カサール時代とは? わかりやすく解説

カサール時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 17:55 UTC 版)

アタリ (企業)」の記事における「カサール時代」の解説

キーナン会長カサール社長に繰り上げ昇格したが、キーナン程なく1979年10月退職その後ブッシュネル仕事付き合いがあった)、カサール会長となったこれまで自由だったアタリ厳し社風一変スーツ入館ICカード義務付けられる異な部門出入り制限され、顔も名前も分かりにくくなった。これは既にワーナー売却前、別の会社ゲームよく似たゲームが別会社から発売され訴訟になったことが理由一つである。 アタリアン達もどんどん解雇か、依願退職となった(ただしそういった環境でも在籍し続け優れたアーケードゲーム開発し続けたアタリアンもいる)。退職した有能なアタリアン達の中にはAtari 2600用のサードパーティー会社立ち上げる者もいた。1979年設立アクティビジョンはその嚆矢であり、世界初のサードパーティゲームメーカーである。Atari 2600グラフィックチップ開発したJay Minerこの頃退職しAtari 2600用のジョイスティック開発するためとの名目Amiga社を設立新型ハード開発乗り出している。アルコーン自分電子ゲーム企画を没にされたため、1981年退職している(その後後輩とも言えるジョブズ作ったApple Computer勤めた時もある)。 カサールはアタリアン達の企画したゲームをどんどん没にしただけでなく、アーケード部門にも予算節減など様々な妨害加え始めたこの頃からアタリショックまでのアーケード作品は、フライヤーチラシ)が白黒になる毎年新作数が半分強に減る等の妨害があった。しかしそれでも、アタリ売り上げ差別されアーケード部門稼ぎ優遇され家庭用部門成績乏しくなかった。 カサール唯一の功績は、日本『スペースインベーダー』売れていたため、Atari 2600への移植提案したことである。これで1980年Atari 2600はやっと売れ始めた1980年アタリ売上高前年比の2倍の4億1500ドル営業利益前年比の5倍の7700ドル達し、ワーナーグループ全体営業利益の1/3をアタリ占めた1981年には売上高10億ドル利益が3億ドル伸びた1981年ワーナー予算会議出席したカサールアタリ市場における地位1986年までに確実なものとなり、60ドル総収入、20ドル利益が出ると予測したこの年ロスカサールに対して600ドルボーナス与えたトランプタワー豪華なアパートメント会社から買い与えられた。カサールアタリ幹部たちリムジン会社ジェット機旅行し何処であれ最高級ホテル宿泊した1982年春の年次売上会議モンテカルロ開かれ最高級ホテル宿泊場所となった同時にロス急激な収益増加が、いつか反転転じることもあり得る予測していた。パートナーをつけてハードウェア開発進める案もでたが実現しなかった。リスクヘッジするためにアタリ株式公開して半分を売る計画立てたが、やはり実現はせずに終わった1982年Atari 2600累計販売台数1000万台を越えていた。急激な売上増加のために生産追い付かず生産量見込み立てるため、1981年10月アタリ販売代理店対し翌年分の一括注文求めた。しかしこれが裏目となりアタリにとって後に致命傷になる。翌1982年市場の高成長予想していた販売代理店は、品切れを防ぐためにアタリ対し大量注文行いアタリはそれを鵜呑みにして誤った需要予測行いゲームソフトカートリッジ過剰に大量生産した。翌1983年になると市場でのゲームソフト供給過多のため発注多くキャンセルされてしまい、アタリ大量不良在庫抱え羽目になる。 1980年アーケードゲームとして登場しアメリカで大ヒットしたナムコ『パックマン』1982年Atari 2600移植された。カサール無許可移植決定されたため、カサール激怒させたが、これが『スペースインベーダー』に次ぐ2発目のキラーソフトとなったAtari 2600人気頂点達した。しかしAtari 2600版『パックマン』出来劣悪で、しかも前述誤った需要予測により当時Atari 2600本体稼働台数を何百万本も上回った数のカートリッジ生産されたため、大量売れ残り在庫生じた。 また一方で人気タイトルならAtari 2600ゲームにすればなんでも売れる」と誤解されレベルの低いソフトが粗製濫造された。1982年のアタリハード向けソフト販売におけるアタリシェアは、前年80%から56%に大きく低下したアタリが自ら作ったソフトでは、人気映画の『E.T.ゲーム化大失敗した(ただし、「当時とっつき難かったが、妙に変わっていて面白ゲームだ」と支持する声も現在まで一部聞かれる)。さらに1982年にはコモドールホビーパソコンコモドール64」やコレコゲーム機コレコビジョン」といった競合機発売されAtari 2600シェア浸食し始めたアタリAtari 2600後継機Atari 5200」を発売するが、Atari 5200Atari 2600との互換性がなく、Atari 2600築いたシェア優位にならなかった。 アタリだけでなく親会社であるワーナーにも危機迫っていた。レコード店でのアタリ製品流通担当していたWEA社長82年春にロス相談した遡る1978年ワーナー買収したときにWEAアタリ製品供給担当する話が出た実現しなかった。アタリ急成長ていったときにも提案したが、販売店拡大奔走するカサール反対した。その結果前述のように販売店損得勘定による過剰発注裏切られた。 アタリ相談役をしていたジャック・ホルツマンは、82年6月会社を売るべきだと進言する書簡ロス送った在庫膨らみ過ぎているという理由だった。レコード会社買収してきたロス周囲にはデヴィッド・ゲフィン、モー・オースティン、ジャック・ホルツマンといった有名なソフト産業玄人多かった。 しかし、もはやアタリ収益ワーナー株価連動しており不可分になっていた。ワーナー6年間で3000上がったのはアタリ業績よる。8月には過剰な在庫財務諸表数字として表れた。6500ドル在庫償却するという数字出た直後ロス含めた幹部のなかにワーナーを売る動きがあった。そして12月アタリ見積収益報告された。 1982年12月8日ワーナーアタリ売上下降理由として同年第4四半期利益下方修正し、翌日ワーナー株価暴落したアタリ売上翌年第1四半期にかけて急落した日本ではアタリショック呼ばれる北米家庭用ゲーム市場崩壊始まりである。 それでもカサールロス楽観的な見積り示し続けた83年第2四半期損失は3億1千50ドルになった最終的にこの年アタリ損失は5億ドルになったワーナー株価この年始めには20ドルになった前年63ドル50セントだった)。 インサイダー取引疑惑持たれていたカサール1983年7月解任された。 ワーナー側の弁護士カサールの不正追求積極的に協力した。その過程前年12月発表時より1ヶ月前に完了したロスの(つまり暴落以前の)自社株売却見過ごされた。ロス売却で2千百ドル得た。これに対して株主による訴訟もあったが和解決着したこの中でロスは、アタリについて問題があると報告受けてはいなかったし、12月報告受けた際には驚き怒り感じた証言したカサール後任であるジェームズ・モーガン初仕事社内の無駄減らしで、次にE.T.』のカセット大量処分(「ビデオゲームの墓場」の項目を参照)、そして社員リストラであった。このリストラ直前アタリ最大社員数で、1972年にたった2人始めた会社が、1983年には約9,800人に膨れ上がっていた。リストラ結果経営状況ある程度改善し赤字垂れ流し状態であったアタリ家庭用ゲーム機部門にも復調兆し見え始めた失敗反省から特約卸売業者との契約流通システム見直された。ロスアタリ復活声高に叫んだが、パートナーは見つからず密かに売却先を探した翌年含め2年間でワーナー損失10億ドル上り王国弱体化取引銀行出方次第では破産する直前まできてしまった。 1984年ワーナー本社が豪メディア王ルパード・マードックによる買収攻勢遭う経営改善より分離売却ロス選択でありワーナー家庭用ゲーム機部門と、Apple Computerコモドールなどの他社押され気味であったパソコン部門の切り離し決定1985年アタリアーケード中心とするアタリゲームズと、家庭用ゲームホビーパソコン中心とするアタリコープの2社に分割される

※この「カサール時代」の解説は、「アタリ (企業)」の解説の一部です。
「カサール時代」を含む「アタリ (企業)」の記事については、「アタリ (企業)」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「カサール時代」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「カサール時代」の関連用語

カサール時代のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



カサール時代のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのアタリ (企業) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS