかし当時米国のLSIビジネスは、金に糸目をつけない宇宙開発・軍事開発を主な顧客としており、民生分野では電卓のような数百万台規模の市場でしか実績がなかったので、市場規模が何桁も小さな楽器分野では、たちまち行き詰るのが目に見えていた。 1969年、ロックウェルのラルフ・ドイチュは、電卓と同様に電子楽器でディジタル革命を起こす計画を立て、アーレン・オルガンと提携してディジタル・オルガンの開発を進めた。そして1971年アーレン コンピュータ・オルガンを発売、1974年子会社RMIからHarmonic Synthesizerを発売した。後者はディジタル倍音加算にアナログ・フィルターを組み合わせた製品で、リアルタイム演算の代わりに計算結果をウェーブテーブル(単周期のPCM音源)に格納して再生する方式が採用された。これら製品の実装技術全てを世界初とするのはかなり無理のある主張だったが、当時は アポロ計画の技術を使った世界初のコンピュータオルガン という荒唐無稽な宣伝がなされ、ロックウェルはディジタル楽器の基礎技術全般を囲い込む独占特許の取得に成功した。 提携先のアーレンは訴訟を起こし独占特許を奪取したが、特許買収には巨額な費用を要し、結局、同業他社に次々と巨額な特許使用料請求を行った。この結果、訴訟リスクの高い大手楽器メーカはディジタル楽器開発に消極的になり、代わりに訴訟リスクの小さな研究機関やベンチャー企業が活躍する場を得た。 1975年頃世界各地で、音楽製作をコンピュータ上でシームレスに処理する「ディジタル音楽ワークステーション」の開発が開始された。1979年登場のフェアライトCMIやシンクラビアIIは、サンプラー機能や再合成機能を提供し、1980年のLINN LM-1ディジタル・ドラムマシンや、1982年のイミュレータと共に、初期のサンプリング音楽の流行を形成した。なお登場当時のサンプラーは、音質やサンプリング時間、表現能力に大きな制限があったため、リアルな生楽器の再現は難しく、むしろ音質劣化を音楽的表現として生かす使い方が多かった(この当時は苦肉の策に過ぎなかったが、1990年代以降にローファイという表現技法として再評価された)。こういった初期の制限は、1980年代半ば頃までには大きく改善され、更に演奏トラック全体を取り込んで編集処理する初期のDAW機能がハイエンド環境で提供されはじめた。その後1980年代後半にディジタル楽器全般の低価格化が進み、かつてサンプリングドラム用ROMメーカとして出発したデジデザインやエンソニックがDAW製品の開発を開始すると、フェアライトは価格より実績や安定性が重視される業務用DAW機器分野に転進した。 1979年頃 PPGの Wavecomputer 340/380は、ウェーブテーブル・シンセシス (Wavetable synthesis) と呼ばれる64種の波形を切り替えて音色を変化させる音響合成方式を採用した。また1981年発売のPPG Wave 2.0では、アナログシンセサイザーと同様なフィルタやエンベロープを追加して、ディジタル/アナログ併用のハイブリッド・シンセサイザーを完成した。その後1982年PPG Wavetermではディジタル音楽ワークステーション機能を追加、1986年PPG HDU (Hard Disk Unit) でDAW機能を追加し、同年参考展示のPPG Realizerでは 上記DAW機能に加え、他のシンセ(minimoogやDX7)のソフトウェア・モデリング機能も統合した。しかし1987年PPGは倒産し realizerは商品化されなかった。ハードウェア楽器をソフトウェア的にシミュートするこのアイデアは、後継会社Waldorfと提携先DAWソフト会社 スタインバーグにより、1996年 VST (Virtual Studio Technology)、1998年VSTi (VST instruments) として実現され、現在では広く普及している。 普及価格帯の製品では、1985年Ensoniq Mirage、AKAI S612といった一連の低価格サンプラーが登場し、サードパーティによるサンプリング・ライブラリ提供と合わせ、音色入替え可能なPCM音源として普及した。Ensoniq Mirageはサンプラーながら最初からVCFやVCAを搭載しており、次の製品ESQ-1 は波形テーブル内蔵のハイブリッドシンセだった。Ensoniqはこれ以降もサンプリングに特化する事はなく、サンプルデータや波形テーブルを加工するPCM音源のシンセサイザーを次々と発売した。一方、初期のAKAIサンプラーは録音/編集/再生に特化した「サンプリング機材」だったが、その後シンセサイザー機能やエフェクター機能を取り込んで、複雑な音色作りや繊細な表現が可能な「楽器」へと進化した。1998年Nemsys Gigasamplerは大容量ソフトウェア・サンプラーを実用化し、その後ソフトウェア・サンプラーは数GBのサンプルを駆使して高価な生楽器の音を手軽に再現する「ツール」として現在普及している。
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