松旭斎 天勝とは? わかりやすく解説

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しょうきょくさい‐てんかつ【松旭斎天勝】

読み方:しょうきょくさいてんかつ

[1886~1944]女性奇術師。東京生まれ。本名、中井かつ。初世松旭斎天一の弟子となり、欧米を巡業。天一の死後、一座を結成し、近代奇術の代表者として活躍。


松旭斎 天勝 (しょうきょくさい てんかつ)

1886〜1944 (明治19年〜昭和19年)
【女性マジシャン】 持ち前の美貌と大掛かりな演出で、マジックの女王に。セクシーな水芸に観客が詰めかけた。
明治末〜昭和前期の女性マジシャン。東京都神田出身。本名金沢カツ。父の破産により11歳で松旭斎天一に弟子入り、日本や中国・欧米の巡業に伴われた。天性の素質と日本人離れした容姿によって17歳で一座の花形となり、師の没後も一座を率いて内外で人気を博した。脚を大きく出したセクシーな衣裳、アメリカ仕込みのテンポあるゴージャスな演出で水芸を中心に観客を魅了した。1935年(昭和10年)に引退。二代目は姪が継いだ。

 年(和暦)
●1889年 (明治22年) ■大日本帝国憲法発布 3才
●1894年 (明治27年) ■日清戦争 8才
●1903年 (明治36年) ■江戸開府300年 17才
●1904年 (明治37年) ■日露戦争 18才
●1907年 (明治40年) ■足尾銅山で暴動 21才
●1910年 (明治43年) ■韓国併合 24才
●1918年 (大正7年) ■米騒動 32才
●1923年 (大正12年) ■関東大震災 37才
●1928年 (昭和3年) ■初の普通選挙実施 42才
●1932年 (昭和7年) ■五・一五事件 46才
●1936年 (昭和11年) ■二・二六事件 50才
●1941年 (昭和16年) ■対英米宣戦布告 55才


・市川 左団次二世 1880年〜1940年 (明治13年〜昭和15年) +6
・石井 柏亭 1882年〜1958年 (明治15年〜昭和33年) +4
・福原 信三 1883年〜1948年 (明治16年〜昭和23年) +3
・高村 光太郎 1883年〜1956年 (明治16年〜昭和31年) +3
・鳩山 一郎 1883年〜1959年 (明治16年〜昭和34年) +3
・石橋 湛山 1884年〜1973年 (明治17年〜昭和48年) +2
・東条 英機 1884年〜1948年 (明治17年〜昭和23年) +2
・安田 靫彦 1884年〜1978年 (明治17年〜昭和53年) +2
・三浦 環 1884年〜1946年 (明治17年〜昭和21年) +2
・武者小路 実篤 1885年〜1976年 (明治18年〜昭和51年) +1
・平塚 らいてう 1886年〜1971年 (明治19年〜昭和46年) 0
・山田 耕筰 1886年〜1965年 (明治19年〜昭和40年) 0
・谷崎 潤一郎 1886年〜1965年 (明治19年〜昭和40年) 0
・柳 宗悦 1889年〜1961年 (明治22年〜昭和36年) -3
・古今亭 志ん生 1890年〜1973年 (明治23年〜昭和48年) -4
・山川 菊栄 1890年〜1980年 (明治23年〜昭和55年) -4
・近衛 文麿 1891年〜1945年 (明治24年〜昭和20年) -5
・岸田 劉生 1891年〜1929年 (明治24年〜昭和4年) -5
・河合 栄治郎 1891年〜1944年 (明治24年〜昭和19年) -5
・芥川 龍之介 1892年〜1927年 (明治25年〜昭和2年) -6
・西条 八十 1892年〜1970年 (明治25年〜昭和45年) -6

松旭斎天勝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/25 03:43 UTC 版)

初代 松旭斎 (しょうきょくさい) 天勝 (てんかつ)

奇術師・松旭斎天勝
本名 中井(野呂、金沢)かつ
生年月日 1886年5月21日
没年月日 (1944-11-11) 1944年11月11日(58歳没)
出身地 日本・東京府神田区(現・東京都千代田区)
死没地 日本・東京都目黒区
師匠 松旭斎天一
弟子 松旭斎天花#2代目
配偶者 野呂辰之助(1915-1927)、金沢一郎(1943-1944)
天勝と助手

初代松旭斎 天勝(しょうきょくさい てんかつ、本名:金沢 カツ(旧姓:中井、野呂)、1886年(明治19年)5月21日 - 1944年(昭和19年)11月11日)は、明治後半から昭和初期まで興行界で活動した奇術師。東京、神田生まれ。

人物

松旭斎天一一座のポスター(明治41年公演分)左が天勝

神田松富町(現・外神田四丁目)の質屋の中井栄次郎の長女として生まれるが、1895年(明治28年)に家業が失敗し、門前仲町の天ぷら屋に奉公人として勤める。店主が当時の一流奇術師・松旭斎天一(しょうきょくさい てんいち)だったことが縁で、器用さを見込まれ弟子として採用された[1](後に天一に妾になるよう迫られ、自殺を図るも一命は取り留める)[注釈 1]。

それからは「奇術を積極的に自分の物にする」と決心し、妾を宿命とし、受け入れた。弟子70人を数える「天一一座」でスターとして頭角を表すと「天勝」と名乗って舞台へ出演した。

日本人離れした大柄な体格とキュートな美貌で人気を博し、数度に渡るアメリカ興行も成功。

帰国後の公演では「スパンコールの衣裳に付け睫毛」という日本初の欧米風なマジックショーを披露し、モダンさと目新しさに大衆は熱狂した。

1911年(明治44年)、27歳で独立。座員100名を越す「天勝一座」を名乗り、座長に就任。一座のマネジャーを務めた野呂辰之助と結婚した(が、奇術師の立場が強くなかった当時、一座と天勝の名を守るために野呂が考慮した便宜上の入籍だといわれている)。

「奇術といえば天勝」という代名詞にもなった程の知名度を誇り、キャラクター商品なども大ヒット(当時の得意芸は水芸だった)。人気と知名度にあやかった「ニセ物」の天勝一座も複数現れていたという。

50歳で引退すると決めていた天勝は、人気絶頂の1935年(昭和10年)より引退興行で全国を廻り、1937年(昭和12年)に姪の正天勝(中井絹子)に二代目天勝の名を譲ると、引退後は有楽町の旅館水明館と、目黒権之助坂のアパート水明荘を経営していた。1940年(昭和15年)にスペイン語の学者で東京外国語大学教授であった金澤一郎と出逢い、1943年(昭和18年)結婚したが、1944年(昭和19年)春頃より体調を崩し[注釈 2]、11月11日、住まいであった目黒権之助坂中腹の水明荘に於いて病没。墓所は台東区西徳寺。夫の菩提寺である萬福寺 (大田区)にも分骨され墓が設けられている[4][2]。

弟子に2代目松旭斎天花がいる。女流イリュージョニストである二代目・引田天功(プリンセス・テンコー)の師にあたる初代引田天功は天勝の弟弟子である松旭斎天洋の門下であり、遡れば彼女もまた「松旭斎一門」である。ほか、一時は女優の桜むつ子も「松旭斎文子」の名で師事していた。

既出のように美貌の持ち主であり、当時の男性を虜にしたと言わしめるほどであった。様々な逸話も作られ、「前歯にダイヤモンドの差し歯をしていた」「人魚の肉を食べていた」という突飛なエピソードが作られたほどである。[5]

映画

参考文献

  • 日本奇術協会監修『七十年の歩み:社団法人日本奇術協会創立七十周年記念誌』日本奇術協会、2006年。
  • 池田みち子「松旭斎天勝」『図説人物日本の女性史』 11巻、小学館、1980年6月、109-124頁。 
  • 津村節子 著「松旭斎天勝」、創美社 編『近代日本の女性史 第5巻 (芸道の花開くとき)』集英社、1981年2月、127-168頁。 

関連項目

脚注

注釈

  1. ↑ 別伝では、生年は1884年、父栄次郎が質屋を廃業し、米屋で失敗した後、深川御船蔵前(現在の江東区新大橋二丁目)での酒屋経営で失敗したので、前借金をもらって娘を天一一座に預けた(栄次郎は看板を見て天ぷら屋と勘違いしていた)。かつ子(天勝)は天一のお気に入りとなり、嫉妬した妾杉江と女大夫達のいじめに耐えるが、ある日耐え切れず入水自殺未遂を起こし、のちに情婦となった、あるいはそれ以前から妾扱いだった、とある[2][3] 。
  2. ↑ 食道癌と判明[1]。

出典

  1. 1 2 “【芸能資料定期便】「魔術の女王」松旭斎天勝の人生 美術展ナビ×国立劇場コラボ連載第13回”. 美術展ナビ (2024年12月31日). 2025年12月15日閲覧。
  2. 1 2 池田 1980.
  3. ↑ 津村 1981.
  4. ↑ 丸川賀世子『松旭斎天一・天二・天勝 奇術師誕生』新潮社、1984年6月、212-213頁。
  5. ↑ カズ・カタヤマ『図解 マジックパフォーマンス入門』株式会社東京堂出版、2006年、83ページ、ISBN 4-490-20588-0

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