現代の政治哲学・規範的政治理論
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「政治学史」の記事における「現代の政治哲学・規範的政治理論」の解説
1920年代にいわゆるシカゴ学派から始まった政治学の科学化の流れは、1950年代に行動科学政治学において一つの頂点に達した。このように科学的・実証的な政治学が脚光を浴びる一方で、規範的な理論或いは伝統的な政治哲学に対する関心は失われていった。政治学界においては「政治哲学の死滅」が語られ、政治哲学は過去のものという議論すら展開されていた。そのような状況から人々が再び政治哲学に注目したのは1970年代のことであり、その嚆矢となったのはロールズの『正義論』と言われてきた。しかし、それ以前にもロールズ以降の理論的展開に劣らぬ重要性をもった理論の提起が行われている。むしろ政治哲学に対する関心の復活は、1940年代以降に展開された政治哲学の復権に向けた様々な研究者の活動の帰結と言えるかもしれない。 特に現代政治学の発展に大きな影響力を与えてきたアメリカ政治学における政治哲学の復権は、ナチス政権下のドイツから亡命したユダヤ人研究者によって開始されたといえる。アーレントの全体主義に関する考察は、その代表例である。アーレントの議論は亡命ユダヤ人としての立場から、全体主義の思想的原因を西洋の政治哲学の伝統の中に探るものであった。このような論点に立脚したアーレントの研究は、プラトンからカント及びマルクスまでに及んだ。その一つの成果が『全体主義の起源』(The Origins of Totalitarianism, 1951)である。また彼女の政治哲学の一つの到達点であり最も重要な著作として、『人間の条件』(The Human Condition, 1958)が挙げられる。もう一つの代表例がシュトラウスである。シュトラウスは行動科学政治学などの科学的アプローチにおける「事実と価値の峻別」を問題にした、科学的な政治学に対する最も鋭い批判者であった。シュトラウスにとって事実と価値は分かちがたく結びついたものであり、従って政治学と倫理学は不可分である。彼はこのような観点から、政治学と倫理学の接点である政治哲学の復権を説いたのであった。そこで政治哲学者としてのシュトラウスは、政治学と倫理学が密接な関わりを持っている古典的テキストの読み直し・再解釈を行った。彼が特に注目したのは、古典古代とりわけ古代ギリシアの政治哲学である。古代の政治哲学の立場に立って近代の政治哲学と対置させ、古代の政治的合理主義を再発見したのがシュトラウスである。 保守主義は自由主義・社会主義と並んで西洋、とりわけ英米の政治哲学における主要な潮流である。この保守主義の思想を新たな視点から再構築したのが、オークショットであった。オークショットは懐疑主義の立場から、合理主義すなわち人間理性により完全性を備えた世界・社会を構築できるという思想を批判した。その上でオークショットは人間の蓄積した経験と伝統に依存すべきことを説いた。このようなオークショットの立場は、比較的初期の論文『政治における合理主義』(Rationalism in Politics, 1947)によく現れている。このような観点に依拠しつつ、人間の行為についての検討を通じて伝統を重視する中での個人の自由の担保、或いは自由と秩序の両立を論ずるのが主著の一つである『市民状態とは何か』(On Human Conduct, 1975)である。 1960年代から1970年代にかけて、規範的な政治理論もしくは政治哲学は再び脚光を浴びることとなった。その背景には、社会不安やこれまでの実証的な政治理論が社会に対する有意性をもたないと批判されたことがある。再び「政治の本来の在り方」や「善い政治、或いは正義を実現する政治」、「理想の政治の在り方」という規範を巡る議論が活発となったわけである。こうした状況の中で登場したのがロールズとその著書『正義論』(A Theory of Justice, 1971)であり、ロールズの理論は大変なインパクトを与えた。 ロールズの理論は、ホッブズ以来の社会契約論を再構成したものであった。一方でロールズはこれまでの功利主義のパラダイム、すなわち社会の構成員各自の満足の総計を最大化するよう制度を定めることが理想の政治であるという考えを否定することを狙いとした。彼によると功利主義は個人の満足を巡る選択原理をそのまま社会の選択原理に拡張したものであり、そこでは個人間の能力などの差異や分配は問題にされていない。従って、功利主義は社会の選択原理としては適切さを欠くこととなる。そこでロールズが功利主義に代わるものとして提示するのが、「公正としての正義」である。ロールズは「公正としての正義」に適う正義の二原理を社会が採用する過程を、社会契約論によって説明した。自由主義に立脚するロールズは自由と平等の緊張関係を認識した上で、不平等の存在を前提としつつも自由と平等の調和を考えた。彼は均等な機会のもと自由競争を行い、その結果を国家の再分配により調整し不平等を是正する社会をここで描出している。ところで、ロールズのいわゆる格差原理は厚生経済学の社会厚生の定義に大きな影響を与えた。最も効用の低い水準にある者の効用を大きくすることが社会の厚生の極大化につながるという定義であり、これをロールズ基準と言う。 ロールズの理論は現代の自由主義に多大な影響を与えた。一方でロールズの自由主義は実は自由主義の伝統から逸脱するものではないかとする批判も現れた。その代表格がノージックである。彼の著書『アナーキー・国家・ユートピア』(Anarchy, State, and Utopia, 1974)は『正義論』への反論の書として書かれた。ノージックによれば、ロールズの理論の実現を図ると国家に必要以上の機能を与えることになる。そのような国家は、個人の自由や権利を侵害しかねないとするのがノージックの主張である。そこで彼はロックの社会契約論を援用しつつ、ロールズと同様に社会契約論を再構成した。まずはじめに自然状態を想定し、国家が本来どのような理由で存在を認められるかを考察した。国家の存在を否定すれば、すなわちアナーキー状態では自然状態における個々人の権利を守ることは出来ない。このように国家は個々人の権利を擁護するためにその存在を認められているのであり、それ以上の機能を行使すべきではない、もしすれば個人に対する権利の侵害につながりかねないとするのがノージックの理論である。このノージックの自由主義も現代自由主義の理論に大きな影響を与えた。しかし、これらの思想はリバタリアニズムと呼ばれ区別されることもある。 ロールズやノージックのような広い意味での自由主義の思想に対抗するのが、コミュニタリアニズム(共同体主義)である。これは自由主義が基本的に個人主義に立脚しているのに対し異を唱えるものである。自由主義においては程度の差はあっても善は個人の問題である。対してコミュニタリアニズムは共通善を強調し、人間は共同体において人格形成を行う中で共通の善を学ぶとする。代表的な論者としてはテイラー、ウォルツァーが挙げられる。
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