弁護人の主張による判断
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弁護人は、第一相研は1967年(昭和42年)3月以来、会員相互の扶助を目的とする団体としての実体を備えていたものであって、いわゆる権利能力のない社団であり、前記各会の事業は権利能力のない社団としての第一相研がこれを行なったものであるから、事業による入会金も権利能力のない社団としての第一相研に帰属したものであり、従って、健一個人の所得ではない旨主張する。 よって、検討するに、権利能力なき社団といいうるためには、団体としての組織を備え、多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要する(最判昭和39年10月15日・民集18巻8号1,671頁以下)ところ、前掲各証拠によれば、本件犯行時における第一相研の実情は次のとおりであったと認められる。 (一) 第一相研においては、社員資格の得喪、機関の構成、資産の管理等社団に関する重要な事項を定めた定款は制定されていなかった。この点について、弁護人は、1970年(昭和45年)12月上旬に作成された「第一相互経済研究所主旨」と冒頭に記載された書面、同月中旬に作成された「中小企業相互経済協力会御入会のおすゝめ」と題する会員勧誘用パンフレット、あるいは、1971年(昭和46年)1月上旬に作成、印刷された「天下一家の会」と題する冊子中「天下一家の会組織活動・第一相互経済研究所主旨」と冒頭に記載された書面に各記載されている主旨・綱領が実質的には定款といえる旨主張するが、主旨・綱領は、1970年(昭和45年)12月第一相研に入所した真崎武彦において、第一相研の内部の実情を直接見聞するに及び、その実態は健一の説明とは余りにも隔りのあるもので、各会の会員代表が第一相研の運営、財産運用の基本的決定等に全く関与していないばかりか、その関与の機会すら与えられておらず、健一個人の事業そのもので、到底社団の形態を持ったものとはいえず、会員は専ら利殖目的のみで各会に加入しているに過ぎず、会員に健一の説明するところの「救け合いの精神」が全く普及していないことなどその実情を認識するに至り、将来第一相研を社団化し、第一相研は合議体によって運営されるべきものであると考え、今後の実践目標として、真崎が同月「天下一家の会小論」と題する書面を起案したものであるが、同書面中の第一相互経済研究所主旨・綱領が、健一から将来の目標としての主旨・綱領とする趣旨で採用され、その結果、印刷、頒布されたものに過ぎないのであり、しかも主旨・綱領は極めて抽象的であり、構成員の資格得喪に関する明確な定め、総会の構成・運営、理事、監事、その権限等社団の機関についての定め並びに社団の資産管理等に関する定めがないことなど、以上主旨・綱領の作成経緯および立言形式に徴すると、主旨・綱領は定款の実質を備えたものとは到底いえない。 (二) 第一相研には、社団の構成員としてのいわゆる社員なるものは存在せず、従って、第一相研の意思が、多数決原理により決定されたことは一度もなく、また、業務執行機関も存在していなかった。この点について、次長(1970年(昭和45年)7月から同年11月までの間)、常務(「中小企業相互経済協力会」発足以降)あるいは理事(「畜産経済研究会」発足以降)の肩書を付された者がいたが、これらは単なる名目的な肩書で、業務執行について何らの決定権も有せず、単に被告人の業務執行の補助者ないし事務分担の責任者に過ぎないものであった。 (三) 前記各会の仕組は全て健一が独自に考案し(もっとも「第一相互経済協力会」以降の各会の仕組を考案するに際し、一部有力会員からの要望や意見を参考にしているものの、入会金の金額・満期の受領金額等の基本的要素は勿論、孫取り金制度、保険ないし見舞金制度の導入、各会の実施時期については、全て、健一の一存で決定されている)、各会の初代親会員(トップ会員)の人選、第一相研の職員の採用・解雇等は全て健一の一存で決定されていた。 (四) 第一相研に送金されてきた入会金の出納管理についても、健一自ら、あるいは親戚関係にある者を経理責任者としてその任務にあたらせたうえ、毎日健一に収支結果を報告させて健一が管理し、普通預金の預金先、限度額を健一が決定したうえ経理担当者に指示して預け入れさせ、経常支出外の払い出しについては健一の事前許可を必要とし、定期預金・定額郵便貯金・割引債の設定、管理、処分等については健一の一存で行なわれ、不動産や多額の支出を伴なう動産等の購入、処分については全て最終的に健一の意思によって決定しており、また、健一は給与の支給を受けておらず、健一とその家族の生計費および健一個人の借金の返済資金等を入会金から支出し、保養所購入資金や出張旅費等に多額の支出残高が生じた場合でも、これは経理担当者に返還して清算することなく、妻に渡して自宅の箪笥に保管し、生活費に充てたり、また、健一個人の知人、友人に入会金から金員を貸付けたりなどして、第一相研の事業による収入金は健一個人の財産と同一視していた。 (五) 第一相研の幹部職員らの認識していた第一相研は、健一が第一相研の名称で各会を主宰、運営し、入会金を徴収する健一個人経営の営利事業であり、幹部職員らは健一個人の使用人に過ぎないと認識していた。 (六) 各会のいわゆる会員は、利殖のため、入会金名目で一定額の手数料を第一相研に支払うと共に、後輩会員を入会させることにより、爾後(じご その後)、一定額の金員を確実に送金してもらえるような各会の仕組みを利用するに過ぎず、会員が第一相研の意思決定あるいは業務執行に関与できる機会は全くないことはもとより、会員に対し第一相研の収支報告、事業報告等がなされたことはなく、また会員自身にも第一相研の構成員として第一相研の事業を運営するというような認識はなかった。もっとも、「第一相互経済協力会」・「交通安全マイハウス友の会」・「中小企業相互経済協力会」の各会員は、入会後一年間に限り、第一相研の保養所等の無料宿泊、飲食等の特典が付与されるが、それは一定の期間に限って一定の施設、サービスを利用できるにとどまり、それ以上の権限あるいは第一相研の構成員たる資格を付与されるものではない。 以上の各事実が認められ、認定事実によれば、第一相研は、本件各犯行時において、権利能力なき社団としての実体を備えていたとはいえず、健一個人の事業であったことが明白である。 ところで、押収してある不動産売買契約書によれば、ビル購入に際し、同ビルの買主名義が「第一相互経済研究所親しき友の会代表 内村健一」と記載されているが、前記認定の事実に照らすと、このことをもって、直ちに第一相研が権利能力なき社団であったとか、あるいは、健一が第一相研を権利能力なき社団と認識し、且つ、入会金、本部ビル、保養所等を健一個人の財産ではなく、権利能力なき社団としての第一相研の財産であると認識していたと肯認することは到底できない。そもそも、被告人が事業における取引について、第一相研あるいは天下一家の会の名称を用いたのは、健一自身の日常生活上の財産と事業財産とを便宜上区別するためであったと思料(しりょう あれこれ考えること)され、前記ビル購入の際、買主名義に前記の如く「第一相互経済研究所親しき友の会代表」と記載されているのも、同様の趣旨からであると認めるのが相当である。
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