ヘスによる単独飛行とは? わかりやすく解説

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ヘスによる単独飛行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/23 20:24 UTC 版)

秘儀及び所謂疑似科学に対する行動」の記事における「ヘスによる単独飛行」の解説

1940年の夏、ヒトラーイギリスに対してかなり中途半端な和平案を試みイギリス世論内閣ヒトラー申し出拒否した。この時期に、国民から比較人気のあったヘスは「平和使節団」の構想練り師匠カール・ハウスホーファー息子のアルブレヒト・ハウスホーファーと話し合いながら「両ゲルマン民族流血食い止める」というイギリスへ単身飛行計画練ったといわれている。 ヘス1941年1月仲間のエルンスト・シュルテ・ストラトハウスに個人的なホロスコープ書いてもらい、この占いでは、1941年5月10日ヘスにとって「平和のための旅の有望な日」になると予言されていた。この日は「牡牛座満月6つ惑星」が一致したと言われている。 歴史家Manfred Görtemakerによると、ヘス3回飛行試みたが、いずれも技術的な問題悪天候のために失敗した仮定している。最初失敗1940年12月21日であり、残りの2回は1941年1月2月失敗したと言われている。3月、ストラトハウスは、自分描いたホロスコープミュンヘン占星術師マリア・ナーゲンガストに提出しており、ナーゲンガストは、占い作成に対して50ライヒスマルク受け取ったと言われている。占星術師のWaltraud Weckerleinは、1949年出版され著書『Hitlers Sterne lügen nicht(ヒトラーの星は嘘をつかない)』の中で、ナーゲンガストがヘスに「5月には命の危険なく飛ぶことができる」と助言した述べており、またヘスはナーゲンガストの「顧客であったというが確証はない。 1941年5月10日1810分、ヘスアウグスブルク近郊のハウンシュテッテン空軍基地からメッサーシュミットBf110搭乗しスコットランドへ向かったヘスはダンガベル城において、ダグラス・ハミルトン公爵和平交渉を行う予定であり、これは、アルブレヒト・ハウスホーファーの友人だったハミルトンウィンストン・チャーチル敵対者だと勘違いしていたためといわれる彼の和平提案関心持たれず、イギリス捕虜となった出発前、ヘスヒトラー宛てた手紙副官のカールハインツ・パンシュ(de)に託したヘスイギリスへ単独飛行決断した動機については、様々な憶測がある。この飛行は現在でも世界史の謎のひとつであり、憶測陰謀論なされる歴史学者ライナー・F・シュミットによればヘス英国秘密情報部MI6)の意図的な陰謀犠牲者であったとし、ヘスハミルトン文通していたと言われているが、その手紙はMI6により偽装されたものと言われている。第二次世界大戦中イギリス海軍情報部に勤務していたジャーナリストDonald McCormickは、オカルト信奉者ヘス飛行促すために、英国諜報機関捏造したホロスコープ使ったというフレミング声明発表している。ヘスに近いオカルトサークルは組織的に浸透し1941年春にスイスシークレット・サービス連絡先から適切に作成されホロスコープ送られヘスは「平和の使者」になることを促されといわれるナチ高官の中で占星術信じイギリスとの和平交渉目指していたヘスこのようなクーデター計画最有力候補と見なされていたためであったヘス単独飛行翌日彼の副官であるパンシュはベルクホーフヘスからの手紙をヒトラー手渡したその際ヒトラー反応にはさまざまな証言がある。歴史家多くは、ヒトラー反応怒り落胆であった表現しており、ゲッベルスは自らの日記に「総統は完全に粉砕された」と記し全国報道局長のオットー・ディートリヒによればヒトラー手紙読んだ際に「とてつもない動揺襲われた」としている。アルベルト・シュペーアはこの時のヒトラーから「言葉にならない」ほとんど「動物のような音」を聞いた述べており、ヒトラー主任通訳パウルオットー・シュミットde)は、この状況爆弾衝撃なぞらえている。ランツベルク獄中での長年同志でもあったヘスヒトラーは「あいつが海に落ちることを願う」とこぼしたと言われている。 2011年ロシア連邦国立公文書館発見されたピンシュの発言によると、ヒトラー反応はこれらの証言はまった異なるものと言われヒトラーはこの報を聞いて呆然とすることなく、むしろ冷静に聞いていたといい、ピンシュはヒトラーヘス計画内通しており、飛行は「英国との事前合意」に基づいて行われた、とも主張している。 1941年5月12日午後9時、党の公式声明として大ドイツ放送de)の全局最初放送が行われ、声明ヒトラー自身策定したものと述べられた。 党同志ヘスは、何年も前から進行していた病気のために、総統から飛行機への搭乗厳しく禁じられていたが、その命に反して最近になって飛行機手に入れていた。5月10日午後6時頃、党同志ヘスアウグスブルクから再び飛び立ち今日まで戻ってていない残され手紙には、残念ながらその混乱中に精神衰弱痕跡見られ、党同志ヘス妄想犠牲者であったではないか危惧される。したがって我々は残念ながら、党同志ヘス飛行中にどこかで墜落したか、事故遭ったという事実を再認識しなければならない放送の内容は、ヘスヒトラー宛てた手紙の結びの文を参考にしていたといわれ、ヘスの妻イルゼによると、夫はその中に次のように書き込んでいたという。 総統閣下、私の試み失敗しても、運命が私に不利になっても、あなたにドイツにも悪い影響与えることはありません。あなたはいつでも私を処分することができます。私が狂っていることを宣言してください翌日の朝、イギリスラジオヘス単独飛行の件を報じた第二次世界大戦後ニュルンベルク裁判において当時ポーランド総督府総督であり、党の法務部長でもあったハンス・フランク記したメモによると、ヒトラー1941年5月13日午後急遽、党の全国指導者大管区指導者召集しヘス飛行について、ヒトラー怒り込めてこう述べたという。 ヘス何よりも脱走兵であり、もし私が彼を捕まえることがあれば、彼は国家一般的な反逆者としてこの行為償うことになるだろう。ちなみに、この計画ヘス影響下に置いていた占星術師集団によって最も強く誘発されたように私には思える。したがって、この占星術師らの戯言根本的に解消する時が来たのだ。 ゲッベルスはこの件について、1941年5月14日付け日記にこう記している。 このような愚か者総統側近であった想像するのも難しいことだ。彼の手紙には、中途半端なオカルティズム漂っている。ハウスホーファー教授とその妻と「ヘス老師」は悪霊のような存在である。彼らは「偉大なる者」を人為的に成そうとしたのだ。また、幻覚見たり、星占いを行うなどの、似たようなデマもあった。それらが国内支配しているのだ。彼の健康的な生活とその草食的な雰囲気全て物語っている。 同日ドイツ全日刊紙は「ヘス事件解明」という見出しで、ヘススコットランド上陸し妄想悩まされ最終的にはその犠牲になった何度も繰り返し報じたルドルフ・ヘス同志は、党内でもよく知られているように、何年もの間、肉体的にひどく苦しんでいたが、最近では、磁器占星術師などのさまざまな手段に頼ることが多くなっていたのである。彼がこのような行動をとる原因となった精神的な混乱もたらしたことについて、これらの人物もどの程度非難されるべきかは、今後明らかにされるであろうまた、5月14日ボルマンヒトラーが「国民愚かさ迷信誘惑するオカルト占星術師疑似医療などに対して最も激し処置望んでいる」とハイドリヒ電報送っている。 翌日国民啓蒙宣伝宣伝大臣として、ヨーゼフ・ゲッベルスは、すべてのオカルト透視テレパシー、または占星術プレゼンテーション禁止する命令出した5月16日、彼は日記次のように記している 。 私はオカルト透視などに対して常々厳命下している。このあいまいな戯言は、ついに根絶されつつある。ヘス最愛の人種である「奇跡の男」たちは、今や鎖にかけられるだろう。 戦後見つかったボルマンからヒムラーにあてた手紙には、次のように書かれている文書から分かるように、ハウスホーファーいわゆる正夢について彼に話し、ストラトハウスとナーゲンガストが彼のために幸福と成功予言した後、ヘス自身会話成功可能性100パーセントまで確信していた。ヘスそういうこと信じていたし、成功三方から予言されてからは特に信じ込んでいた。 ヘスによる一連の奇妙な行動は、彼が単独飛行した後、ナチ宣伝によって二重利用された。一方では、占星術師オカルティスト影響受けた混乱した」「操られた」一匹狼の「逃亡」の釈明にもなっており、この戦略は、おそらくボルマン考案したものとされ、内外政治的影響最小限抑えるためのものといわれる。一方で、これらはその後オカルト全般に対す抜本的な弾圧正当化するものでもあった。

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