両国駅 両国駅の概要

両国駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/16 15:30 UTC 版)

両国駅
JR西口(2016年12月)
りょうごく
Ryōgoku
所在地 東京都墨田区横網一丁目
所属事業者
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乗り入れ路線

JR東日本の総武本線(支線)、東京都交通局の都営地下鉄大江戸線が乗り入れ、接続駅となっているが、一番近い出口同士でも300 m余り離れている。

  • JR東日本: 中央・総武線(各駅停車) - 駅番号「JB 21
  • 東京都交通局: 都営大江戸線 - 駅番号「E 12

JR東日本の駅は、定期列車は緩行線を走る中央・総武線各駅停車のみが停車する。この他、千葉方面の快速線に接続している列車ホーム(後述)が存在するが、現在は臨時列車のみに使用される。

また、特定都区市内制度における「東京都区内」に属する。

歴史

当駅は、千葉県方面への鉄道を建設した私鉄であった総武鉄道1904年(明治37年)4月5日に「両国橋駅」として開業させた[1]。総武鉄道は市川駅より東側の区間を先に開業させており、そこから西へ東京へ向かって順次建設を進めてきた。そして、本所駅(後の錦糸町駅)から両国橋駅までの区間が都心側で最後に開業した。この当時、本所から両国橋までの沿線はすでに市街地になっており、盛土・高架とすることを条件に免許が出された[1]。会社側は建設費のかかる高架線を避けようと、地上の線路に変更しようとする工作をしたが、結局煉瓦造りの橋脚の上に鉄桁を載せた形状の高架橋を約1.5 kmに渡って建設して開業することになった[1]。これは日本の鉄道で最初の高架区間であった。当初は単線で開業したが、最初から橋脚は複線用に準備されており、1906年(明治39年)8月19日に複線化された[1]。この高架橋の関係で、垂れ流し式のトイレからの汚物が沿線に被害を及ぼすことを避けるために、本所より西側ではトイレの使用が禁止されていた[1]

総武鉄道の力では隅田川を渡る橋を建設することが難しかったこともあり、両国橋駅は総武鉄道の都心側のターミナルとして機能するようになった。当初の駅舎建物は駅の西側に建てられており、木造2階建てで面積170坪(約562平方メートル)、建設費は約9,000円であった。また、脇に同じく木造2階建ての総武鉄道本社も建てられていた[2]。プラットホームは全長212 mあり、その先の東側にも地下道を通じて亀沢町方面への出口が造られていた[2]。隅田川からの運河が構内に掘られ[2]、水運との連絡が行われるようになっていた。貨物営業は1904年(明治37年)9月1日に開始された[2]

また、吾妻橋駅(現在のとうきょうスカイツリー駅)をターミナルとしていた東武鉄道亀戸線を建設して総武鉄道に乗り入れるようになり、両国橋駅は開業と同時に房総方面だけではなく北関東方面へのターミナルとしても機能するようになった[3]。このために吾妻橋駅は一時廃止されるが、1907年(明治40年)9月1日に総武鉄道が国有化されて国鉄となったこともあり、1910年(明治43年)3月1日に吾妻橋駅を浅草駅に改称して旅客営業が再開され、同年3月27日に両国橋駅への東武鉄道の列車の乗り入れが廃止された[3]。ただし、貨物列車については、1926年(大正15年)7月1日小岩駅金町駅を結ぶ新金貨物線が開通するまで、東武亀戸線を経由して北千住駅で常磐線と連絡する運転が継続された[3]

1923年(大正12年)9月1日に、関東大震災が発生[3]。駅舎は倒壊しなかったが、駅構内の機関車5両、客車94両、貨車48両が延焼により焼失した[3][4]。高架橋も大きな被害を受けて、復旧して運転を再開したのは同年10月9日のこととなった[3]。バラック立ての仮駅舎を建設して暫定的に営業を行っていたが、増大する旅客・貨物需要を捌ききれなくなったため、1929年(昭和4年)12月30日に新駅舎が営業を開始した[3]。これは現在供用されている西口駅舎である。この時点で行き止まり式の2面4線の構造となった。駅舎の面積は3,034坪(約10,030平方メートル)であった[5]。当時は乗車口と降車口が分離されており、外から駅舎に向かって左側に乗車口、右側に降車口があった。内部には出札口、2等待合室、3等待合室、手荷物カウンターなどが設置されていた[5]

元々隅田川の両岸を両国(17世紀まで隅田川が武蔵国下総国の境界であったため)と称し、そこに架かる橋を両国橋と呼んでいたことから、橋の近くにある駅を両国橋と名付けたものであったが、次第に隅田川東岸のことを両国と称するようになった[5]。駅名もまた、一般には単に両国駅と呼ばれることが多くなっていた[5]。そこで、1931年(昭和6年)10月1日に正式に「両国駅」へ改称した[5]

この頃、房総方面にあった全部で94の駅の中では、東京側のターミナルであった両国駅は乗降客数と収入の面ではぬきんでた1位であり、貨物取扱量も第2位であった。東京の鉄道駅の中では東京、上野、新宿、横浜、新橋に次ぐ第6位の取扱収入で、当時は渋谷や池袋などよりも収入の大きな駅であった。しかし、両国駅より西側の総武本線の建設が行われると、このターミナルとしての繁栄は次第に凋落していくことになった。

関東大震災で焼失した市街地の区画整理が行われたことで線路用地の捻出が可能となり、1932年(昭和7年)7月1日に御茶ノ水までの線路が完成し、総武本線の起点が御茶ノ水に変更された[5]。これにより両国は孤立したターミナルの状態を脱することになった。御茶ノ水と両国の間は電化されて電車が折り返し運転を行うようになり、房総方面への列車の乗換駅となった。これに合わせて、現在も使用されている1・2番線のプラットホームが整備された。地下道で従来の列車用ホームとの連絡がなされ、また電車用のプラットホームへ直接出入りできる改札口が高架下に設けられた。当初は両国より東側はまだ電化されていなかったので、房総方面へは両国駅での乗換を必要としていたが、それでも乗り換えだけの乗客は改札口を通過しないため両国駅の乗降客数や収入は大きく減じることになった。さらに電化が東へ進展して1935年(昭和10年)7月1日に千葉駅まで完成すると、房総方面の列車が同駅で折り返すものが増え、次第に両国駅の列車ホームで発着する列車は減少していくことになった[6]。特に第二次世界大戦後の石炭不足による蒸気機関車牽引列車の減少と房総方面が気動車化の重点線区とされたことで、当駅を始発・終着とする房総方面の列車は2往復まで減少することになった。

しかし外房線・内房線とも千葉から先はまだ非電化であり、1958年(昭和33年)7月10日から気動車準急「犬吠」の運転が開始され、その始発・終着駅となった[7]。さらに房総方面の準急・急行は増発され、一部総武緩行線経由で新宿方面へ乗り入れる列車もあったものの、多くの優等列車は当駅始発・終着とされた。これにより再び房総方面へのターミナル駅としての地位が高まることになった[7]。特に毎年夏には房総への海水浴客を輸送するための臨時列車が多数設定されて両国駅の列車ホームは賑わった[7]。後に列車ホームは電化された。

次の大きな転機となったのは、1972年(昭和47年)7月15日の総武本線複々線化である[7]。東京駅から錦糸町駅までの地下線で総武快速線が建設され、総武線の快速列車が東京駅へ直通するようになった[7]183系の特急がこの時より完成した東京地下駅から総武線、内房線、外房線に乗り入れを開始する。この線路は当駅構内の北側を通過してはいるが、急勾配及び急カーブ区間であることから、当駅にホームは設けられなかった[7]。これにより総武快速線の列車は当駅に停まらなくなった[7]。貨物営業も近隣の越中島駅などへ集約されることになり、物流拠点としての役目を終えた。この時点ではまだ房総方面への急行列車の一部など両国駅発着で残存していた[注釈 1]が、1982年(昭和57年)11月15日のダイヤ改正により房総方面の急行列車[注釈 2]は全廃され、特急「しおさい「あやめ」「すいごう」が1日1往復だけ当駅に発着する状態となった[9]1988年(昭和63年)3月13日のダイヤ改正でしおさい・すいごうが、1991年(平成3年)3月16日のダイヤ改正であやめの発着も終了し、当駅は総武線各駅停車のみが停車する駅となって、現在に至っている[9]

一方、東京で進んでいた地下鉄網整備の中で、両国地域を通る路線は長く開業していなかったが[注釈 3]、2000年に都営大江戸線の駅が開業し、両国から地下鉄の利用が可能となった。

年表

駅名の由来

元来、両国とは両国橋を挟んだ隅田川の両岸を指す地名であった(隅田川西岸は旧・日本橋両国)[5]。しかし、総武鉄道は当初隅田川の東岸までの開通に留まったため、両国橋の東、東両国に両国橋駅を開業し、後に両国駅と改称した。駅名の影響に両国国技館の開設も加わり、現在では両国という地名は専ら両国橋の東の地域に対して用いられる。

駅構造

JRの駅は東西に出入口があり(階段の位置はホームの両端ではなくやや中央寄り)、駅舎は高架下にある。ホーム横にはターミナル駅の面影を残す駅舎とホームが残されている。この旧駅舎コンコースを利用し、居酒屋チェーン「はなの舞」の独自業態「大江戸八百八町・花の舞 両国国技館前店」が営業していたが閉店(後に清澄通り沿い錦糸町方の高架下に「両国八百八町・花の舞 江戸東京博物館前店」として移転)。閉店後の旧駅舎を改装して2016年11月25日に複合飲食施設「-両国- 江戸NOREN」が開業した[報道 4][新聞 4]

都営大江戸線の駅はJR駅の東側を通る清澄通り東京都道463号上野月島線)の地下に建設され、出口もその両側に設置されている。JR総武線と都営大江戸線の乗り換えはJR駅の東口から乗り換えるが、駅間がかなり離れている。

JR東日本

JR 両国駅[* 1]
3番線ホーム(2007年4月)
りょうごく
Ryōgoku
JB 20 浅草橋 (0.8 km)
(1.5 km) 錦糸町 JB 22
所在地 東京都墨田区横網一丁目3-20
駅番号 JB21
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 総武線(各駅停車)
(線路名称上は総武本線の支線)
キロ程 1.5 km(錦糸町起点)
千葉から35.9 km
電報略号 レウ
駅構造 高架駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
[JR 1]31,301人/日(降車客含まず)
-2022年-
開業年月日 1904年明治37年)4月5日[1][10]
備考
  1. ^ 1931年(昭和6年)10月1日に両国橋駅から改称[5]
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総武線各駅停車用の島式ホーム1面2線の電車ホームと、単式ホーム1面1線の列車ホームを有する高架駅である。電車ホームから一段低い高さに列車ホームがある。

千葉支社管轄で錦糸町営業統括センター管内の直営駅で、副所長兼駅長が配置されており、管理駅として浅草橋駅を管理する。

近くに大相撲興行などが開催される両国国技館があることにちなみ、西口の駅入口にある駅名表示は根岸流の書体で「両国駅」と書かれ、西口改札横には優勝額が展示されている。また、西口改札を入ってすぐの所にはタイルの色が違う所があり、これはよく見ると土俵の形になっている[17]

のりば

番線 路線 方向 行先
1 総武線(各駅停車) 西行 秋葉原新宿中野方面[18]
2 東行 錦糸町市川船橋千葉方面[18]
3 団体・臨時ホーム(総武快速線千葉方面と接続)

(出典:JR東日本:駅構内図

  • 1番線の案内の一部に、当駅からは物理的に直通していない東京駅上野駅の表記があるが、両駅へ行く場合は秋葉原駅での乗り換えが必要となる。
  • 3番線は定期列車としては回送列車が1日1本乗り入れる[注釈 4]のみで、定期旅客列車の発着はなく、通常は立ち入りができない[19]。なお、新宿方面から総武線千葉方面に乗り入れる特急などはすべて1・2番線を通過する。

当駅北側には、東京駅方面へ直通する総武快速線・総武トンネルの入口がある。

2008年9月2日発車メロディとスピーカーが変更された。

西口には、バリアフリー施設としてエスカレーターエレベーターなどを併設している。

ターミナル駅としての地位低下

当駅は開業当初東京都心のターミナル駅の一つとして機能していたことから、総武快速線東京駅(総武トンネル)開業前、長らく房総方面への中・長距離列車の発着ホームとして広い構内設備を持っていた[1]。列車ホームは当初は3 - 6番線の2面4線の櫛型形状であり、その北側に広大な留置線と貨物設備を有していた[9]。この縮小部分には後に両国国技館江戸東京博物館が建設されている[11]

JR発足当初は特急あやめ」「すいごう」の発着があり、総武快速線の団体列車がここで折り返すことも多かった。また2010年3月12日までは、旅客以外の定期列車として内房・外房線沿線の新聞販売店や主要駅のキヨスク向けに夕刊を発送する新聞輸送列車が1日1本、3番線ホームから発車していた[新聞 2][新聞 3]。しかし1991年(平成3年)3月15日に特急列車の乗り入れが終了し[9]、使わなくなった4 - 6番線は今現在、保線基地となっている[19]

一方3番線ホームは2008年秋の観光キャンペーン「ぐるっと ゆめ半島ちば」を機に全面リニューアルされた。同年11月29日発の「快速 ぐるっと ゆめ半島1号」より使用を開始し[報道 3]、列車発着時間帯以外はホーム自体をイベントスペースとして貸し出している[20]。また、2017年から毎年夏に、味の素冷凍食品がイベント「ギョーザステーション」を開催している[21]

なお、2018年1月にはサイクルトレインB.B.BASE」専用通路が整備され、道路から直接ホームにアクセスすることが可能となった[報道 5]。また、2020年11月27日 - 11月28日には、成田エクスプレスで使用されるE259系電車を活用したテレワーク空間の実証実験が実施された(事前予約制)[報道 6]

東京都交通局

東京都交通局 両国駅
りょうごく
Ryogoku
(江戸東京博物館前)
E 11 蔵前 (1.2 km)
(1.0 km) 森下 E 13
所在地 東京都墨田区横網一丁目4-29
駅番号 E12[22]
所属事業者 東京都交通局都営地下鉄
所属路線 [22]大江戸線
キロ程 11.7 km(都庁前起点)
電報略号 両(駅名略称)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線[13]
乗降人員
-統計年度-
[都交 1]28,397人/日
-2022年-
開業年月日 2000年平成12年)12月12日[13]
備考 業務委託駅
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島式ホーム1面2線を有する地下駅である[13]。「江戸東京博物館前」の副名称が設定されている[23]

のりば

番線 路線 行先[24]
1 都営大江戸線 飯田橋都庁前方面
2 大門六本木方面

(出典:東京都交通局:構内立体図


注釈

  1. ^ 急行列車に使われる車両は165系急行用電車などの非ATC搭載車だったため、当時保安装置がATCだった総武快速線地下区間(東京方面)に入線することができなかった。
  2. ^ 1982年11月15日ダイヤ改正による急行列車廃止時点では、急行「外房」2往復と急行「内房」2往復[8]
  3. ^ 1962年の都市交通審議会答申第6号では両国付近を通る10号線(後の8号線)が計画されたが、後にルートを大きく変更して現在の東京メトロ有楽町線となり、経由地から外れた。なお、隣駅の浅草橋駅には1960年に都営地下鉄浅草線(当時は都営1号線)が開業し、また駅から1kmほど南側には1978年に都営地下鉄新宿線森下駅が開業している。
  4. ^ この列車は、津田沼駅方面から回送で当駅に乗り入れ、当駅で方向転換して錦糸町駅の留置線へ引き上げて留置される。
  5. ^ 戦後に連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) が接収し、その後は1982年まで日本大学講堂として使用されたが、翌1983年に解体された。
  6. ^ 国道14号(京葉道路)沿いに設置。
  7. ^ 最寄りの路線バス停留所は「両国駅入口」ではなく、都営バス「両国四丁目」となる。羽田空港 ⇔ 錦糸町駅・東京スカイツリータウン線の停留所新設について - 京浜急行バス(2019年3月12日リリース・これに大まかな地図が載っている)
  8. ^ 国道14号(京葉道路)沿いに設置。上記の「両国駅入口」バス停に同居。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i 『鉄道ピクトリアル』通巻828号、p.78。
  2. ^ a b c d e 『鉄道ピクトリアル』通巻828号、p.79。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 『鉄道ピクトリアル』通巻828号、p.80。
  4. ^ 内田宗治『関東大震災と鉄道』新潮社、2012年7月25日。 
  5. ^ a b c d e f g h i j 『鉄道ピクトリアル』通巻828号、p.81。
  6. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻828号、p.82。
  7. ^ a b c d e f g h i j k 『鉄道ピクトリアル』通巻828号、p.83。
  8. ^ 『国鉄監修 交通公社の時刻表1982年9月号』第58巻第9号(通巻679号)、日本交通公社出版、1982年9月1日、124 - 128頁。 
  9. ^ a b c d e f g h 『鉄道ピクトリアル』通巻828号、p.84。
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 26号 総武本線・成田線・鹿島線・東金線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年1月17日、16-19頁。 
  11. ^ a b c d e f 三好好三『総武線 120年の軌跡 東京・千葉を走る列車と駅のあゆみ』JTBパブリッシング、2014年3月1日、122-123頁。ISBN 9784533096310 
  12. ^ a b (監修)「鉄道の日」関東実行委員会『駅の旅物語 関東の駅百選』(初版)人文社、2000年10月14日、14-15,227頁。ISBN 4795912807 
  13. ^ a b c d 平野元哉(東京都交通局建設工務部計画課)「大江戸線の構想から完成まで」『鉄道ピクトリアル』第51巻第7号(通巻第704号)、電気車研究会、2001年7月10日、78 - 86頁、ISSN 0040-4047 
  14. ^ 駅の情報(両国駅):JR東日本”. 東日本旅客鉄道. 2020年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月23日閲覧。
  15. ^ a b 営業施策について説明を受ける!” (PDF). JR東労組千葉地方本部 (2020年6月12日). 2020年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月13日閲覧。
  16. ^ 東京2020大会の開催にあわせて、副名称及び列車接近メロディを使用します”. 東京都交通局 (2021年7月15日). 2021年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月15日閲覧。
  17. ^ 吉川文夫「下を向いて歩こう -路上観察学:鉄道のマーク-」『鉄道ファン』第31巻第8号(通巻364号)、交友社、1991年8月1日、140-141頁、OCLC 61102288 
  18. ^ a b 駅構内図(両国駅)”. 東日本旅客鉄道. 2019年8月3日閲覧。
  19. ^ a b 『鉄道ピクトリアル』通巻828号、p.85。
  20. ^ JR両国駅「幻のホーム」はなぜ生まれた? ターミナルの痕跡、いまはイベント会場に”. 乗りものニュース (2019年3月8日). 2021年10月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年10月31日閲覧。
  21. ^ 駅で「焼き餃子」、ホームで食べると実にウマい JR両国駅「幻の3番線」で今年も開催”. 東洋経済オンライン. 東洋経済新報社 (2019年9月15日). 2019年9月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月26日閲覧。
  22. ^ a b 東京地下鉄 公式サイトから抽出(2019年5月26日閲覧)
  23. ^ 都営交通お客様センター等に寄せられたお客様の声(令和3(2021)年12月分)” (PDF). 東京都交通局 (2022年2月). 2023年1月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月4日閲覧。
  24. ^ 両国 時刻表”. 東京都交通局. 2023年6月4日閲覧。
  25. ^ 大江戸線国立競技場~六本木~上野御徒町~都庁前間の開業について”. 東京都交通局. 2000年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月15日閲覧。
  1. ^ Suicaご利用可能エリアマップ(2001年11月18日当初)” (PDF). 東日本旅客鉄道. 2019年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月23日閲覧。
  2. ^ PASMOは3月18日(日)サービスを開始します ー鉄道23事業者、バス31事業者が導入し、順次拡大してまいりますー』(PDF)(プレスリリース)PASMO協議会/パスモ、2006年12月21日。 オリジナルの2020年5月1日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20200501075147/https://www.tokyu.co.jp/file/061221_1.pdf2020年5月6日閲覧 
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  4. ^ a b 2016年11月25日(金)11:00JR両国駅旧駅舎に「-両国- 江戸 NOREN」が誕生します!』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道千葉支社/ジェイアール東日本都市開発、2016年10月28日。 オリジナルの2019年7月26日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20190726114447/http://www.jrtk.jp/topics/wp-content/uploads/2016/10/87f29e6ca7f73dd8612739959a1467d3-1.pdf2020年4月21日閲覧 
  5. ^ a b c サイクリストの移動基地 B.B.BASE 始動!!! 2018年1月6日出発イベントについて』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道千葉支社、2017年12月22日。 オリジナルの2019年2月9日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20190209232055/https://www.jreast.co.jp/chiba/news/pdf/pre1712_bbbase.pdf2020年4月21日閲覧 
  6. ^ 両国駅3番線にて「N'EX でテレワーク!」を実施します! ~臨時ホームと鉄道車両を活用したシェアオフィス実証実験~』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道千葉支社、2020年11月18日。 オリジナルの2020年11月18日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20201118065844/https://www.jreast.co.jp/chiba/news/pdf/pre2011_nextere.pdf2020年11月18日閲覧 
  1. ^ “両国駅旧駅舎 ビアレストランに変身 JR東日本 900席、都内最大規模”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 3. (1996年8月2日) 
  2. ^ a b c “さらば新聞輸送列車 JR両国-千葉、12日で最後”. 産経新聞. (2010年3月6日). オリジナルの2010年3月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100309103904/http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100306/trd1003060825005-n1.htm 2020年11月26日閲覧。 
  3. ^ a b c “新聞専用列車、3月で幕 経費削減「時代の流れ」”. 共同通信. (2010年2月9日). オリジナルの2010年3月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100323010712/https://www.47news.jp/CN/201002/CN2010020901000115.html 2020年11月26日閲覧。 
  4. ^ 朝日新聞「日本酒 飲むなら東京産でしょ」売り込みの動き盛ん、「酒造」-オフィス街のビルで醸造(東京港醸造)、「小売」-都内10ヵ所の酒がずらり(都内にある酒造10ヵ所の酒を販売する「東京商店」が、JR両国駅舎内の商業施設「-両国-江戸NOREN」に2016年(平成28年)11月にオープンした)、「行政」-「酒どころ多摩」PR、2017年4月14日。
  1. ^ a b c d 令和4年度 運輸統計年報 (PDF) (Report). 東京都交通局. 2023年11月3日時点のオリジナル (pdf)よりアーカイブ。2023年11月3日閲覧
  2. ^ a b 各駅乗降人員一覧|東京都交通局”. 東京都交通局. 2021年11月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月13日閲覧。
  3. ^ a b 各駅乗降人員一覧|東京都交通局”. 東京都交通局. 2022年11月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月13日閲覧。
  1. ^ レポート - 関東交通広告協議会
  2. ^ a b 行政基礎資料集 - 墨田区


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