非ステロイド性抗炎症薬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/17 13:01 UTC 版)
名称の由来
単語「非ステロイド」とは、糖質コルチコイド(グルココルチコイド)でないことを意味する。グルココルチコイドは抗炎症薬の主要なグループを構成するが、1950年代にはグルココルチコイドに由来する医原病と思われる症例が多数報告されるようになった(詳細についてはステロイド系抗炎症薬の副作用)。このため、1960年代に開発された新しい抗炎症薬の一群がグルココルチコイド系ではないことを知らせることが重要とされ、NSAID という概念が一般化されるに至った経緯がある。[9]
作用機序
非ステロイド性抗炎症薬には選択性のものと非選択性のものがある。
最も一般的な非ステロイド性抗炎症薬の多くは、すべてのシクロオキシゲナーゼ(COX-1, COX-2)活性を可逆的に競合阻害する。アラキドン酸が結合するシクロオキシゲナーゼの疎水性チャネルを封鎖することでアラキドン酸が酵素活性部位に結合することを防いでいる。例外は、アスピリンで、これはシクロオキシゲナーゼ(COX-1, COX-2 両方とも)をアセチル化することで阻害する。これは不可逆的な反応であり、核を持たず蛋白合成ができない血小板にとっては不可逆的な作用をもつ。この特性からアスピリンは冠動脈疾患や脳梗塞の既往のある者に対して投与される抗血小板薬として用いられる。アスピリンの抗血小板作用は退薬後、血小板の寿命である約10日間持続する。シクロオキシゲナーゼ1(COX-1)は恒常的に発現しており、胃壁の防御作用に関与している。胃壁が自ら分泌する、胃液に含まれる胃酸(塩酸)により溶かされないよう防ぐのに必要である。COX-1 が阻害されると、胃潰瘍や消化管出血の原因となる。
一方 COX-2 は炎症時に誘導されるプロスタグランジン合成酵素であり、NSAIDs の抗炎症作用は COX-2 阻害に基づくと近年考えられ、COX-2 を選択的に阻害する新しい NSAIDs が創製されている。特に酸性 NSAIDs は強いシクロオキシゲナーゼ活性阻害を有しており、COX によりアラキドン酸からプロスタグランジンが合成されるのを阻害する(最近では、COX-1, COX-2 ともに抑制された場合のみ消化管障害が発現し、いずれかが阻害されずに残っている場合には消化管障害は起きにくいことが COX-1 あるいは COX-2、もしくは COX-1 と COX-2 を遺伝的に欠損させたマウスの実験から明らかとなっている)。
プロスタグランジンには、炎症、発熱作用があるため結果的に NSAIDs は抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用を持つ。パラセタモール(アセトアミノフェン)もシクロオキシゲナーゼ活性阻害作用を持つため、NSAIDs に分類されることがあるが、明らかな抗炎症作用は持たず、真の意味での NSAIDs ではない。近年まではっきり解明されていなかったがこの抗炎症作用の欠落は、アセトアミノフェンのシクロオキシゲナーゼ阻害作用が中枢神経系に主に作用するからと考えられている。この中枢神経に存在するシクロオキシゲナーゼは、COX-3 と呼ばれる。
歴史
1829年初頭に、鎮痛効果があるとして民間療法で用いられていたヤナギの樹皮から初めてサリチル酸が分離された。非ステロイド性抗炎症薬は、少量で鎮痛効果、大量投与で抗炎症効果がある薬物として重要なものとなった。以前は処方箋が必要であったが、現在では、イブプロフェンなどは薬局で販売されるようになっている。古くはリウマチなどの重篤な疾患にのみ処方されていたが、スポーツや事故による怪我の鎮痛、腰痛や手術後の鎮痛にも処方されるようになって久しい。癌や、冠動脈疾患など他の適応についての研究も続けられている。
注釈
- ^ アメリカ英語発音: [nɑːn stɪˌrɔɪdəl ˌæntaɪɪnˈflæməˌtɔri drʌg] ナ(ー)ンスティロイドォー・アンタイインフラ(ー)マトゥリ・ドゥラグ
- ^ 英語発音: [ˈɛnˌsɛd] エヌセ(ッ)ドゥ、[ˈɛnˌseɪd] エヌセイドゥ
- ^ Rofecoxib. 日本未承認。
- ^ 「カロナール」は2024年1月に第一三共ヘルスケアへ商標使用を許諾し、同社から処方箋医薬品の錠剤品と同一処方である一般用医薬品(第2類医薬品)として「カロナールA」が発売された
出典
- ^ a b c d e “non-steroidal anti-inflammatory drug”. www.Lexico.com. Oxford English Dictionary (2022年). 2022年2月4日閲覧。
- ^ a b Non-steroidal anti-inflammatory drugs, 英国国民医薬品集 (BNF), 英国国立医療技術評価機構 (NICE), (2022) 2022年2月4日閲覧。
- ^ a b “Studies of local anesthetic action on natural spike activity in the aortic nerve of cats”. Anesthesiology (Ovid Technologies (Wolters Kluwer Health)) 66 (2): 210–3. (February 1987). doi:10.1097/00000542-198702000-00016. PMID 3813081. "Non-steroidal anti-inflammatory drugs (NSAIDs) are the competitive inhibitors of cyclooxygenase (COX), the enzyme which mediates the bioconversion of arachidonic acid to inflammatory prostaglandins (PGs)."
- ^ NSAID (Cambridge Dictionaries Online)
- ^ NSAID (Collins "American English Dictionary")
- ^ 川口善治「腰痛徹底対策 ぎっくり腰」、『きょうの健康』2017年11月号、NHK出版、 60頁。
- ^ a b Krueger, Courtney (2013). “Ask the Expert: Do NSAIDs Cause More Deaths Than Opioids?”. Pain Treatments 13 (10) 2019年6月8日閲覧。.
- ^ "Up to 140,000 heart attacks linked to Vioxx". New Scientist. 25 January 2005. 2023年12月17日閲覧。
- ^ "Origins and impact of the term NSAID" (Buer 2014)Inflammopharmacology, vol. 22, no 5, 2014, p. 263-7. (PMID 25064056, DOI 10.1007/s10787-014-0211-2) オンライン読む(アーカイブ))
- ^ “Peptic Ulcer” (英語). Harvard Health (2018年12月10日). 2022年8月9日閲覧。
- ^ [1]
- ^ "Understanding NSAIDs:from aspirin to COX-2";Gray A. Green; Clin.Cornerstone 3(5):50-59, 2001.
- ^ J Clin Pharm Ther. 2019 Feb;44(1):49-53.
- ^ https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/pds.4866
- ^ Nefrologia. 2015;35(2):197-206.
- ^ Kidney Int. 2015 Aug;88(2):396-403.
- ^ BMJ. 2013 Jan 8;346:e8525.
- ^ 薬学雑誌.2019;139(11):1457-62.
- ^ CG150 Headaches (Report). 英国国立医療技術評価機構. July 2012. chapt.1.2.7.
- ^ "ペントイルなど、4月から薬価収載対象外に テルシガン、テラナス、ジヒデルゴット、ヒデルギンなども対象外に". 日経DI Online. 日経BP. 24 April 2017. 2023年12月17日閲覧。
- ^ Kis, Bela; Snipes, James A.; Busija, David W. (2005-10). “Acetaminophen and the cyclooxygenase-3 puzzle: sorting out facts, fictions, and uncertainties”. The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics 315 (1): 1–7. doi:10.1124/jpet.105.085431. ISSN 0022-3565. PMID 15879007 .
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