七支刀 浜田耕策の説

七支刀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/14 08:53 UTC 版)

七支刀(しちしとう)は、奈良県天理市石上神宮に伝来した鉄[1]。全長74.8cm。


  1. ^ 刀剣の分類上、「」は片刃の武器をさし、本品は両刃であるため「剣」に属するが、剣身に象嵌された銘文に本品を指して「七支刀」とあるため、一般名詞としてこう呼ばれている。
  2. ^ 表に34字、裏に27字、表裏併せて61字あり、読めるもの49字、全く読めないもの4字、後の8字はわずかに残る線画によって推測。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 浜田耕策「4世紀の日韓関係」第1回日韓歴史共同研究(第1期)第1分科報告書(2005年)。財団法人日韓文化交流基金で閲覧可能(2014年10月閲覧)。釈文については第1章第2節を参照。付録としてpp.58-63.に〈日本における「七支刀」研究文献目録〉を掲載。また 九州大学 21世紀COEプログラム 浜田耕策「七支刀銘文の語るもの」
  4. ^ 「聖音(又は晋)や「旨」の文字を銘記
  5. ^ 『古代の日朝関係』(塙選書)1989年
  6. ^ 『古代の日朝関係』(塙選書)1989年
  7. ^ ほか、福永光司『道教と古代日本』昭和62年、人文書院。佐伯有清『古代史演習 七支刀と広開土王碑』1977、吉川弘文館
  8. ^ 宮崎市定『謎の七支刀 五世紀の東アジアと日本』 中公文庫 1992年1月。
  9. ^ 金錫亨著 朝鮮史研究会編『大和政権と任那』勁草書房、1969
  10. ^ 李丙燾『韓国古代史研究―古代史上の諸問題』学生社,1980年
  11. ^ 村山正雄編『石上神宮七支刀銘文図録』吉川弘文館、1996年
  12. ^ 同14頁
  13. ^ 『日本書紀』神功皇后摂政五十二年九月の条
  14. ^ a b c 『日本史総合年表』第二版、吉川弘文館、2005年
  15. ^ 日本書紀紀年論では249年。干支二運さげると369年。岩波文庫「日本書紀」(二),179頁注釈
  16. ^ 「以荒田別。鹿我別為将軍。則与久〓(氏+一)等共勒兵而度之。至卓淳国。将襲新羅。」
  17. ^ 「因以平定比自〓(火+本)。南加羅。喙国。安羅。多羅。卓淳。加羅七国。」
  18. ^ この出来事を、七支刀にあらわれる東晋の泰和四年(369年)に比定する解釈がある。「古代天皇はなぜ殺されたのか」 八木荘司 角川書店 ISBN 978-4043828081
  19. ^ 日本書紀紀年論では252年。干支二運さげると372年。岩波文庫「日本書紀」(二),185頁注釈によれば、この箇所は「百済記」によるとする。
  20. ^ 岩波文庫「日本書紀」(二),184頁訓読
  21. ^ a b c d e 河内春人(2018)pp.3-14
  22. ^ 倉西(2003)
  23. ^ 徳田誠司「米国ボストン美術館所蔵 所謂「伝仁徳天皇陵出土品」の調査」(『書陵部紀要』第62号〔陵墓編〕、宮内庁書陵部、2011)
  24. ^ 徳田誠司「米国ボストン美術館所蔵 所謂「伝仁徳天皇陵出土品」の調査」(『書陵部紀要』第62号〔陵墓編〕、宮内庁書陵部、2011)
  25. ^ 陰陽五行と日本の天皇』人文書院、1998年
  26. ^ 武田祐吉訳 (1956年). “古事記(現代語訳古事記)”. 角川書店. 2015年5月31日閲覧。


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