トヨタ・マークII トヨタ・マークIIの概要

トヨタ・マークII

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/10/03 14:21 UTC 版)

トヨタ・マークII
1998 Toyota Mark II 01.jpg
販売期間 1968年-2004年
※ブリットのみ2007年まで
製造国 日本の旗 日本
ボディタイプ 2/4ドアハードトップ
4ドアセダン
5ドアステーションワゴン/ライトバン
駆動方式 FR
先代 トヨタ・1600GT
後継 トヨタ・マークX
別名 トヨペット・コロナマークII(初代-3代目)
トヨタ・コロナマークII(3・4代目)
トヨタ・クレシーダ(北米)
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概要

1968年に、クラウンコロナの中間に位置する車種として登場する。モデルチェンジごとにボディーの大型化と高級化が進み、1980年代後半には姉妹車チェイサークレスタとともに、「マークII三兄弟」を形成し、当時の高級車ハイソカー)ブームの中心的存在として高い人気を集めた。また信頼性や耐久性の高さから、タクシー、ハイヤー、教習車、社用車やパトロールカーといった業務用車両や特殊車両としても使用された。2017年現在、後継モデルがマークXとして系統を継承している。

歴史

初代 T60/70型(1968年 - 1973年)

ピックアップを除き1968年 - 1972年

トヨペット・コロナマークII(初代)
T60型
セダン(前期型)
1968 Toyopet Corona-Mark II 01.jpg
セダン(中期型)
Toyota-CoronaMarkII1970.JPG
セダン(後期型)
Toyota-CoronaMarkII1971.JPG
販売期間 1968年9月 - 1973年
乗車定員 3-6人
ボディタイプ 4ドアセダン
2ドアハードトップ
ワゴン/バン/ピックアップ
エンジン 1.9/1.6L 直列4気筒
駆動方式 FR
変速機 3速 / 2速AT
4速 / 3速MT
サスペンション 前:ダブルウィッシュボーン式サスペンション
後:半楕円リーフ
全長 4,295mm
全幅 1,610mm
全高 1,405mm
ホイールベース 2,510mm
車両重量 1,000kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
最高速度 165km/h(DX)
-自動車のスペック表-

1960年代後半の急激な自家用車需要の高まりによるユーザーの増加を受け、コロナ(T40系)を発展させた新しい車種として登場した。従来のコロナはマイナーチェンジとグレードの整理が行われ、「ゴールデンシリーズ」として設定されていた1,600cc車と2ドアのハードトップピックアップトラックがマークIIシリーズに移行した。車両型式もコロナを踏襲しており、T60系(セダン)、T70系(ハードトップ)となる。

エンジンは水冷直列4気筒SOHCの7R型(1,600cc)、および8R型(1,900cc)。シングルキャブレター仕様と共に、SUツインキャブレター仕様が「SL」として、セダン・ハードトップ両方に設定されている。主に1,600ccモデルは従来のコロナの価格帯に近いファミリーカーとして、ハードトップにパワーウィンドウなどを備えた1,900ccモデルはクラウンに次ぐ高級車(ハイオーナーカー)として訴求された。なお、1,900ccモデルと同クラスの車種として、同年4月に日産・ローレルが先行して登場している。

発売初期のテレビCMには高島忠夫寿美花代が出演し、岩谷時子作詞、山本直純作曲のCMソング「すてきなパパ、きれいなママ」を越路吹雪が歌唱した。

なお、ピックアップは登場当初から一度もフロントマスクの変更を行わないまま、1973年6月まで生産・販売された。

  • 1968年9月21日 - 発売。
  • 1969年9月 - ハードトップに高性能仕様の「GSS」が追加される。エンジンは8R・1,900ccをベースにDOHC化した「10R」(後に8R-Gに呼称変更)で最高出力140PS、最高速度200km/h。トヨタ・1600GTの後継車種でもあった。
  • 1970年2月 - マイナーチェンジ。フェイスリフトを実施。1.6Lを1.7Lに増強。
  • 1971年2月 - マイナーチェンジ(ピックアップ除く)。フロントマスクは、その形状から「イーグルマスク」と呼ばれた。セダンとハードトップの後部のナンバープレートをバンパーの下に移設。


2代目 X10/20型(1972年 - 1976年)

トヨペット・コロナマークII(2代目)
X10/20型
2ドアハードトップ 2000GSS(前期型・RX22型)
1972年1月 - 1973年8月
Mark2GSS.jpg
セダン 2000L(中期型・MX10型)
1973年8月 - 1974年8月
Toyota markII.jpg
販売期間 1972年1月 - 1976年
乗車定員 5-6人
ボディタイプ 4ドアセダン
2ドアハードトップ
ワゴン/バン
エンジン 2.0L 直列6気筒
2.0/1.8/1.7L 直列4気筒
駆動方式 FR
変速機 3速AT
5速 / 4速MT
サスペンション 前:ダブルウイッシュボーン
後:4リンクコイル/半楕円リーフ
全長 4,325mm
全幅 1,625mm
全高 1,380mm
ホイールベース 2,585mm
車両重量 1,080kg
ブレーキ 前:ディスク
後:ドラム
最高速度 175km/h(2ドア2000GSS 5速MT)
-自動車のスペック表-

2代目はX10型(セダン・ワゴン・バン)・X20型(2ドアハードトップ)で、車両コードが"X"となる(マークXにも踏襲)。ボディは大型化された。スカイラインGTへ対抗すべく、スカイラインGTのアドバンテージであった6気筒に対抗し、クラウンから移植のM型6気筒エンジンを搭載したモデル「Lシリーズ」が登場。エンジンは4気筒1700(6R)/4気筒2000(18R)/6気筒2000(M)。HTには18R-G型DOHCのGSSが設定される。この代から“コロナ”が外され「トヨタマークII」と表記されるようになったが、カタログにはコロナの名前が残っていた[1]

  • 1972年1月 - フルモデルチェンジ。
  • 1972年5月 - Lにツインキャブ仕様(125馬力)と2000GSL-EFI(電子制御燃料噴射)を追加。
  • 1973年8月 - マイナーチェンジでフェイスリフトされ中期型へ。6気筒エンジンのLにもEFIエンジン搭載のLGを追加、既存のLのツインキャブ仕様はLXに改称。また6気筒Lシリーズに廉価版のLAと5速MTを装備したワゴンLを追加。1,700cc車はエンジン拡大で1,800ccの16R型に変更。
  • 1974年8月 - 排ガス対策準備に備えてフロントノーズを55mm延長するマイナーチェンジで後期型へ。
  • 1974年12月 - 1800ccにSTD(セダン)とGL(セダン/ハードトップ)追加。
  • 1975年10月 - TTC-Cによる50年排ガス規制適合、乗用車の4気筒エンジン車は全車18R型・2000ccに統一。同時にDOHC・ツインキャブエンジン搭載のGSSは廃止、6気筒ツインキャブのLXはEFI化される。
  • 1976年6月 - 4気筒2000は18R-U型で昭和51年排ガス規制適合。型式はセダン、ハードトップ共にC-RX15型。
  • ウルトラマンA』に前期型の2ドアハードトップ・2000GSSが「タックパンサー」として登場した。


3代目 X30/40型(1976年 - 1980年)

トヨペット・コロナマークII
トヨタ・コロナマークII(3代目)
X30/40型
セダン 2000グランデ
Toyota-CoronaMarkIIGrande.JPG
2ドアハードトップ
X30MarkIIhardtop.jpg
販売期間 1976年12月 - 1980年
乗車定員 5-6人
ボディタイプ 4ドアセダン
2ドアハードトップ
ワゴン/バン
エンジン 2.6/2.0L 直列6気筒
2.0/1.8L 直列4気筒
ディーゼル2.2L 直列4気筒
駆動方式 FR
変速機 4速 / 3速AT
5速 / 4速MT
サスペンション 前:マクファーソンストラット
後:セミトレーリングアーム/4リンク
全長 4,615mm
全幅 1,680mm
全高 1,415mm
ホイールベース 2,645mm
車両重量 1,215kg
ブレーキ 4輪ディスク
最高速度 157km/h(セダン2600グランデ 3速AT)
-自動車のスペック表-

デザインは当時のアメリカ車の「ヨーロッパ調セミクラシック」に影響される。先代まではボディタイプによって車両型式が異なったが、排ガス規制に伴い適合した規制内容によって型式が振られるようになったため、2/4ドアの違いなどは型式だけでは分からなくなった。単眼2灯式のシンプルなマスクを採用し、そこから通称「ブタ目」と呼ばれる。衝撃吸収バンパーは後期型のみのメーカーオプション。デビュー時点でのエンジンのバリエーションは6気筒が2600(4M-U)2000(M-U)2000・EFI(M-EU) 4気筒が2000(18R-U)。6気筒も51年排ガス規制適合となった。サスペンションは前輪がマクファーソン・ストラット(全車)、グランデ・LGツーリング・GSLが後輪セミトレーリング・アームの4輪独立懸架。他は4リンク(ワゴン、バンは後輪リーフサスペンション)。なお、4輪独立懸架車は4輪ディスクブレーキとされた。また、この代から最上級グレード「グランデ」(Grande)が登場。マークIIとしては初めての3ナンバーとなる2600ccの4Mを搭載したモデルもある(2600グランデ)。オート店で販売される姉妹車チェイサーが1977年に登場している。また、輸出仕様車であるクレシーダの登場もこの代からである。

  • 1976年12月 - フルモデルチェンジ。
  • 1977年4月 - セダン1800を追加。エンジンは3T-UでTTC-Cにより51年排ガス規制適合。
  • 1977年6月 - 6気筒2000・EFIのM-EUが53年排ガス規制適合となる。ハードトップ1800を追加。
  • 1977年11月 - 1800の3T-Uが53年排ガス規制適合となる。
  • 1978年2月 - 2600の4M-UをEFI化して53年排ガス規制適合(4M-EU)。同時に、2000・2600ともATを従来の3速からオーバードライブ付き4速に変更。
  • 1978年8月 - マイナーチェンジ。フロントグリルの形状がセダン/バン/ワゴン(縦桟)とハードトップ(ブロックタイプ)で意匠変更[注釈 1]。前期型ではコンビネーションランプに一体化されていた後退灯が独立・大型化。フロントクリアランスランプもマークIIのマークが入ったデザインに。大型の衝撃吸収バンパーを2.6/2.0L車にオプション化。4速ATをM-EU搭載車にも拡大採用。ブランド名が「トヨペット」から「トヨタ」へと変わったため、トランクリッドの銘板も「TOYOPET」から「TOYOTA」となる。
  • 1978年9月 - 4気筒2000を従来の 18R-Uから 21R-Uに変更。53年排ガス規制適合となる。
  • 1979年3月 - 6気筒2000・キャブレターのM-Uが53年排ガス規制適合となる。
  • 1979年8月 - 1800にATを追加。
  • 1979年9月 - ディーゼルを追加。エンジンは先にクラウンに搭載されていた4気筒2200ccのL型。マークIIのディーゼルはこれが初。4速ATも選べた。
  • 1980年4月 - 一部変更。フロントグリルのマークが丸型→角型へ。特別色のツートーンを設定。


4代目 X60型(1980年 - 1984年)

トヨタ・コロナマークII(4代目)
SX6#/GX6#/MX6#/LX6#型
ハードトップ 2000グランデ(前期型)
1980年10月 - 1982年8月
X60MarkIIgrande.jpg
X60MarkIIgranderear.jpg
セダン(後期型)
Toyota Mark2sedan 1983 Rear.jpg
販売期間 1980年10月 - 1984年
乗車定員 5-6人
ボディタイプ 4ドアハードトップ/セダン
ワゴン/バン
エンジン 2.8/2.0ターボ/2.0L 直列6気筒
2.0/1.8L 直列4気筒
ディーゼル2.4ターボ/2.2L 直列4気筒
駆動方式 FR
変速機 4速 / 3速AT
5速 / 4速MT
サスペンション 前:マクファーソンストラット
後:セミトレーリングアーム/4リンク
全長 4,640mm
全幅 1,690mm
全高 1,425mm
ホイールベース 2,645mm
車両重量 1,225kg
ブレーキ 4輪ディスク
データモデル セダン2000グランデ 5速MT
-自動車のスペック表-

デザインは直線基調のデザインとなり、2ドアハードトップは廃止され、日本国内向けにセンターピラーを持つサッシュレスの「4ドアハードトップ」が登場する。エンジンはアルミエンジンで直列6気筒の1G-EUと直列4気筒の21R-Uの2種類があり、5M-EU搭載の2800ccの「2800グランデ」も登場した。また、スポーツモデルとして、前期型に限り直列4気筒の18R-GEU搭載の「GT」もあった。この代まで「コロナ」の名が残っていたが、車体にCORONAの表記はなく(リアクォーター窓枠に「CORONA MARKII」の表記あり)、ユーザーや新聞広告・CMでも「マークII」のみの名称で呼ばれるようになっていった[2]。この4代目から、販売の主力がセダンからハードトップへ移行になった。モデル末期には黒の可倒式電動ドアミラーが新たに設定された。タクシー、教習車向けのLPG車はクラウンと同じM型LPGが搭載されていたが、1983年以降は1800ccをベースに(E-SX60-XEMRS、車検証上ではSX60改)、コロナLPG車と同じ2Y型LPGを搭載したモデルも教習車向けに生産・販売された。

この世代からビスタ店専売の姉妹車クレスタが登場し[注釈 2]、チェイサーと合わせて「マークII三兄弟」と呼ばれるようになる。

  • 1980年10月 - フルモデルチェンジ。
  • 1981年10月 - 2000cc直列6気筒ターボ(M-TEU)搭載モデル追加。
  • 1982年8月 - マイナーチェンジ。CMキャラクターに長嶋茂雄を起用。内外装は大幅に変更。フロントワイパーアームがこれまでのむき出し式からフルコンシールド化され2000ccツインカム24(1G-GEU、160馬力(グロス値))搭載車の「グランデツインカム24」が登場。車種整理が行われ5M-EU搭載の「2800グランデ」は廃止。2000ccは6気筒エンジン仕様・4輪独立懸架に統一。それに伴い18R-GEU搭載の「GT」廃止。1800ccは13T-Uから新開発の1S-Uに変更され、ミッションも4速MT、3速ATから5速MT、4速ATになり、2400ccディーゼルターボ(2L-TE・オートマチック車のみ)も追加。
  • 1983年2月 - ツインカム24に4速のECT(電子制御オートマチック)が追加。


5代目X70型(1984年 - 1997年)

バン、ワゴンを除き1984年 - 1988年

トヨタ・マークII(5代目)
YX7#/SX70/GX7#/MX7#/LX70型
ハードトップ(前期型)
1984年8月 - 1986年8月
MARK2 GX71 GRANDE.jpg
ワゴン(後期型)
1993年2月 - 1997年4月
Toyota Mark2wagon 1993.jpg
バン(後期型)
Toyota Mark II 70 Van 002.JPG
販売期間 ハートトップ、セダン:1984年8月 - 1988年8月
ワゴン、バン:1984年11月 - 1997年4月
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアハードトップ/セダン
ワゴン/バン
エンジン M-TEU→1G-GTEU/1G-GEU/1G-EU→1G-FE型 2.0L 直6
3Y-E型 2.0L 直4
1S-U/2Y-J型 1.8L 直4
2L-T型 ディーゼル2.4L 直4 ターボ
2L型 ディーゼル2.2L 直4
2Y-PU型 LPG1.8L 直4→
3Y-PU型 LPG2.0L 直4
駆動方式 FR
変速機 4速/3速AT
5速/4速MT
サスペンション 前:マクファーソンストラット
後:セミトレーリングアーム/4リンク
全長 4,650mm
全幅 1,690mm
全高 1,415mm
ホイールベース 2,660mm
車両重量 1,300kg
ブレーキ 4輪ディスク
データモデル セダン2000グランデ 4速AT(後期型)
後継 トヨタ・マークIIクオリス(ワゴン)
トヨタ・カルディナ(バン)
-自動車のスペック表-

このモデルより正式に車名が「トヨタ・マークII」となり、名実共にコロナから独立したモデルとなった(ただし前述の通り、4代目からCM等では単にマークIIと呼ばれていた)。ボディは先代と同じセダンとワゴン、ハードトップの三種。ハードトップは、F30型日産・レパード、S120系クラウンと同様にクリスタル・ピラーと呼ばれるブラックアウトされたCピラー周りの樹脂処理がスタイリングの特徴[注釈 3]。ハードトップが販売の主力で、セダンはタクシーや教習車としてよく使われた。搭載エンジンはディーゼルが2.2LのL型から2.4Lのレーザー2L型へ変更した程度で基本的にX60系(後期)と同じである。ディーゼル、1.8L車はリアサスが4リンクリジッドであった。2.5Lや3.0Lなどの3ナンバー車は設定されなかった。ハードトップの「グランデ(1G-EU型エンジン搭載車)」は1985年度のグッドデザイン賞を受賞している。CM出演者は九代目松本幸四郎

  • 1984年8月 - 登場。
  • 1984年11月 - ワゴンをフルモデルチェンジ。エンジンは2.0Lのレーザー1G-II のみ。
  • 1985年10月 - チェイサー・クレスタと共に1G-GTEU型を搭載した「GT-TWINTURBO」が登場。これは日本初のツインカム・ツインターボエンジンである。この追加によりM-TEU搭載の「グランデ・ターボ」は廃止。トランスミッションには電子制御4速AT(ECT-S)と5速マニュアルが用意された。セダンモデルには「GT-TWINTURBO」は設定されなかった。同時に小変更が行われ、電動格納式ドアミラーが上級モデルに標準装備されると共にLG以下のグレードにフロント合わせガラスが採用される。
  • 1986年8月 - マイナーチェンジで内外装を変更。1G-GEUエンジンの改良、サスのチューニングの見直し、インパネ右側吹出し口の形状変更、スイッチ類の見直し、リアヘッドレストの改良等を行う。セダンにも一部を除きフォグランプが標準装備された。タクシー仕様のLPGエンジンを1.8L 2Y-PU型から2.0L 3Y-PU型に換装。
  • 1988年8月 - ハードトップ、セダン生産・販売終了。これに伴いワゴン(GX70G)・バン(YX76V、YX78V)はマイナーチェンジを行い、フェイスリフト及びエンジンを1G-FE(ワゴン)に変更し、インテリアカラーを変更。ボンネット・フロントフェンダー・バンパーをGX71クレスタと同様のパネルに変更、ロングノーズとなる。
  • 1990年9月 - 上級グレードにLGグランデエディション追加。
  • 1993年2月 - 一部変更でワゴンはルーフレール・マッドガードが装着され、バンは2Y-J型1.8Lから3Y-E型4気筒2.0Lに変更した。またテールゲートにトヨタマークが装着された。
  • 1996年8月 - X90系マークIIセダンの一部改良に伴って全車種に運転席エアバッグが標準で装着され(オプションでエアバッグレスハンドル仕様もあり)、それまで使用されていたマークIIのロゴが入ったX70型ハードトップ仕様のハンドルからエアバッグ付きハンドルがX90型ハードトップと共通の物に、オプションのエアバッグレスハンドルはトヨタロゴが入った丸みを帯びた仕様に変更された。
  • 1997年4月 - ワゴン・バン生産・販売終了(ワゴンはマークIIクオリスにモデルチェンジ。バンはカルディナバンに統合)。


6代目 X80型(1988年 - 1995年)

ハードトップ:1988年 - 1992年

トヨタ・マークII(6代目)
SX80/GX81/JZX81/MX83/LX80/YX80型
ハードトップ(後期型)
1990年8月 - 1992年10月
TOYOTA MARK2 GX81 GRANDE LTD.jpg
セダン(後期型)
1990年8月 - 1995年12月
X80 Toyota Mark2 1.JPG
タクシー仕様(後期型)
Toyota Mark2sedan 1988 Taxi.jpg
販売期間 ハードトップ:1988年8月 - 1992年
セダン:1988年8月 - 1995年12月
設計統括 渡辺忠清
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアハードトップ / セダン
エンジン 7M-GE型 3.0L 直6
1JZ-GTE型 2.5L 直6 ツインターボ
1JZ-GE型 2.5L 直6
1G-GTE 2.0L 直6 ツインターボ
1G-GZE型 2.0L 直6 スーパーチャージャー
1G-GE/1G-FE型 2.0L 直6
4S-Fi→4S-FE型 1.8L 直4
2L-T型 ディーゼル2.4L 直4 ターボ
2L型 ディーゼル2.2L 直4
3Y-P型 LPG2.0L 直4
駆動方式 FR
変速機 4速AT / 5速MT
サスペンション 前:マクファーソンストラット
後:ダブルウイッシュボーン/4リンク
全長 4,690mm
全幅 1,695 - 1,710mm
全高 1,375mm
ホイールベース 2,680mm
車両重量 1,480kg
ブレーキ 4輪ディスク
データモデル ハードトップ2000グランデG 4速AT(前期型)
後継 トヨタ・コンフォート(セダン)
-自動車のスペック表-

この代よりガソリンエンジン搭載車が全てDOHC化される(2.0グランデ以下のグレードは4気筒、6気筒関わらず全てハイメカツインカム化)。ツインカム車へのスーパーチャージャー搭載(グランデG)やシャーシ性能の全面的な刷新が図られる。一部グレードにはオプションで運転席エアバッグが装着可能であった。モデルチェンジの度にボディサイズを拡大してきたが、この代でついに上位クラスのクラウンセダンと全長・全幅が全く同じ寸法となり、一時的ではあるが車格が追いついた格好となった。

プラットフォーム(シャーシ)は自体は先代からのキャリーオーバーだったものの、足回りは新設計された。

スタイリングはX70系のキープコンセプトでありながら、やや丸みを帯びた滑らかなものとなった。ハードトップはX70系よりも車高が低くなっている。このため室内空間が犠牲となり、ハードトップの室内の広さは大人4人の長時間乗車に耐えうる最低限の寸法が確保されている程度のものであった[注釈 4]。セダンは法人需要が根強く、自動車教習所の教習車としても大量に投入されていた。また、居住性・性能向上の観点から小型タクシーのクラスアップが進み、地方を中心にコロナなどから切り換えたタクシー事業者も見受けられた[誰?]。CM出演はX70型に続き九代目・松本幸四郎(前期のみ)。

  • 1988年8月 - フルモデルチェンジ。
  • 1989年8月 - 3.0L(7M-GE)車「3.0グランデG」が追加され、7年ぶりに3ナンバーモデルの復活となる。5ナンバー車との違いは、モールによる拡幅(1710mm)のみで、全長は変更なし。従来からの4輪ESC(ABS)の他にTRCも標準装備。
  • 1990年8月 - マイナーチェンジ。2.5L(1JZ-GE1JZ-GTE)車「2.5グランデ」「2.5グランデG」「2.5GTツインターボ」が追加され、入れ替わりに2.0Lのツインターボ(1G-GTE)搭載モデル(GTツインターボ)と、スーパーチャージャー(1G-GZE)搭載モデル(グランデG)が廃止。2.5Lと3.0Lには大型バンパーが装着され、全長も3ナンバーサイズに(ハードトップは4,760mm、セダンは4,725mm)。内装は、前期ではグランデGのみの設定であったフロントセンターアームレストおよびスライド式コンソールボックスがグランデ系全車及びGRサルーンのAT車に設定拡大。1JZ-GTEを搭載するJZX81の2.5GTツインターボは4速ATのみの設定で、モデル末期には「ヤマハコンセプト」が少数販売。
  • 1991年5月 - 国内累計販売新車登録台数300万台を記念して、ハードトップに特別仕様車の2.5グランデリミテッドと2.0グランデリミテッドを設定した。

 主な内容は、「2.5グランデリミテッド」にはベースとなる、「2.5グランデ」を基に“15インチアルミホイール”、“専用外板色のホワイトパールマイカ”、“カラードドアハンドル”、“リミテッド専用エンブレム及びリヤゴールドエンブレム”、“ワイヤレスドアロックリモートコントロール”を装備。「2.0グランデリミテッド」には、「2.0グランデ」を基に同じく“15インチアルミホイール”と、“既設のホワイトのボディカラーのみ”の設定として“カラードドアハンドル”、“リミテッド専用エンブレム及びリヤゴールドエンブレム”、“カラードフロントスポイラー”に“エレクトロニック・ディスプレイメーター”と、ファブリックシートの材質をベース車よりグレードアップさせた、“スーパーラグジュアリーシート”の3点は、2.0グランデリミテッドのみ設定となる。

  • 1993年2月 - ハードトップがX90系にモデルチェンジした後もセダンはX80系のまま一部改良を実施、グレードを整理したうえで継続生産・販売[注釈 5]。このときにトランクリッド中央のエンブレムを新CIに変更。
  • 1995年12月 - タクシー・教習車向けの「コンフォート」の発表を機にセダンの生産・販売を終了[注釈 6]。コンフォートを始め、クラウンコンフォートと現行のクラウンセダンは本モデルがベースである。


7代目 X90型(1992年 - 1996年)

トヨタ・マークII(7代目)
SX90/GX90/JZX9#/LX90型
前期型(1992年10月 - 1994年9月)
Toyota markii gx90 grande 1 f.jpg
前期型 グランデ
Toyota markii gx90 grande 1 r.jpg
後期型(1994年9月 - 1996年9月)
1994 Toyota Mark II 01.jpg
販売期間 1992年10月 - 1996年
設計統括 渡辺忠清
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアハードトップ
エンジン -ガソリンエンジン-
2JZ-GE型 3.0L 直6
1JZ-GE型 2.5L 直6
1JZ-GTE型 2.5L 直6 ターボ
1G-FE型 2.0L 直6
4S-FE型 1.8L 直4
-ディーゼルエンジン-
2L-TE型 2.4L 直4 ターボ
駆動方式 FR / 4WD
変速機 4速AT / 5速MT
サスペンション 前:ダブルウイッシュボーン
後:ダブルウイッシュボーン
全長 4,750mm
全幅 1,750mm
全高 1,390mm
ホイールベース 2,730mm
車両重量 1,390kg
ブレーキ 4輪ディスク
データモデル 2.5 グランデG(後期型)
-自動車のスペック表-

フルモデルチェンジで日本国内専用車になり、全車3ナンバーボディとなった。プラットフォームは新設計されている。開発時期はバブル景気まっただ中だったが販売直前にバブル経済が崩壊。財政事情の悪化によりコストダウンを余儀なくされた。代表的な例としては、TEMSの設定グレードを3Lモデルのみに限定、パワーウインドウの駆動方式を従来のパンタグラフ方式からケーブル方式への変更など。搭載エンジンはガソリン車が3.0L 2JZ-GE、2.5L 1JZ-GE(GTE)、2.0L 1G-FE、1.8L 4S-FE。ディーゼル車が2.4L 2L-TE。グランデ系の下には「グロワール (Groire)」というグレードが設けられた。ただし、書体がグランデ系のものと酷似していたため見分けがつきにくかった。この代からスポーツモデルが「ツアラー(Tourer)」に改称[注釈 7]。全車3ナンバーサイズとなり、小型乗用車の寸法制約がなくなったことから車体寸法の縦横比の適正化と居住性の向上が図られた。またサイズが大きくなったにもかかわらず車重は先代に比べて最大で約100kgほど軽量化された、この代からフロントグリルのグレードエンブレムが廃止された。テレビCMにはイギリスの映画監督アルフレッド・ヒッチコックを起用。

90系以降、マークII3兄弟の中古車は民間業者による海外への輸出が顕著であり、特に2000年代中盤にはロシアへ大量に輸出されている。ただし、同国の関税が増税されたことから近年の対ロシア輸出の中心はマークXであり、日本国内に残っている90系は近年のエコカー減税補助金の影響もあって廃車が相次いでいる。それでも今もなお地方の一般道を筆頭に見掛ける機会の多い車輌である[要出典][注釈 8]

  • 1992年10月 - フルモデルチェンジ。
  • 1993年10月 - 四輪駆動(実用型四輪駆動)仕様の「グランデfour」「グランデG four」が追加される。四輪駆動方式の排気量は2.5Lのみで、エンジンは1JZ-GEである。 同時に一部改良も実施され、ボディカラーにダークターコイズマイカが追加された他、エレクトロマルチビジョンが2.5グランデでもオプション装着可能になり、 2.5グランデ、ツアラーV、ツアラーSの木目調パネルがグランデGと同じツヤありタイプに変更された。
  • 1994年9月 - マイナーチェンジ。フロントバンパー下部の形状変更やテールランプ中央に黒色の横線が入るなどの内外装変更。3.0グランデGに運転席エアバッグが標準装備された他、 2.0グランデの木目調パネルがツヤありに変更され、グロワールにはツヤ消しの木目調パネルが標準装備された。ボティカラーはダークグレイッシュオリーブメタリック、ダークブルーイッシュグレーメタリックが廃止され、代わりにシルバーメタリック、ダークブラウンマイカが設定された。
  • 1995年9月 - 一部改良で運転席エアバッグを全車標準装備。 ダークターコイズマイカのボディカラーを廃止。 エレクトロマルチビジョンがマルチAVステーションに変更。


8代目 X100型(1996年 - 2000年)

トヨタ・マークII(8代目)
GX10#/JZX10#型
前期型
1996-1998 Toyota Mark II.jpg
グランデ(後期型)
1998年8月 - 2000年10月
1998 Toyota Mark II 02.jpg
ツアラーV(後期型)
1998年8月 - 2000年10月
JZX100 Toyota Mark II.jpg
販売期間 1996年9月 - 2000年
設計統括 服部哲夫
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアハードトップ
エンジン -ガソリンエンジン-
2JZ-GE型 3.0L 直6
1JZ-GE型 2.5L 直6
1JZ-GTE型 2.5L 直6 ターボ
1G-FE型 2.0L 直6
-ディーゼルエンジン-
2L-TE型 2.4L 直4 ターボ
駆動方式 FR / 4WD
変速機 4速AT / 5速MT
サスペンション 前:ダブルウイッシュボーン
後:ダブルウイッシュボーン
全長 4,760mm
全幅 1,755mm
全高 1,400mm
ホイールベース 2,730mm
車両重量 1,420kg
ブレーキ 4輪ディスク
データモデル 2.5 グランデG(後期型)
-自動車のスペック表-


バブル崩壊による厳しい経済情勢が依然続いていた時期でのモデルチェンジのため、フロアパネルはX90系のフロアパネルを流用し、コストダウンが図られた。その一方で安全性向上に力を入れ、衝突安全対策の施されたトヨタ独自規格の「GOA」や、運転席・助手席SRSエアバッグシステム・ABSを全車標準装備(先代のX90系は運転席エアバッグのみ1995年9月モデルから標準装備)。搭載エンジンは2JZ-GE、1JZ-GTE、1JZ-GE、1G-FE、2L-TE。X90系まで搭載された4S-FEは廃止となった。X90系で問題のあった居住性を改善し、デザインはかなり丸みのあった従来型を継承しつつ、大ヒットしたX70系やX80系を思わせる直線基調のものになった。ツアラー系はゲート式ATシフトレバー、レバー式パーキングブレーキ、カーボンパネル、ディスチャージヘッドランプが採用された。グランデ系とツアラー系の2シリーズ。MTはツアラーV(1JZ-GTE搭載)及びグランデ(1G-FE搭載)の2WDのみ設定されていた。

  • 1996年9月 - モデルチェンジ。
  • 1998年8月 - マイナーチェンジ。フロントグリル・リアテールランプ・バンパー・ホイールのデザインを変更。標準装備のアルミホイールがチェイサー・クレスタと共通化される。グランデに搭載されている1G-FEがVVT-i及びダイレクトイグニッション化され出力向上。スーパーライブサウンドシステムにおいてはスピーカー数を7から6に変更。
  • マークII誕生30周年特別仕様車「トラント (TRENTE、フランス語で"30"の意)」を販売。CM出演は俳優の橋爪功(後期のみ)。
  • モデル末期には、2L-TE(2.4ディーゼルターボ)車廃止に伴い、マークll全車のエンジンにBEAMS VVT-i機構を標準装備。


9代目 X110型(2000年 - 2004年)

トヨタ・マークII(9代目)
GX11#/JZX11#型
前期型
2000年10月 - 2002年10月
Toyota Mark2 2000.jpg
2000 Toyota Mark II 01.jpg
後期型
(2002年10月 - 2004年11月)
2002-2004 Toyota Mark II.jpg
販売期間 2000年10月 - 2004年11月
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン 1JZ-GE型 2.5L 直6
1JZ-FSE型 2.5L 直6
1JZ-GTE型 2.5L 直6 ターボ
1G-FE型 2.0L 直6
駆動方式 FR / 4WD
変速機 5速AT/4速AT/5速MT
サスペンション 前:ダブルウイッシュボーン
後:ダブルウイッシュボーン
全長 4,735mm
全幅 1,760mm
全高 1,460mm
ホイールベース 2,780mm
車両重量 1,490kg
ブレーキ 4輪ディスク
データモデル 2.5 グランデG(後期型)
後継 トヨタ・マークX
-自動車のスペック表-

マークIIとしての最終モデルとなったX110系は、それまでの4ドアハードトップから、クラウン(S170系)と共通シャシの4ドアセダンに移行した。姉妹車であったチェイサーとクレスタが廃止となる。その代わり、クレスタ後継のヴェロッサが登場。歴代で最も背の高いボディ、厚みのあるヘッドライト、テールライトが歴代の横長型から一転して縦長になるなどにより歴代で最もボリュームあるデザインといえる。室内が広くなった事が高評価される一方で、販売台数は100系以前ほどの成功を収めることはなかった。グレード名には全車「グランデ」が付けられ、旧グランデ系は、上からターボ搭載の「2.5グランデG-tb」「2.5グランデG」「2.5グランデ」「2.0グランデ」で、3.0Lは廃止された。グランデのエンブレムはこれまでの筆記体から活字体に変更された、スポーツ系のツアラーの呼称は廃止され、「グランデiR-V」と「グランデiR-S」という呼称になった。エンジンは、1G-FE(VVT-i)・1JZ-FSE(VVT-i)・1JZ-GE(VVT-i)・1JZ-GTE(VVT-i)のラインナップである。この代から2.5Lモデルに搭載された1JZエンジンがドライブバイワイヤ化された。5速MTは2.5グランデiR-Vにのみ設定。先代のスカイフックTEMSに代わりインフィニティTEMSが採用された。この世代の中古車も海外では人気が高くロシア等へ大量に輸出された。そのため日本国内では100系以前に比べ新車販売台数が少なかったこともあり思ったより残存数が少なく、中古車市場では比較的高値で推移している。[要出典]テレビCMにはジョージ・クルーニーが出演。

  • 2000年10月 - フルモデルチェンジ。
  • 2002年10月 - マイナーチェンジ。ヘッドランプ・フロントグリル・リアコンビネーションランプが変更。またスポーツ系グレードは、グランデiR-V、グランデiR-Sから単に「iR-V」「iR-S」となり、新たに1G-FE搭載の廉価グレード「iR」が追加され、2.5グランデG-tbが廃止。グランデ系とiR系となった。特別仕様車として「レガリア」「35thアニバーサリー」「リミテッド」が登場した。
  • 2004年11月 - 後継車「マークX」の登場にともない、生産・販売を終了。マークIIは(コロナマークII名義から通算して)36年2ヶ月の歴史に幕を閉じた。ただし、ワゴンのブリットは2007年まで継続生産・販売された。


ドリフト走行用のベース車として

チューニングされたX100系。

元来アッパーミドル(Dセグメント)ファミリーセダンとして販売されていたマークII 3+1兄弟(マークII・クレスタチェイサーヴェロッサ)だが、主にX70系以降は、

  • 販売台数の多さ(=中古車・中古部品が安価で容易に手に入る)
  • 直6FRというパッケージング
  • 1980年代以降の安価なFRスポーツカーの激減
  • (X80系以降においては)ハイパワーで耐久性・チューニングの発展性の高い1JZ-GTEエンジンの採用。
  • 上記の理由から、上位機種である2JZ-GTEへのエンジンスワップやAT→MTへのミッションスワップなども現実的な選択肢として存在する。(なお、NA・AT仕様の2JZ-GE仕様車は純正で存在する。)

といった背景から競合車種である日産・ローレルセフィーロ(ただし初代)[注釈 9]と共に走り屋(特にドリ車)からの需要も高い。なお2015年現在の中心はX100系で、X90系以前のモデルは『ドリフト天国』等の専門誌でも見かける機会は減ってきている。

ステーションワゴンモデル

マークIIクオリス(1997年 - 2002年)

マークIIクオリス

8代目(X100系)の販売時期にステーションワゴン車としてマークIIクオリス (MARKII Qualis) が追加販売された。カムリグラシア(6代目カムリ)をベースにしたFF車であった。実際に型式コードもカムリグラシアと同じくSXV20(2.2L)/MCV20(2.5L/3.0L)であった。

カムリグラシアには設定のないV6・3.0L(1MZ-FE:ウィンダムレクサス・ESと同じエンジン)モデルの設定がある。

マークIIブリット(2002年 - 2007年)

マークIIブリット

2002年1月に、マークIIクオリスの後継車として「マークIIブリット(MARKII BLIT)」が発売された。ブリットは、クオリスと異なりセダンと共通シャシのFR車(又は4WD車)。形式コードは9代目のX110である。エンジンは、1G-FE(VVT-i)・1JZ-FSE(VVT-i)・1JZ-GE(VVT-i)・1JZ-GTE(VVT-i)のラインナップである。1JZ-GTE搭載モデルは2006年に廃止。


[ヘルプ]
  1. ^ 『絶版日本車カタログ』三推社講談社78,79頁
  2. ^ 『昭和55年 写真生活』(2017年、ダイアプレス)p92
  3. ^ トヨタ博物館 マークII RT62型
[ヘルプ]
  1. ^ それまでは4気筒エンジン車が縦桟タイプと6気筒エンジン車がメッシュタイプ。
  2. ^ 実際、クレスタが登場したのは3代目末期の1980年4月である。
  3. ^ 特別仕様車「グランデ・リミテッド」ではクリスタルピラーが特別色(ファインベージュメタリックやブラウンメタリック)に塗られていたモデルも存在。
  4. ^ この当時の上級乗用車はマークIIに限らず、居住性よりもスタイリッシュなデザインを重視する傾向が強かった。
  5. ^ 自家用は1800GL / GRサルーン、2000グランデのみ。その他はタクシー・教習車向け。
  6. ^ パトカー仕様はS150系クラウンに移行。
  7. ^ ツアラーのみパーキングブレーキがレバー式である。
  8. ^ 一部、90系のパトカーも白パト・覆面仕様共に存在した。白パトは岐阜県警で活躍した。パトカー交通警察DVD(三才ムック)参照。覆面パトカーは静岡県警察交通機動隊で活躍した。
  9. ^ この2車に関しても市場背景や台数の多さ、RBエンジン搭載のFR車でありスカイラインやシルビアからの部品流用が可能な場合がある、など理由はマークII 3兄弟と同じである。


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