チーム記録とは? わかりやすく解説

チーム記録

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 11:28 UTC 版)

日本大学硬式野球部」の記事における「チーム記録」の解説

被った記録は、東都大学野球連盟歴代記録記載されているもの。 1923年 野球部創部 1931年4大と共に東都前身連盟創設秋季國學院と共に同率優勝。(東都連盟記録上は優勝預かり扱い。) 1932年 秋季中央大と共に同率首位になるも優勝預かり1933年 秋季初の単独優勝1938年 春季2度目優勝。(監督不在主将代行。) 1948年 香椎瑞穂監督就任初の専任監督1949年 春季3度目優勝1950年 秋季4度目優勝1952年 秋季5度目優勝1953年 秋季6度目優勝1954年 秋季7度目の優勝1955年 下高井戸専用グラウンド合宿所新設春季8度目の優勝全日本大学野球選手権大会初出場して決勝明治大0-1敗れて準優勝秋季、対学習院2回戦で2投手継投によるノーヒットノーラン喫す1956年 春季9度目の優勝全日本大学野球選手権大会決勝関西大1-2敗れて2度目準優勝秋季10度目の優勝1957年 春季、対駒大1回戦全員安打1959年 秋季11度目の優勝。(強力打線宮田征典力投1960年 春季12度目の優勝全日本大学野球選手権大会3度目出場初戦北海学園大に2-3敗退1961年 春季13度目の優勝全日本大学野球選手権4度目出場東都代表として初優勝決勝関西大10-5勝利)。 1962年 秋季14度目の優勝1965年 春季、部史上初最下位入れ替え戦國學院大に勝利し残留。)。秋季は、臨時飯沼辰夫が監督務めた後で河内忠吾正式に監督就任1966年 春季15度目の優勝全日本大学野球選手権5度目出場2回目優勝決勝近畿大3-2勝利)。秋季、対駒大3回戦1試合最多本塁打5と1イニング最多本塁打3を喫す1967年 秋季2度目最下位入れ替え戦芝浦工大敗れ初の2部転落河内忠吾監督)。 1968年 秋季2部初優勝入れ替え戦専修大勝利し1部復帰河内忠吾監督)。 1969年 春季、対芝工大1回戦全員安打16度目優勝全日本大学野球選手権6度目出場決勝東海大0-3敗れ3回目準優勝秋季17度目優勝。(エース佐藤道郎活躍1971年 秋季18度目優勝明治神宮野球大会初出場初優勝決勝亜大3-1勝利)。 1973年 春季3度目最下位入れ替え戦専修大勝利し残留)。同年秋季対中2回戦全員安打喫す4度目最下位入れ替え戦国士舘大勝利し残留)。 1974年 秋季5度目最下位入れ替え戦国士舘大敗れ2度目2部転落河内忠吾監督)。 1975年 春季2部2度目優勝入れ替え戦国士舘大勝利し1部復帰河内忠吾監督)。 1976年 春季6度目最下位入れ替え戦青学大勝利し残留)。 1977年 春季7度目の最下位入れ替え戦国士舘大敗れ3度目2部転落。(河内忠吾監督)。同年秋季2部3度目優勝入れ替え戦国士舘大敗れ残留)。 1978年 春季2部4度目優勝入れ替え戦駒澤大敗れ残留)。同年秋季2部5度目優勝入れ替え戦亜大敗れ残留)。 1979年 秋季2部6度目優勝入れ替え戦中央大敗れ残留)。 1981年 秋季2部7度目の優勝入れ替え戦国士舘大勝利し1部復帰。(石井久至監督1982年 春季8度目の最下位入れ替え戦国士舘大勝利し残留)。同年秋季9度目の最下位入れ替え戦国士舘大勝利し残留)。 1984年 同年8月単発実施され全日本大学選抜野球大会札幌開催)に東都代表として出場1985年 春季10度目の最下位入れ替え戦専修大勝利し残留)。 1985年 秋季飯沼辰夫が総監督に就任。(連盟登録は、飯沼辰夫が監督石井久至コーチ1986年 春季、対東洋2回戦でサヨナラソロ本塁打優勝決定喫す連盟史上初)。11度目の最下位入れ替え戦東京農大敗れ4度目2部転落飯沼辰夫監督)。秋季から和泉貴樹コーチに就任。 1988年 春季それまでコーチだった和泉貴樹監督に就任。部史上初2部最下位入れ替え戦順天堂大に勝利し残留)。 1989年 秋季2部8度目の優勝入れ替え戦國學院大に勝利し1部復帰1990年 秋季12度目の最下位入れ替え戦中央大勝利し残留)。 1992年 秋季エース門奈・主力真中らの活躍19度目42シーズンぶり)の優勝明治神宮野球大会では準々決勝東海大2-3敗れた1994年 春季、対青学2回戦代打逆転本塁打連盟史上唯一)を喫す秋季、対東洋1回戦で初打席代打満塁逆転本塁打連盟史上唯一)を被る。 1995年 秋季13度目の最下位入れ替え戦専修大敗れ5度目2部転落。(和泉貴樹監督1996年 春季から鈴木博識監督就任 1997年 秋季2部9度目の優勝入れ替え戦東洋大勝利し1部復帰2001年 春季エース館山主砲村田らの活躍20度目優勝全日本大学野球選手権では7度目の出場決勝東海大0-2敗れ4回目準優勝2003年 春季14度目の1部最下位入れ替え戦専修大勝利し残留)。 2004年 春季エース那須野孤軍奮闘21度目優勝全日本大学野球選手権では8度目の出場決勝東北福祉大1-3敗れ5回目準優勝2006年 秋季、15度目の1部最下位1部在籍数通124季)で1部2部入れ替え戦(対専修大)に臨み6度目2部転落となる。(鈴木博識監督2007年 秋季、2部通算10度目の優勝で、1部2部入れ替え戦(対國學院大)に臨み6度目1部昇格果たす。(鈴木博識監督2008年 秋季、16度目1部最下位1部在籍数通126季)で1部2部入れ替え戦(対國學院大)に臨み7度目の2部転落となる。(鈴木博識監督2009年 春途中鈴木監督成績低迷理由引責辞任衣川監督代行(現コーチ)を経て秋季からは仲村氏が第12代監督に就任。 2011年 春季、2部通算11度目(2部在籍通算31季)の優勝で、2部優勝での昇格戦としては11度目(1部最下位での残留戦を含めれば通算26度目)の1部2部入れ替え戦(対國學院大)に臨み7度目の1部昇格果たす。(仲村監督2012年 春季、17度目1部最下位1部在籍数通127季)で1部2部入れ替え戦(対國學院大)に臨み8度目の2部転落。(仲村監督2015年 春季、2部通算12度目の優勝で、入れ替え戦で対拓殖大勝利して8度目の1部昇格果たす。(仲村監督2016年 秋季、22度目優勝

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チーム記録

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スポーツに関する日本一の一覧」の記事における「チーム記録」の解説

1試合最多得点 - 13得点2019年11月24日柏レイソル京都サンガF.C.戦で記録)※J2J1での記録磐田セレッソ大阪戦で記録した9得点リーグ最少失点記録 - 24失点 (1試合平均0.71点。2008年大分トリニータ) 最多連続無敗 - 42戦(2020-2021年川崎フロンターレ)※J1天皇杯ACLゼロックス杯を含むリーグ戦における最多連続無敗 - 30戦(2020-2021年川崎フロンターレ1シーズンでの記録25戦。並びに2019-2020年ブラウブリッツ秋田1シーズンでの記録28戦。※J3最多連勝 - 16連勝1998年-1999年鹿島アントラーズ)※Vゴール勝ち3含む。1シーズン中における最多連勝 - 12連勝 (2020年川崎フロンターレ) 90以内での最多連勝 - 14連勝2007年-2008年鹿島アントラーズ開幕からの最多連勝 - 14連勝2014年湘南ベルマーレ )※J2J1での記録ジュビロ磐田の8連勝2002年)※全て90分での勝利1996年横浜フリューゲルス1996年)※Vゴール勝ち2含む。 最多連敗 - 17連敗1996年京都パープルサンガ)※Vゴール負け2含む90以内での最多連敗 - 14連敗2009年大分トリニータ連続試合得点 - 61試合2001年-2003年ジュビロ磐田1試合最多退場 - 5人(1996年10月26日ヴェルディ川崎浦和レッズ戦で三浦泰年林健太郎マグロン通訳エメルソン・レオン監督)が記録

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