永続または一時的に寝たきりまたは植物状態だった有名人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/19 10:14 UTC 版)
「寝たきり」の記事における「永続または一時的に寝たきりまたは植物状態だった有名人」の解説
ジョージ5世 (イギリス王)(1865年6月3日 – 1936年1月20日)イギリス国王 1928年(63歳)に肺気腫、気管支炎、慢性閉塞性肺疾患、胸膜炎の進行で寝たきりになり、8年後の1936年1月に70歳で、肺気腫、気管支炎、慢性閉塞性肺疾患、胸膜炎で死亡した。 ウラジーミル・レーニン(1870年4月22日 – 1924年1月21日)ソビエト連邦最高指導者 1922年5月(52歳)に脳卒中で右半身麻痺になり、1922年12月(52歳)に2回目の脳卒中で寝たきりになり、1923年3月に52歳で3回目の脳卒中で高次脳機能障害になり、1924年1月に53歳で4回目の脳卒中で死亡した。 ヨシップ・チトー(1892年5月7日 - 1980年5月4日)ユーゴスラビア大統領 1980年1月後半に87歳で糖尿病の進行で寝たきりになり、約3か月後の1980年5月に87歳で多臓器不全、肺炎、心不全で死亡した。 毛沢東(1893年12月~1976年9月)中華人民共和国主席 1973年(80歳)に筋萎縮性側索硬化症の進行で寝たきりになり、3年後の1976年9月に82歳で筋萎縮性側索硬化症で死亡した。 周恩来(1898年3月~1976年1月)中華人民共和国首相 1975年9月(76歳)に膀胱癌の進行で寝たきりになり、4か月後の1976年1月に77歳で膀胱癌で死亡した。 ロナルド・レーガン(1911年2月生~2004年6月没)アメリカ合衆国大統領 1992年(81歳)にアルツハイマー型認知症になり、9年後の2001年に90歳で骨折で寝たきりになり、12年後の2004年に93歳で肺炎で死亡した。 ネルソン・マンデラ(1918年7月~2013年12月)南アフリカ共和国大統領、人種差別廃止運動家 2013年6月(95歳)に呼吸器感染症になり呼吸器の機能を喪失し、人工肺で終末期延命され、6か月後の2013年12月に95歳で死亡した。 マーガレット・サッチャー(1925年10月~2013年4月)イギリス首相 2000年に75歳でアルツハイマー型認知症になり、9年後の2009年(84歳)に骨折で寝たきりになり、13年後の2013年4月に87歳で脳卒中で死亡した。 アリエル・シャロン(1928年~2014年1月)イスラエル首相 2006年1月に77歳で脳卒中で遷延性意識障害になり、8年後の2014年1月に85歳で低酸素脳症による多臓器不全で死亡した。 徳田虎雄(1938年2月~)日本の医療法人徳洲会創業者・衆議院議員 2002年に64歳で筋萎縮性側索硬化症になり、2年後の2004年に66歳で嚥下障害で経口摂食が困難になって胃瘻を設置し、3年後の2005年8月に67歳で寝たきりと呼吸困難になり、気管切開してカニューレと体外人工呼吸器設置し、衆議院議員を引退、11年後の2013年10月に77歳で徳洲会グループの公職選挙法違反事件で徳洲会グループ理事長を辞職し、グループの経営から引退し、寝たきりになってから2017年8月時点で、79歳で12年間生命維持中である。 スティーブン・ホーキング(1942年1月~2018年3月)イギリスの物理学者 1963年に21歳で筋萎縮性側索硬化症になり、1985年に43歳で肺炎になり、気管切開して人工呼吸器を設置、胃瘻設置、寝たきりになったが、インテルがホーキングのために開発した音声合成装置を使用して、物理学者としての活動を継続していたが、寝たきりになってから33年後の2018年3月時点に、76歳で死亡した(死因は公開されていない)。 モハメド・アリ(1942年1月~2016年6月)アメリカ合衆国のプロボクサー・世界ヘビー級チャンピオン。1984年に42歳でパーキンソン病を発症し、1996年アトランタオリンピックの開会式で聖火台へ点火した時には両腕手が不随意運動している状態であり、正確な時期は公開されていないが晩年は寝たきりになり、発病から34年後の2016年に76歳で敗血症で死亡した。 松本サリン事件の被害者である河野澄子は、1994年6月に46歳でサリンの被害により一時的に心肺停止し、病院での蘇生措置で心拍と自発呼吸は再開したが意識は回復せず、経管栄養療法で生命を維持していたが、意識を回復することなく、事件から14年後の2008年8月に60歳で低酸素脳症による多臓器不全で死亡した。 インドの看護師アルナ・シャンバグ(Aruna Shanbaug)は1973年11月(24歳)に性犯罪の被害で植物状態になり、意識が回復しない状態で経管栄養療法で41年6月生存し、2015年5月に(66歳)で肺炎で死亡した。 カレン・クィンラン(1954年3月~1985年6月)アメリカ合衆国は1975年に21歳で薬物の影響で一時的な心肺停止状態になり、その後蘇生措置で心拍は再開したが植物状態になり、人工呼吸器と経管栄養で生命維持されていた。両親はカレンを安楽死させたいと人工呼吸器の取り外しを主張したが、医師団が拒否したので、人工呼吸器の取り外しを求める訴訟を起こし、裁判所はカレンの両親の主張を認めて人工呼吸器の取り外しを承認する判決をした。判決に基づいて、医師団が人工呼吸器を取り外したが、カレンに自発呼吸能力が維持されていたので、その後も経管栄養療法により9年間生き続けて、植物状態になってから10年後の1985年に31歳で肺炎で死亡した。 ヨハン・フリーゾ・ファン・オラニエ=ナッサウ(1968年~2013年8月)オランダ王子 2012年2月(43歳)にオーストリアでスキー中に雪崩に巻き込まれて低酸素脳症で遷延性意識障害になり、2012年3月にロンドンの病院に転院して遷延性意識障害からの回復のための治療を受けていたが、2013年7月に意識が回復しないまま退院してオランダのハーグの自宅に戻され、遷延性意識障害になってから1年6か月後の2013年8月に44歳で低酸素脳症による多臓器不全で死亡した。 ミハエル・シューマッハ(1969年1月~)ドイツの自動車レースドライバー 2013年12月に44歳でフランスでスキー中の事故で外傷性の遷延性意識障害になり、遷延性意識障害になってから6か月後の2014年6月に45歳で意識を回復してリハビリを開始し、遷延性意識障害になってから9か月後の2014年9月に45歳で退院して自宅療養に移行したが、2014年1月5日時点で事故以前の意識状態までは回復していない。 ジェイソン・ベッカー(1969年7月~)アメリカ合衆国の作曲家・ギタリスト 1990年に21歳で筋萎縮性側索硬化症になり、1996年に27歳で気管切開して人工呼吸器を設置、胃瘻設置、寝たきりになったが、眼球の動きを利用した意思伝達により、音楽の創作活動を続け、寝たきりになってから2017年8月時点で、48歳で21年間生命維持中である。 ジュール・ビアンキ(1989年8月~2015年7月)フランスの自動車レースドライバー 2014年10月に25歳で日本でF1レース中の事故で外傷性のびまん性軸索損傷、遷延性意識障害になり、2014年11月(25歳)にフランスの病院に転院して、遷延性意識障害からの回復のための治療を受けていたが、2015年7月に25歳で死亡した。
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