ロシアの北方領土の意義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 05:12 UTC 版)
「北方領土問題」の記事における「ロシアの北方領土の意義」の解説
ロシア側が北方領土を固有の領土とし、領土問題を否定する理由については、以下の要因があげられる。 日本政府ならびに外務省は、ロシア連邦国内の一般国民レベルでは、北方領土問題の存在自体があまり知られておらず、これを踏まえてロシア政府ならびに識者が、ロシアの北方四島領有は国民によって支持されていると主張している、と述べている。だが、実際にはロシア国内の学校では、ロシアの北方四島領有は第二次世界大戦の結果承認された正当な物であり、北方四島は戦勝国であるソ連が獲得した正当なロシア固有の領土であると教えている。このため、ロシア国内にて、北方領土問題は日本政府の一方的な主張に過ぎず、正当性の無い物である、という認識が一般化している。 またオホーツク海には潜水艦発射弾道ミサイル搭載型潜水艦(SSBN)が配備されており、ロシアの核抑止力維持のため戦略的に重要な位置づけにある。地政学的または軍事的見解に因れば、宗谷海峡(ラペルーズ海峡)、根室海峡(クナシルスキー海峡)をふくめ、ロシアは旧ソ連時代にオホーツク海への出入り口をすべて監視下に置いており、事実上そこからアメリカ軍を締め出すことに成功しているが、国後・択捉両島を返還してしまえば、国後・択捉間の国後水道(エカチェリーナ海峡)の統括権を失い、オホーツク海にアメリカ海軍を自由に出入りさせられるようになってしまう。国後水道は、ロシア海軍が冬季に安全に太平洋に出る上での極めて重要なルートでもあり、これが米国(の同盟国である日本)の影響下に入ることは安全保障上の大きな損失となる。ロシア連邦運輸省のエゴーロフは連邦最高総局のレポートのなかで、南クリル諸島の海域が凍結しない海峡として太平洋への自由航行のために重要であると報告している。 北方領土には、石油に換算しておよそ3億6千万トンと推定される石油や天然ガス、世界の年間産出量の半分近い量の生産が見込まれるレニウムなど手付かずの豊富な地下資源が眠っており、水産資源においても世界3大漁場の内の1つに上げられるほど豊富である。ロシアの天然資源・環境省によると、これら北方領土周辺の資源価値は2兆5000億ドルに上ると推計されており、これらの資源を巡る問題もまた北方領土の日本への返還を困難なものとしている。 サンフランシスコ講和条約に対しても、ロシア側の主張は日本側のものとはかなり食い違っている。当時のソ連側から見れば、大戦当時ソ連・アメリカ・イギリス・中華民国は連合国であり、日本・ドイツ・イタリアの枢軸国とは敵対していた。枢軸国のイタリアやドイツが降伏した後、ソ連は連合国の求めに応じて対日参戦した。ヤルタ会談で千島・南樺太の割譲は米英ソの三者で合意されているし、ソ連も参加しているポツダム宣言を日本は無条件で受け入れ、1945年9月2日に降伏文書にも調印した。日本が降伏文書に調印する9月2日までは日本とソ連の間でまだ戦争は続いていたというのがロシアの立場であり、降伏文書調印以前の占領は合法であるという立場である。日露の間は平和条約の締結こそしていないがロシアは占領地区を既に自国へ編入している。さらに、サンフランシスコ条約で日本はクリル列島を放棄しており、クリル列島には、択捉島・国後島が含まれているのはもちろんのこと、色丹島・歯舞群島のいわゆる小クリル列島もまた含まれるとしている。その上で、第二次大戦の処理方針として大西洋憲章やカイロ宣言ならびにポツダム宣言で領土不拡大の原則が定められているが、第二次世界大戦当時日本が連合国でないことから日本にこれらの原則は適用されないとし、かつ敗戦国であることから日本の北方四島の領有は根拠がないばかりか不法行為で、日本の敗戦と同時に北方四島は放棄されている、としている。これらを踏まえて、日露間の領土問題は架空の存在で事実無根であるとしている。 ロシアはかねてから、日露平和条約締結により、北方二島「譲渡」に応じる、としている。が、日露平和条約締結には、日米安全保障条約の破棄ならびに米軍を始めとする全外国軍隊の日本からの撤退が第一条件となっており、二島「譲渡」は平和条約締結後、順を追って行うとしている。これは暗黙の了解ではなく、ソ連時代に度々公言されていたことである。そして日米安保問題に抵触していることから、アメリカが日露間に領土問題は存在する、として返還を要求するようになっている。これについては近年、ロシア国内にて「日本に南クリルが譲渡されれば、米軍基地が設置される」と懸念する意見が上がっている。このため、ロシアは米軍に対して、返還後の北方四島への米軍基地設置をしない事を要求しており、米軍も基地設置をしない事を明らかにしている。 以前の日本側には「ロシアは経済的に困窮している。よってそのうちロシア側が経済的困窮に耐えられず日本側に譲歩し、北方領土を引き渡すであろう」という目論見があり、鈴木宗男失脚以後の日本の外務省の基本戦略は、北方諸島への援助を打ち切って困窮させるという、返還の世論を引き出そうとする「北風政策」であるが、問題は経済的に困窮しているかどうかといったレベルの事項ではない。事実、プーチン大統領就任以降驚異的な経済的発展を遂げたロシアは、2015年を目標年次とする「クリル開発計画」を策定し、国後、択捉、色丹島に大規模なインフラ整備を行う方針を打ち出した。結果、二島にあたる色丹島・歯舞群島はかつては無人島になっていたが、近年になって移住者及び定住者の存在が確認されており、ロシア側の主張する二島「譲渡」論も困難な状況となっていった。 近年では、ロシア政府は、「北方領土」という領土問題自体が存在しない、といういわゆる領土問題非存在論にシフトしつつあり、2010年11月には二島「譲渡」論ならびにその根拠となっている日ソ共同宣言を疑問視する見解が外相から出されている。2018年には、ロシア国内世論に於いて「南クリル(北方領土)はロシアの領土である」という意見が多数を占めるようになっている。このため、「南クリルの帰属を巡り日本に交渉の必要性が無い事を理解させるべきだ」「既に解決済みなので四島一括返還はおろか二島譲渡にも応じてはならない」と、島の引き渡しを完全に否定する意見がロシア国内にて支配的になっており、択捉・国後両島のロシア人住民による抗議活動が頻繁に起こっている。ロシア社会において日本に対する認知度は高まってきているものの、いずれも文化的なものや経済的なものに限られており、その認識にしてもそれほど深いものではない。また、「文化交流と領土問題解決は別問題」として、日本が領土問題ならびにロシア政府に対して大きな誤解をしている、という認識が広まっている。サハリン州では、当然日本に対する関心が深いが、現状の国境を承認することを前提として交流を深めようとするものである。
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