鷹
★1a.鷹を逃がしてしまう。
『俊頼髄脳』 天智天皇が野で鷹狩りをしていたところ、鷹が風に流れて姿を消した。帝が野守りの翁に「鷹を探せ」と命ずると、翁は野中のたまり水を鏡として、鷹が彼方の岡の松の梢にいることを告げる→〔水鏡〕5。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「鷹のゆくえ」 将軍家の鷹を預かる鷹匠が、郊外へ鷹馴らしに出かけ、品川の宿に泊まって鷹を逃がしてしまった。鷹は目黒方面へ飛び、それを捕らえた男が、地主に150両で売った。これが公けになれば、鷹を逃がした者・売った者・買った者、皆死罪になる。事件を詮議した半七は、すべてを無かったことにして、鷹を鷹匠の手に戻した。
『万葉集』巻17 4035~4039歌 大伴家持が射水郡で得た秀逸な鷹を、養吏山田史君麻呂が誤って逃がしてしまう。家持が、網を張り神に祈るなどして鷹の帰還を願っていると、ある夜の夢に少女があらわれ、「まもなく鷹を獲えることができよう」と告げる。
『大和物語』第152段 奈良の帝が、磐手の郡より奉った鷹を愛し、「いはて」と名づけたが、これを預かった大納言が逃がしてしまった。大納言がこのことを奏すると、帝はしばしの沈黙の後、「言はで(いはて)思ふぞ言ふにまされる」とつぶやいた。
『今昔物語集』巻22-7 高藤は鷹狩りに出て雨に遭い、1軒の家に雨宿りして、美しい娘を見る→〔雨宿り〕1a。
『天守物語』(泉鏡花) 姫路城主である播磨守が、鷹狩りを催す。鷹が逃げたので、鷹匠の姫川図書之助が後を追って城の天守へ登る。天守の二重、三重まではともかく、最上層の五重までは、百年以来、生ある者の参ったためしはない。そこには、天守夫人富姫(*2代前の姫路城主に辱められそうになり自害した貴婦人の化身)が、侍女たちを従えて住んでいる。図書之助と富姫は天守で出会い、互いを恋する→〔デウス・エクス・マキナ〕2。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「夢の場」 七夕祭りの宵。逃げた鷹を捜して、民谷伊右衛門は1軒の百姓家に到り、糸車の糸を引く美女と出会う。契りを交わして帰ろうとする伊右衛門を、美女が引き止め、「恨めしいぞえ伊右衛門殿」と言って、お岩の死霊の姿に変わる。伊右衛門は刀を抜き、死霊に斬りかかる〔*すべて伊右衛門の夢。この後に伊右衛門は、お岩の義弟・佐藤与茂七に討たれる〕。
★1c.鷹が来るのは、瑞祥である。
『竹の声桃の花』(川端康成) 70代後半の宮川久雄は、いつの頃からか、「竹の声・桃の花が、自分の中にある」と思うようになった。1昨年の春、家の裏山の枯松に、鷹がとまったのを見た。鷹の出現は瑞祥・吉兆、との思いが胸にひろがった。鷹は宮川に何かを告げに来たようにも感じられた。鷹は2度とは来なかったが、宮川は「あの鷹は自分の中にある」と思うようになった。
*外界と見えるものも、「私」の中の景色→〔心〕14aの『マグノリアの木』(宮沢賢治)。
*鳥が家へ飛んで来るのは、吉兆とされることもあり、凶兆とされることもある→〔鳥〕1。
『阿部一族』(森鴎外) 寛永18年(1641)3月、肥後の藩主・細川忠利が56歳で病没し、岫雲院(しゅううんいん)において荼毘(だび)に付された。その最中、忠利の愛鷹(あいよう)「有明」と「明石」が輪をかいて飛んでいたが、皆が見るうちに2羽はさっと降下して、境内の井戸に入って死んだ。「お鷹も殉死したのか」と、人々は囁き合った。
『百合若大臣』(幸若舞) 百合若大臣は蒙古軍との戦いの後、玄界が島に1人取り残される。百合若の愛鷹緑丸が主人の居場所を察知して、豊後国の留守宅から玄界が島まで飛ぶ。百合若は落葉に歌を血書し、緑丸はそれを豊後へ運ぶ。百合若の妻は夫の生存を知って喜び、紙・筆・墨・硯などを緑丸の体に結びつけて、空に放つ。緑丸は重さに耐えられず海に落ち、死骸となって百合若のもとへ流れつく。
★3a.人が鷹を食べる。
『デカメロン』第5日第9話 青年フェデリゴは、愛する貴婦人モンナの訪問をうけ、自慢の鷹を料理してもてなす。食後モンナは、「病気の息子の願いで、貴方の鷹をいただきに参りました」と、用向きを打ち明ける。驚いたフェデリゴは「今お食べになったのが、その鷹です」と言って泣く。モンナは落胆して帰宅する。
★3b.鷹が人を襲う。
『禿鷹』(カフカ) 禿鷹が、繰り返し「私」の足を抉(えぐ)りに来る。通りかかりの紳士が「鉄砲を取って来て、禿鷹を撃ってあげましょう」と言い、「私」は「お願いします」と言う。禿鷹は、紳士と「私」の話がわかったらしく、さっと舞い上がり、「私」の喉にくちばしを突き立てた。「私」は仰向けに倒れ、喉から血が噴き出す。あたりにあふれた血の中に、禿鷹は溺れていく。「私」はほっと安堵する。
★4.鷹が、雀や鳩を追う。
『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第4巻第2章「クセノクラテス」 クセノクラテスはプラトンの弟子だった。ある時、1羽の小雀が鷹に追われて、クセノクラテスの懐へ飛び込んで来た。彼は「保護を求めるものを、引き渡してはならないからね」と言い、その小雀をやさしくなでて、放してやった。
『三宝絵詞』上-1 尸毘(しび)王の慈悲心を試すため、帝釈天が鷹に、毘首羯磨天が鳩に化し、鳩が鷹に追われて王の懐へ逃げ入る。王は鳩を救うために、自分の全身の肉を切り取って、鷹に与えてしまう(*→〔二者択一〕4)。その時、帝釈天は天の薬を注ぎ、尸毘王の身体はもとどおりに回復した〔*原拠は『大智度論』〕。
★5.人間が鷹に変わる。
『変身物語』(オヴィディウス)巻11 ダイダリオンは荒い気性の男で、激しい戦争を好んだ。しかし彼は、最愛の娘を失って悲嘆の余り、高い崖から身を投げた。その瞬間、アポロン神がダイダリオンを鷹に変え、彼は空中に浮かぶ。鷹となったダイダリオンは、何物にも情けを寄せず、あらゆる鳥たちに猛威をふるっている。
『古事談』巻4-13 源斉頼は若い頃から老年にいたるまで、鷹の飼育を業としていた。彼は70歳をすぎて、目に雉(=鷹狩りの獲物)の嘴(くちばし)が生え出て、両眼を失明した(*→〔手ざわり〕1)。最後には、全身に鳥の毛が生えて死んだ。
『沙石集』巻9-13 下野国に、一生を鷹狩りに費やした男がいた。男は病気になり、「雉が私の股(もも)を食う」と訴える。看病する人が見ても、雉などどこにもいない。しかし男があまりに痛がるので、股を調べると、肉が刀で切り取られたようになっていた。
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