問題の拡大
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/19 00:18 UTC 版)
「ムハンマド風刺漫画掲載問題」の記事における「問題の拡大」の解説
2006年に入ると問題は拡大し、口コミや携帯電話のショートメッセージサービス(SMS)で風刺画問題や抗議の呼びかけが広がった。シリアやレバノンでは、1月末から大規模な抗議運動に発展した。これらの国でデンマーク大使館や領事館に対するデモや放火が起こり、イスラム諸国でデンマーク製食品などの不買運動に拡大した。これに対し、欧州各国の新聞、雑誌が「表現の自由をあくまで擁護する」との立場からこれらの風刺画を相次いで転載したことにより、世界中のイスラム社会にさらに大きな憤慨を巻き起こした。 偶像崇拝禁忌において一番にタブー視されていることは対象となる者の顔を描く事である。ムハンマドを描くこと自体でも十分問題ではあるが、その顔を描いた事に対しイスラム教徒は多大な憤りを覚えている。風刺の内容も彼らにとって無論、侮辱的ではあるが、それ以上にムハンマドの顔を描いたということに対し憤慨していると解釈するのが妥当であろうとする説もある。歴史的には、中央アジア・イランでのテュルク・モンゴル系のイスラム政権では14世紀以降、挿絵入りの歴史書や預言者伝、聖者伝などが大量に作成されたが、そこにはムハンマド自身の姿も描かれた。預言者ムハンマドや聖者(ワーリー)の奇蹟譚は広く愛好・賞揚された。例えばイルハン朝後期にラシードゥッディーンによって編纂された世界史『集史』の預言者ムハンマドの伝記についての部分では、ムハンマド自身も描かれている。この種の挿絵写本の伝統はティムール朝、サファヴィー朝、オスマン朝、ムガル朝などへも受け継がれた。しかし、これらの例はまだ「西欧の衝撃」に対するカウンターアクションとしての「イスラム復興運動」がイスラム世界に興隆する以前のことであり、同じレベルで議論することはできない。 リビア、サウジアラビア、シリアの在デンマーク大使は本国に召還された。イランはこれを受け、デンマークとの一切の通商を断絶すると発表した。2006年2月6日にはイランの首都テヘランのオーストリア、デンマーク両大使館にデモ隊が殺到し、火炎瓶などを投げつけた。アフガニスタンやパキスタン、リビア、ナイジェリアなどのデモでは、鎮圧する警察などとの間に激しい争いがおき、死者が出る騒ぎになったほか、キリスト教教会も襲撃された。デモでは、デンマークや風刺画を転載した欧州諸国のみならず、アメリカ合衆国もデモの対象になった。デンマークはこのデモでイスラム圏にいる国民に退去を呼びかけたが、不買運動を通じ農産品・食品などの輸出に多くの損害を出し、アーラ・フーズのような乳製品企業は中東市場でのボイコットで打撃を受けた。 ムスリムおよびデンマークのリベラル派はユランズ・ポステンが報道の自由の権利を誤用していると非難している。これに対してユランズ・ポステンはムスリムの感情を傷付けたことを謝罪したが、どのような風刺であれタブーとしてはならないとしている。ただし、ニューズウィークの取材に編集長が「デンマークでは教会や神に対する中傷は禁止されている」と答えたため、二重基準(ダブル・スタンダード)ではないかと批判された。 イスラエルと対立するパレスチナなどの中東のイスラム社会では、欧州で(ユダヤ人を迫害した)ナチスやヒトラーについて出版、表現を制限しているのに、イスラムへの冒涜に対して表現の自由を標榜するのは二重基準であるとの反発が強まっている。イランの大手新聞「ハムシャフリー」は2006年2月6日、ムハンマド風刺画に対して「ホロコースト風刺画」コンテストを行い西側の表現の自由の限界を試すと表明した。11月1日にモロッコの作家が大賞を受賞したことが発表され、中東や欧州、南米の作家に各賞が渡った。イランでは保守派はこのコンテストに賛意を表明したものの、改革派は風刺画問題に対する間違った対応だとして批判した。 2007年8月18日には、スウェーデン・オレブロ市の地方紙ネリケス・アレハンダ(Nerikes Allehanda)がムハンマドの風刺画を載せたことに対して、サウジアラビアのイスラム団体、エジプト、イランなどのイスラム諸国がスウェーデン政府及び新聞社に対し抗議を行った。9月12日、スウェーデンのサウジ大使が謝罪を行ったとフランスの通信社が報道した事等により事態は沈静化したが、スウェーデン政府は謝罪を拒否している。風刺画はその他の地方紙でも掲載されている。 2008年2月12日、デンマーク治安当局は風刺漫画を描いた漫画家のうちの一人(クルト・ベスタゴーとされている)の暗殺を計画した容疑で5人を逮捕した。計画そのものは未遂に終わっている。これを受け、翌13日には同国の大小15紙がムハンマドの風刺画を一斉に再掲載し、問題の再燃が懸念されている。 2008年6月2日、パキスタン・イスラマバードのデンマーク大使館への自爆テロが発生、死者6人を出した。国際テロ組織アルカーイダは同4日、インターネットでムハンマド風刺への報復とする犯行声明を出した。 2010年1月3日、風刺漫画を描いた漫画家クルト・ベスタゴーの自宅に、斧で武装した男が押しいったが、駆けつけた警察官に取り押さえられた。男はソマリア人であり、地元警察によるとイスラム系武装組織に関与している。過激イスラムグループの「アル・シャバーブ」は、攻撃をたたえるコメントをAFP通信に出している。 2010年12月11日、スウェーデン・ストックホルムでストックホルム爆破事件が発生、二人負傷。スウェーデン外相は自爆テロと声明を発表。犯人はイラク系スウェーデン人。警察に送った電子メールで犬に模したムハンマドを制作した風刺画制作者を非難していた。スコットランドヤードは、反テロリズム法に基づき過去に住んでいたロンドン郊外の自宅を家宅捜索した。北欧諸国で史上初の自爆テロとなった。
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