弁護人抜き裁判法案とは? わかりやすく解説

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弁護人抜き裁判法案

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/05 02:57 UTC 版)

弁護人抜き裁判法案(べんごにんぬきさいばんほうあん)とは、刑事訴訟の必要的弁護事件で弁護人抜きでも裁判を進めることができるようにすることを意図した過去の刑事訴訟法改正案。正式名称は刑事事件の公判の開廷についての暫定的特例を定める法律案。通称は他にも「過激派裁判正常化法」がある[1]

内容

弁護人がいなくても開廷することができる要件および開廷することができる期間に関する規定を設けようとする法案であった[2]

要件としては以下の要件を満たし、かつ裁判所が審理の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときに限ることとしていた。

  • 被告人が訴訟を遅延させる目的で私選弁護人を解任し、または辞任するに至らせたとき
  • 私選弁護人が訴訟を遅延させる目的で辞任したとき
  • 私選弁護人が、正当な理由なく公判期日に出頭しないとき、または裁判長の許可を受けないで退廷したとき
  • 私選弁護人が裁判長から法廷における秩序を維持するため命じられて退廷したときのいずれかの場合であって、当該辞任、不出頭、退廷または退廷命令の理由となった行為が被告人の意思に反すると認められないとき

また弁護人がなくても開廷することのできる期間について弁護人の不出頭または退廷の場合には当該公判期日に限るものとし、弁護人の解任または辞任によって被告人に弁護人が付せられていない状態となった場合には新たに弁護人が選任されるまでの間とすることとしていた。

経過

背景

1970年代には、連合赤軍事件連続企業爆破事件などの新左翼過激派活動の活発化に伴い、この種の事件に関する刑事裁判の件数も増大していた[3]

当時の過激派による事件は、自己の政治的主張のために火炎瓶を投擲したり、棍棒を振り回したりするなど、一般国民からは理解を得られない性質のものであったため、これに対して裁判所は厳しい態度で臨み、一方的な公判期日指定や強引な訴訟進行などの強権的訴訟指揮を行った。これにより弁護側にも反発が生まれ、双方の対立は次第に先鋭化していった[1]

弁護側の抵抗の手段として取られたのが必要的弁護事件の制度を利用した裁判拒否闘争であった。法定刑が死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役もしくは禁錮に当たる事件は、刑事訴訟法289条により弁護人が不在のままでは開廷できない(いわゆる必要的弁護事件)。そこで、弁護人が欠席したり、被告人が解任を繰り返すことで弁護人が法廷に出席しない状態を作り出したのである。これにより裁判がしばし空転し、長期裁判の様相を呈した。

これに対処するため、法務省は、必要的弁護事件であっても意図的な引き伸ばしなどの場合には弁護人が不在のまま審理を進めることができるとする刑事訴訟法改正案(弁護人抜き裁判法案)を作成して法制審議会に諮問し、1978年国会に提出した。

反対運動、協議と廃案

日本弁護士連合会は、弁護人なしでの裁判を認めることは、憲法が保障する弁護人依頼権を侵害するとして強く反対するとともに、国会の付帯決議に基づき、法曹三者による協議を通じた解決を求めた[4][5]

各地の弁護士会を通した国会議員の説得などの全国的な反対運動が展開され、「過激派裁判正常化法」の問題点については理解が得られたものの、裁判拒否闘争のような不適切な弁護活動を行う弁護人の態度はやはり問題であるとの指摘も根強く、弁護士自治の根幹が揺らぐことも懸念された。そこで、日弁連は「正すべきものは正す」との方針を固めた[6]

最終的には日弁連・法務省・裁判所の三者の協議が合意に至り、裁判所・法務省が異常な訴訟進行を試みないとする一方で、日弁連は刑事訴訟法289条の悪用を防ぐ倫理規定や懲戒制度などを定めて改善を図ることで合意が成立したため[7]、本法案は廃案となった[8][注釈 1]

脚注

注釈

  1. ^ 日弁連はこれを受けて「刑事法廷における弁護活動に関する倫理規程」(昭和五十四年五月二十六日会規第二十二号)を制定し、弁護人が「正当の理由のない不出頭、退廷および辞任等不当な活動」をすることを禁止するなどの対策を講じた。

出典

  1. ^ a b 渡辺脩 2018, p. 5
  2. ^ 衆議院法務委員会1978年4月25日における法務大臣の趣旨説明
  3. ^ “松本被告公判 弁護団出廷拒否、審理空転に困惑・不快感 裁判長あきらめ顔”. 読売新聞. (1997年3月14日) 
  4. ^ いわゆる「弁護人抜き裁判」特例法案が衆議院本会議において趣旨説明されたことに対する談話”. 日弁連ウェブサイト (1978年4月18日). 2021年8月2日閲覧。
  5. ^ 臨時総会・「弁護人抜き裁判」特例法案に関する決議”. 日弁連ウェブサイト (1978年5月8日). 2021年8月2日閲覧。
  6. ^ 渡辺脩 2018, p. 6-7
  7. ^ いわゆる「弁護人抜き裁判」特例法に関する三者協議成立についての談話”. 日弁連ウェブサイト (1979年3月30日). 2021年8月2日閲覧。
  8. ^ いわゆる「弁護人抜き裁判」特例法案の廃案と日弁連会則等制定についての声明”. 日弁連ウェブサイト (1979年6月23日). 2021年8月2日閲覧。

参考文献

  • 渡辺脩「ひと筆 いくさの時代を回顧して」『自由と正義』第69巻第2号、2018年2月、 NAID 40021461556

関連項目


弁護人抜き裁判法案

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/20 04:57 UTC 版)

鈴木信雄」の記事における「弁護人抜き裁判法案」の解説

1970年代には、頻発する新左翼関係の事件とその弁護戦術による裁判遅延問題化し、これに対応するため、一部事件について弁護人抜きで裁判を可能とする「弁護人抜き裁判法案」についての議論起こった。しかし、この法案について鈴木は、「百年もとに戻って徳川時代奉行裁判」への退行であり、「こんなばかな法律通したら、世界じゅうの物笑い」であると激しく反発した。そして鈴木は、自民党のみならず公明党共産党とも協力して法案否決させるよう訴えている。

※この「弁護人抜き裁判法案」の解説は、「鈴木信雄」の解説の一部です。
「弁護人抜き裁判法案」を含む「鈴木信雄」の記事については、「鈴木信雄」の概要を参照ください。

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