たたら製鉄 たたら製鉄と環境破壊

たたら製鉄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/24 09:34 UTC 版)

たたら製鉄と環境破壊

たたら製鉄は大量の木炭を燃料として用いる為、近世以前の中国山地ではたたら製鉄の為に樹木が伐採された禿げ山が珍しくなかった。また原料となる砂鉄を採掘・選別するための「鉄穴流し」で丘陵が掘り崩されたり、山間部の渓流などの利用により流出した土砂が下流の農業に大きな影響を与えたりした。この為、鉄山師は操業に先立って流域の農村と環境破壊に対する補償内容を定める契約を交わし、冬のみに実施することとなった[78]。ただし、たたら製鉄の中心地であった奥出雲においては25年から30年のサイクルで木材の計画的な伐採が行われており、必ずしも森林が乱伐されていたわけではない[79]。また鉄穴流しが終わった後の「残丘」では、棚田や段々畑としての利用も含めて植生が回復している。

たたら製鉄を題材とした作品

参照文献

  • 天田昭次、2004年 『鉄と日本刀』 慶友社。
  • 飯田賢一、1980年 「古代日本製鉄技術考」『鉄と鋼』第66年第5号、日本鉄鋼協会。
  • 片山裕之・北村寿宏・高橋一郎、2005年 「江戸時代における奥出雲たたら製鉄の経営の展開」『鉄と鋼』Vol. 91 No. 1、日本鉄鋼協会。
  • 河瀬正利、1997年 『たたら吹製鉄の技術と構造の考古学的研究』 渓水社
  • 北村寿宏・片山裕之・高橋一郎、1997年 「環境調和型製鉄法へのアプローチ―奥出雲の『企業たたら』の歴史に学ぶ鉄鋼業の環境対応技術の方向」『島根大学総合理工学部紀要』シリーズA 第31号、島根大学、1997年10月 。
  • 清永欣吾、1994年 「たたら製鉄とその金属学」『まてりあ』第33巻第12号、日本金属学会。
  • 小塚寿吉、1966年 「日本古来の製鉄法 “たたら” について」『鉄と鋼』第52年第12号、日本鉄鋼協会。
  • 齋藤努・坂本稔・高塚秀治、2012年 「大鍛冶の炉内反応に関する検証と実験的再現」『国立歴史民俗博物館研究報告』第177集、国立歴史民俗博物館、2012年11月。
  • 鈴木卓夫、1990年 『たたら製鉄と日本刀の科学』 雄山閣
  • 鈴木卓夫・永田和宏、1999年a 「たたら製鉄(鉧押し法)の復元と村下安部由蔵の技術」『鉄と鋼』Vol. 85 No. 12、日本鉄鋼協会。
  • 鈴木卓夫・永田和宏、1999年b 「たたら生産物『玉鋼』の性質に及ぼす『籠り砂鉄』使用の影響」『鉄と鋼』Vol. 85 No. 12、日本鉄鋼協会。
  • 鈴木卓夫『たたら製鉄の復元と「日刀保たたら」の操業技術の解明』(論文)、東京工業大学〈博士 (学術) 乙第3543号〉、2001年。
  • 鈴木卓夫、2005年 「鉄仏の製作年代と古伝書『古今鍛冶備考』からみた銑押し法と鉧押し法の成立期の検討」『鉄と鋼』Vol. 91 No. 1、日本鉄鋼協会。
  • 舘充「わが国における製鉄技術の歴史」『鉄と鋼』第91巻第1号、日本鉄鋼協会、2005年、 2-10頁、 doi:10.2355/tetsutohagane1955.91.1_2ISSN 00211575NAID 110001457794
  • 俵国一、1910年 『鐵と鋼―製造法及性質』 丸善
  • 俵国一、1933年 『古來の砂鐵製錬法―たゝら吹製鐵法』 丸善。
  • 俵国一、1953年 『日本刀の科學的研究』 日立評論社。
  • 永田和宏「小型たたら炉による鋼製錬機構」『鉄と鋼』第84巻第10号、日本鉄鋼協会、1998年、 715-720頁、 doi:10.2355/tetsutohagane1955.84.10_715ISSN 00211575
  • 永田和宏・鈴木卓夫、2000年 「たたら製鉄の炉内反応機構と操業技術」『鉄と鋼』Vol. 86 No. 1、日本鉄鋼協会。
  • 永田和宏・羽二生篤・鈴木卓夫、2001年 「たたら製鉄炉地下構造における小舟の役割」『鉄と鋼』Vol. 87 No. 10、日本鉄鋼協会。
  • 永田和宏、2004年 「たたら製鉄の発展形態としての銑鉄製錬炉『角炉』の構造」『鉄と鋼』Vol. 90 No. 4、日本鉄鋼協会。
  • 永田和宏、2005年 「たたらを現代に」『NIPPON STEEL MONTHLY』11月号、新日本製鐵。

関連項目


  1. ^ 古事記」には神武天皇の后として「比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)」の名が記述されている[5]。また、「日本書紀」では「媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)」となっている[6]
  2. ^ 20世紀前半期の冶金学者である俵国一は「古来穏健なる発達を遂げて一種独特の点がある」と評している[8]
  3. ^ 江戸後期に公儀御用人を務めた山田浅右衛門吉睦の著書『古今鍛冶備考』(1819年頃)の記述による。一方、同じ江戸後期に活動した刀工、水心子正秀が著した『剣工秘伝誌』(1821年)では、ケラ押しの発生時期を千種鋼の登場より100年以上前の応永年間(1394 - 1427年)としている。[32]
  4. ^ 明治期以降にはその形から「包丁鉄(ほうちょうてつ)」とも呼ばれる[34]
  5. ^ 金偏に胴。
  6. ^ ただし玉鋼のみ。
  7. ^ a b ただしケラに含まれる分のみ。
  8. ^ ただしケラ塊。
  9. ^ ただし、日本刀のうち慶長年間より前に作られたもの、すなわち「古刀」にまで遡ると、その材料や製法は伝承されておらず、使われた鋼がたたら製鉄によるものなのか否かは判断できない[69]
  1. ^ 鈴木 2005, p. 97.
  2. ^ 俵 1953, p. 64.
  3. ^ a b c d e 清永 1994, p. 1453.
  4. ^ a b エンカルタ総合大百科』2003年版、マイクロソフト、見出し語「たたら」。
  5. ^ 次田真幸訳注 『古事記 全訳注』中巻、講談社〈講談社学術文庫〉、1980年、44頁。
  6. ^ 宇治谷孟訳 『全現代語訳 日本書紀』上巻、講談社〈講談社学術文庫〉、1988年、108頁。
  7. ^ a b 小塚 1966, p. 38.
  8. ^ a b 俵 1910, p. 103.
  9. ^ 俵 1933, 著書名副題.
  10. ^ 永田 1998, p. 27.
  11. ^ たたらの話”. 日立金属. 2016年12月5日閲覧。
  12. ^ 大槻文彦大言海』第3巻、冨山房、1934年、238頁。
  13. ^ 齋藤・坂本・高塚 2012, p. 180.
  14. ^ 飯田 1980, p. 128.
  15. ^ 永田 1998, p. 32.
  16. ^ 久保善博, 佐藤豊, 村川義行, 久保田邦親「たたら製鉄の生産性と製品品質に及ぼす装荷比(砂鉄/木炭)の影響」『鉄と鋼』第91巻第1号、日本鉄鋼協会、2005年、 83頁、 doi:10.2355/tetsutohagane1955.91.1_83ISSN 00211575
  17. ^ 河瀬 1997, p. 219.
  18. ^ a b 舘 2005, p. 7.
  19. ^ 小塚 1966, p. 40.
  20. ^ 小塚 1966, pp. 38–40.
  21. ^ 永田・羽二生・鈴木 2001, p. 46.
  22. ^ 菅野利猛. “世界文化遺産、韮山反射炉の10大ミステリーを解く”. 2020年5月15日閲覧。
  23. ^ 舘 2005, p. 2.
  24. ^ a b c d e f 舘 2005, p. 3.
  25. ^ 鈴木卓夫 『作刀の伝統技法』 理工学社、1994年、2頁。
  26. ^ a b 舘 2005, p. 3-4.
  27. ^ 保存処理の成果 (平成18年度)”. 福岡市埋蔵文化財センター. 2017年9月15日閲覧。
  28. ^ たたらの話”. 日立金属. 2016年11月19日閲覧。
  29. ^ a b 舘 2005, p. 4.
  30. ^ a b c 舘 2005, p. 5.
  31. ^ a b c 清永 1994, p. 1455.
  32. ^ a b 鈴木 2005, pp. 98–99.
  33. ^ a b 永田・鈴木 2000, p. 64.
  34. ^ 天田 2004, p. 45.
  35. ^ a b c 永田 2005, p. 13.
  36. ^ a b 片山・北村・高橋 2005, p. 125.
  37. ^ 鈴木 1990, p. 86.
  38. ^ a b c 舘 2005, p. 9.
  39. ^ 鈴木・永田 1999b, p. 54.
  40. ^ a b 片山・北村・高橋 2005, p. 124.
  41. ^ 鈴木 2001, pp. 82–83.
  42. ^ 俵 1953, p. 45.
  43. ^ 鈴木 1990, p. 23.
  44. ^ a b 片山・北村・高橋 2005, p. 123.
  45. ^ 舘 2005, pp. 6–7.
  46. ^ 永田 2004, p. 38.
  47. ^ 小塚 1966, p. 46.
  48. ^ 鈴木・永田 1999a, p. 43.
  49. ^ 鉄をはぐくむーー出雲國たたら風土記(上)日本刀支える極上「玉鋼」日本古来の伝統・技術を継承『産経新聞』朝刊2017年7月9日
  50. ^ 永田・鈴木 2000, p. 71.
  51. ^ 出雲國たたら風土記~鉄づくり千年が生んだ物語~”. 文化庁「日本遺産」説明資料. 2017年7月15日閲覧。
  52. ^ 日本遺産認定・出雲國たたら風土記”. しまね観光ナビ. 2017年7月15日閲覧。
  53. ^ a b 小塚 1966, p. 37.
  54. ^ 小塚 1966, pp. 40–45.
  55. ^ 鈴木・永田 1999a, p. 46.
  56. ^ 鈴木・永田 1999b, p. 51.
  57. ^ a b 鈴木 2001, p. 158.
  58. ^ 鈴木 2001, pp. 162–164.
  59. ^ 鈴木 2001, pp. 155, 161.
  60. ^ 鈴木 2001, pp. 165–168.
  61. ^ a b 鈴本禎一「たたら製鉄と和鋼記念館(<特集>化学と文化財)」『化学教育』第27巻第1号、日本化学会、1979年、 27頁、 doi:10.20665/kagakukyouiku.27.1_24ISSN 03862151NAID 110001822554
  62. ^ 鈴木 2001, p. 156.
  63. ^ 鉄と生活研究会編 『鉄の本』 2008年2月25日初版1刷発行、ISBN 9784526060120
  64. ^ a b 清永 1994, p. 1456.
  65. ^ a b 小松芳成, 後藤正治, 麻生節夫「たたら製鉄に関する実験的検討 : 創造工房実習より得られた二三の知見」『秋田大学工学資源学部研究報告』第22巻、秋田大学工学資源学部、2001年10月、 54頁、 ISSN 1345-7241
  66. ^ 丸本浩「「たたら製鉄法」の基礎研究と定量実験としての教材化<第2部 教科研究>」『中等教育研究紀要 /広島大学附属福山中・高等学校』第49巻、広島大学附属福山中・高等学校、2009年3月、 259-264頁、 doi:10.15027/32973ISSN 0916-7919NAID 120004161195
  67. ^ 清永 1994, p. 1456–1457.
  68. ^ 永田 1998, p. 31.
  69. ^ 天田 2004, p. 12.
  70. ^ 『刀剣美術』 2017年7月号(726号)、日本美術刀剣保存協会、31–32頁。
  71. ^ 天田 2004, p. 182.
  72. ^ 渡邊玄 「『NPO ものづくり教育たたら』の活動事例」『まてりあ』第54巻第4号、日本金属学会、2015年、152–154頁。
  73. ^ 東田たたらプロジェクト2017”. 北九州イノベーションギャラリー. 2017年12月19日閲覧。
  74. ^ 備中国新見庄「たたら」”. 新見庄たたら学習実行委員会. 2017年12月19日閲覧。
  75. ^ 家畜取引の商いと近江牛 (PDF)”. 滋賀県配合飼料価格安定基金協会. 2017年8月9日閲覧。
  76. ^ 学長ブログ第4回「ブランドを産み出す力」”. 県立広島大学 (2014年2月14日). 2017年8月9日閲覧。
  77. ^ 奥出雲の和鉄 - たたらの歴史 -”. 鉄の道文化圏推進協議会. 2020年10月6日閲覧。
  78. ^ 有岡利幸 『里山Ⅰ』 法政大学出版局、2004年、231–261頁。
  79. ^ 北村・片山・高橋 1997, p. 295.
  80. ^ たたら侍”. 2017年6月6日閲覧。





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