アイルランド問題と民族解放
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 14:34 UTC 版)
「第一インターナショナル」の記事における「アイルランド問題と民族解放」の解説
マルクスとエンゲルスは、アイルランド独立闘争の歩みに深い共感を抱いていた。 エンゲルスが伴侶メアリー・バーンズとともにアイルランドを初めて旅行したのは遡ること1856年であった。エンゲルスはアイルランド農村について「飢饉がこれほど生々しく現実に感じられるとは思いもしなかった」と旅行中に綴り、続けて「村はまるごと放棄されていた。そうした村々のあいだに、まだそこで暮らしているほぼ唯一の人々である小規模な地主の素晴らしい庭園がある。大半は法律家だ。飢饉、海外への移住、そしてその合間の撤去が、こうした事態をもたらしたのだ」と語った。アイルランド農村は、1845年から1852年にかけて猛威をふるったジャガイモ飢饉と牧草地転用のために展開された強制的な撤去、小作農立ち退き(英語版)によって牧畜経済が形成される一方、アイルランドの貧農層はかつてない窮状を余儀なくされた。飢饉による打撃で100万人の死者と100万人超の膨大な人口が離散(英語版)を強いられてアイルランドの農村プロレタリアートは完全なる壊滅に至った。 エンゲルスは、ブリテン支配(英語版)を先進文明による野蛮の征服とは考えず、アイルランドの窮状に対して一貫して同情的であった。エンゲルスはマルクスが帝国主義理論を理論化するの先立ち「アイルランドはイングランドの最初の植民地と見なせるかもしれない」、「イングランド人の自由は各地の植民地の抑圧に基づいている」と分析し、アイルランド研究を通じて資本主義とブリテン帝国主義の侵略行為とを結び付けて考えた。 しかし、アイルランドの革命組織アイルランド共和国同盟(英語版)によるダブリンでの1867年のフィニアン蜂起(英語版)は失敗に終わった。この事件は、イングランドを「悪の帝国」と見なし、アイルランドに自由で民主的な共和国を打ち立てるため、立ちあがった義勇兵たちの蜂起であった。蜂起に加わった活動家は逮捕され次々と収監された。マルクスとエンゲルスは、ドイツの労働者階級の解放がポーランド解放にかかっていたのと同様、アイルランドはイングランドの最大の弱点であり、アイルランド独立によって大英帝国の解体が始まり、イングランドの階級闘争、世界各地で民族解放闘争の狼煙が上がると考えるようになった。 1870年3月、マルクスはバクーニンの挑戦を前に危機に瀕するインターナショナルの現状をドイツ社会民主労働党(ドイツ語版)の幹部たちに対して伝達した報告「非公開通知」で、マルクス主義との統合を拒絶したイングランドの労働運動の問題とアイルランド問題に言及した。マルクスはイングランドの地方評議会の独立にあくまで反対して国際主義を貫くべく努めるよう言明した。 「イギリス人は社会革命に必要なあらゆる物的条件をもっている。彼らにかけているのは、一般化する精神と革命的情熱である。それを補足し、これによってこの国、したがってあらゆるところの真に革命的な運動を促進できるのは、ただ総評議会だけである。……。イギリス労働者の指導者に大きな影響力を及ぼしていた…急進派議員は公然と、われわれが労働者階級のイギリス的精神を毒して、ほとんど消滅させ、革命的社会主義へと押しやったと非難しているのだ。このような変化を生み出す一つのやり方は、国際協会総評議会として行動することである。総評議会としてわれわれは、諸方策(たとえば「土地労働連盟」の創設)を発起することができ、それは、後になってその実行に際、公衆の前にはイギリス労働者階級の自然発生的な運動として現れるのである。もし、総評議会の外に地方評議会がつくられるとすれば、その直接的な結果はどうなるであろうか?総評議会と労働組合協議会のあいだにおかれて、地方評議会はなんの権威ももたないであろう。他方、総評議会はこの大きな梃子を手放すことになるだろう。……。 イギリスは単に他の諸国と並ぶ国として扱われるべきではない。―イギリスは資本の本国として扱われるべきである。」 1869年11月、総評議会は、イギリス政府に死刑判決を受けていたアイルランドの革命家たちの大赦を要求する決議を採択していた。マルクスはエンゲルスからの刺激を受けて、アイルランド問題でブリテン政府を糾弾する意義をこう語った。 「(五)アイルランドの大赦に関する総評議会の決議についての問題。イギリスがヨーロッパの地主制度と資本主義の堡塁であるとすれば、アイルランドこそは、公的イギリスに対して大きな打撃を加えうるただ一つの地点である。 第一に、アイルランドはイギリス地主制度の堡塁である。それがアイルランドで崩壊すればイギリスでも崩壊することになろう。アイルランドでは作戦は100倍も容易である。なぜなら、そこでは経済闘争がひとえに土地所有に集中しているからであり、そこの人民がイギリスの人民よりも革命的であり、激怒しているからである。アイルランドの地主制度はひとえにイギリスの軍隊によって維持されている。この両国の間の強制された合併がなくなった途端に、遅れた形であるにせよ、すぐさま社会革命がアイルランドで爆発するであろう。イギリスの地主制度はその大きな富を失うばかりか、その最大の精神的な力すなわちアイルランドに対するイギリスの支配を代表するという力をも失うであろう、他方、イギリスのプロレタリアートは、アイルランドにおけるイギリスにおける地主の権力を維持することによって、彼らをイギリスそのものにおいても難攻不落にしているわけである。 第二に、イギリスのブルジョワジーはアイルランドの貧困を利用して、貧しいアイルランド人の強制移住によってイギリスにおける労働者階級の状態を低下させたばかりか、プロレタリアートを二つの対立する陣営に引き裂いた。ケルト系労働者の革命の焔は、アングロ‐サクソン系労働者の堅実ではあるが鈍重な性質とは結びつかず、それどころか逆に、イギリスのあらゆる大工業地帯では、アイルランドのプロレタリアとイギリスのプロレタリアの間に深刻な対立がある。イギリスの粗野な労働者はアイルランド人労働者を、賃金と生活水準を低下させる競争者として憎んでいる。また、これに対して民族的反感と宗教上の反感を抱いている。イギリスの粗野な労働者はアイルランド人労働者を、大体において、北アメリカの南部諸州の貧乏白人が黒人奴隷を見ていたのと同様に見ている。このイギリス自体におけるプロレタリア間の対立は、ブルジョワジーによって人為的に育まれ、維持されている。ブルジョワジーは、この分裂こそがその権力の維持の真の秘訣であることを知っているのだ。……。 さらに、アイルランドは、イギリス政府にとって、大常備軍を維持するためのただ一つの口実である。この大常備軍は必要な場合には、すでに示されたように、アイルランドで軍人としての訓練を積んだのち、イギリスの労働者に対しても差し向けられるのである。最後に、古代ローマが途方もない大規模で示したことが、今日のイギリスで繰り返されている。他の民族を隷属させる民族は、自分自身の鉄鎖を鍛えるのである。だから、アイルランド問題に対する国際協会の立場は極めて明確である。その第一になすべきことは、イギリスで社会革命を推し進めることである。そのためにはアイルランドで大きな打撃を加えなければならぬ。」 以上のように、マルクスは「アイルランドはイングランドの土地貴族の砦である」、「イングランドの貴族がイングランドの国内における支配力を維持するための重要手段」であると位置づけを示し、プロレタリアート階級が帝国主義列強による植民地主義に抵抗し、各地で民族解放戦線を開くことが世界革命の出発点であることを明示した。
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