親捨て
『姨捨』(能) 旅人が中秋の名月を眺めようと信濃の姨捨山へ来る。里の女が旅人に話しかけ、「自分は昔この山に捨てられた者だ」と告げて、姿を消す。夜になり、満月の光が澄み渡ると、白衣の老女が現れて舞う。
『楢山節考』(深沢七郎) 信州の貧しい山村には、70歳まで生きた老人を楢山へ捨てる掟があり、それを「楢山まいり」といった。来年の正月で70歳になるおりんは、「早く楢山へ行きたい」と思っていた。12月の末、おりんは「明日、楢山まいりに行く」と息子の辰平に告げ、背負われて山へ入る。おりんの予言どおり、彼女の山入りの日には雪が降った。山の頂上で念仏を唱えるおりんの身体に、雪が降り積もった。
『列子』「湯問」第5 南方の越の東の某国では、祖父が死ぬと、子供が祖母を背負って山などへ捨ててしまう。鬼妻(=死者の妻)とはいっしょに住めないからだという。
*捨てられる老母が、木の枝を折って道しるべを作る→〔道しるべ〕2。
*老人が自ら深山に入って死を待つ→〔山〕7bの『源氏物語』「若菜」上。
『遠野物語』(柳田国男)111 遠野郷の処々に、蓮台野という地名の所がある。昔は、60歳以上の老人をすべて蓮台野へ追い遣る習わしがあった。老人たちはそのまま死んでしまうわけにもいかず、日中は里へ降り農作をして食物を得ていた。
『蕨野行』(村田喜代子) 押伏村では、60歳の春を迎えた老人たちは、半里ほど離れた蕨野へ移り住む。日中は里へ降りて農作業を手伝い、わずかな食を得る。しかし1年もたたぬううちに、ほとんどが病み衰えて死んでしまう。今年は9人の男女が蕨野入りした。そのうちの1人・レンは、雪の日、死んで身体から抜け出し、里への道を下って行った。家の若嫁・ヌイの腹へ入り、女児として転生するために。
『いじわるばあさん』(長谷川町子)朝日文庫版第4巻33ページ 息子夫婦が「おかあさん、たまにゃ一緒にのみましょう」と、いじわるばあさんを誘う。いじわるばあさんは気持ち良く酔って歌い踊る。眠りこんだいじわるばあさんは、行李に入れられ、老人ホームの門前に捨てられる。
『リア王』(シェイクスピア) 退位した老リア王は、長女ゴネリル夫妻の館と次女リーガン夫妻の館に、交互に1ヵ月ずつ滞在して余生を送ろうと考える。しかし2週間もたたぬうちに、ゴネリルは「供の騎士100人は多すぎるから50人にせよ」と要求する。リア王は怒ってリーガンの館へ行くが、リーガンは「騎士など25人で充分」と言う。リア王は2人の娘の忘恩を嘆き、道化1人だけを供として、嵐の荒野へさまよい出て行く。
*→〔親孝行〕5の『史記』「陸賈列伝」第37のような話もある。
『乱』(黒澤明) 戦国武将・一文字秀虎は引退して、長男太郎夫婦の住む一の城に身を寄せる。ところが太郎夫婦は、秀虎の郎党たちの振る舞いを無礼であると非難し、家督すべてを譲るよう、秀虎に迫る。秀虎は怒り、次男次郎の住む二の城へ行くが、そこでも冷たくあしらわれたため、主のいない三の城へ向かう。しかし太郎・次郎の兵に攻められて、郎党たちは討ち死にし、三の城は焼け落ちる。秀虎は従者・狂阿彌とともに野をさすらう。
『東京物語』(小津安二郎) 昭和28年(1953)頃。尾道に住む老夫婦、周吉・とみが、東京見物をかねて子供たちの家へやって来る。長男夫婦も長女夫婦もはじめは歓迎していたが、10日もたたぬうちに、2人を持て余すようになる。そんな中で、戦死した次男の嫁・紀子が、心をこめて2人の世話をする。2人は子供たちに礼を述べ、尾道へ帰るが、その直後に、とみは急死する。葬儀を終えた周吉は、「1人になると1日が長い」と言う。
*20世紀のアメリカ。72歳のハリーは、住んでいたアパートを追われ、長男を訪れて、「リアのことを考えていた」と言う→〔猫〕2の『ハリーとトント』(マザースキー)。
『今昔物語集』巻5-32 昔、天竺に、70歳以上の老人を他国へ流し遣る定めの国があった。親孝行な大臣がいて、家の隅に土の室を掘り、70歳を越えた老母を隠して世話をした。何年か経て、隣国から3つの難題をつきつけられた時、この老母の知恵によって難題が解決できた(*→〔象〕8)。国王は、老人を尊ぶべきことを悟り、他国へ追いやった老人たちを召し返した。また、それまでの「老ヲ捨ツト云フ国(棄老国)ノ名」を改めて、「老ヲ養フ国」とした。
『枕草子』「蟻通し明神」の段 昔、帝が若い人ばかりを寵愛し、40歳以上の人を殺した。40歳をこえた人たちは皆、遠い他国へ逃れ、都のうちに老人はいなくなった。1人の中将がいて、その父母は70歳近かった。中将は老親を他国へ追いやるにしのびず、1日に1度は顔を見たいと思って、家の中にひそかに土を掘り、両親を隠す。朝廷には、「父母は行方知れずになった」と届け出た→〔知恵比べ〕。
『定年退食』(藤子・F・不二雄) 食糧事情の悪化により日本は、国民の生活と生命を守ることが困難になった。73歳以上の高齢者については、年金・食糧・医療その他、一切の国家による保障を打ち切る、と政府が発表する。老人2人が公園のベンチに座っていると、孫がガールフレンドと一緒にやって来て、「席を譲ってくれ」と言う。老人2人は「わしらの席は、もうどこにもないのさ」と言って、公園から出て行く。
★5.親を売る。
『淮南子』「説山訓」第16 楚の都に、自分の母親を売りに出した者がいた。彼は、「母親は年老いています。大切に養って、苦しめないで下さい」と、買う人に頼んでいた。これは、大きな不義を行なっていながら、小さな義をしようというものだ。
『親売り』(落語) 明治の頃。養育院で育った男女が夫婦になり、つつましく暮らしていた。2人は親を知らない。ある時、新聞に「親を百円で売る」との広告が出る。夫婦は「引き取って孝行したい」と思うが、百円は大金ゆえ用意できない。実は広告を出したのは、地位も名誉もある金持ちの老人であった。老人には実子がないので、この夫婦を見込んで養子にした。
三つ星の話(中国の民話) 母親が3つ子の男児(星太・星二・星三)を産み、彼らは成長後、「三星兄弟」と呼ばれた。三星兄弟は親不孝で、母親は誰にも看取られずに病死した。母親の死後、三星兄弟は反省して、「天国で母さんに孝行しよう」と、山で身を投げて死ぬ。しかし西天聖母は三星兄弟を天国へ入れず、親不孝の報いを人々に示すべく、彼らを冬の夜空の星にした。これがオリオン座の三つ星だ。昔から三つ星を「寒星」と呼ぶのは、見る人をぞっとさせるからなのだ。
*甥がおばを捨てる→〔伯母(叔母)〕5aの『大和物語』第156段。
*姪がおばを捨てる→〔伯母(叔母)〕5bの『俊頼髄脳』(源俊頼)。
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