番組出来事
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「久本雅美のオールナイトニッポン」の記事における「番組出来事」の解説
1987年12月4日深夜の放送は、直前の金曜1部は特別番組『Cute Beat Club Bandのオールナイトニッポン』に替わったが、同番組の打ち上げの終わった後に藤井フミヤの使った割り箸とビールの空き缶を番組プレゼントにと久本が持ち去り、同日の放送でダイヤルを変えずに続けて聴いていると思われるリスナーらに向けて「フミヤの使った割り箸と缶ビールプレゼントするぞ」と告知。結果、1週間のうちにプレゼント希望のはがきが664通届き、当時はまだ久本の認知度があまり高くなかったことから、久本の名前を「つかもとなるみ」「びさひもまさみ」「ふるやまさみ」「ひさだあけみ」「さわだまさみ」「とむらまさみ」「すずまさささみ」「イサムとマサミ」「オールナイトの延長のやつ」などと書いてあるはがきが続出、その中でも大ウケは「イサムとワサビ」だったことが翌週12月11日の放送で発表された。なお664通のうち久本の名を正しく書けていたはがきが423通。「認知度は64%」とされていた。
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番組出来事
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「森川美穂の青春放送局」の記事における「番組出来事」の解説
番組の放送時間変更があった時や森川本人の節目の時期などには、その度に番組終了を思わせる発言をするなどリスナーを心配させることがあった。1988年3月、森川が高校を卒業する時には『高校卒業とともにこの番組からも卒業します』と発言。1989年9月に放送が日曜日から土曜日に移る時には『日曜日の青春放送局が今週で終わります』と番組の頭で発言したが、同じ日のエンディングで『来週から土曜日の青春放送局が始まります』と発表し、次の週には抗議のはがきが一杯になったという。
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番組出来事
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「ABCラジオファンキーズ」の記事における「番組出来事」の解説
1988年1月6日深夜のキッチュがパーソナリティの放送の回で、キッチュが友人の漫画家・ひさうちみちおの元へスタジオから電話をかけている時に、ゲストの上岡龍太郎がひさうちの絵について「いいとも悪いとも感じない」「小学校の絵の先生にも褒められん絵や」などと発言、キッチュも「印象に残らないから駄目と言っていいのか」などと応じ、上岡も「けなすつもりで言ったんやない」と返すなど論争になり、はがきコーナーに入ってもキッチュが上岡に「はがきの内容についての批判の仕方がひどい」、それに対して上岡は「リスナーに対する君の考えが間違ってる」など論争が続き、最後にはディレクターが仲裁に入ってキッチュは謝罪したが、上岡は「俺の批評に文句を言うということは、お前が人の考えを自分に合わせようとするのと同じ。もう一度話に来い」と言って帰って行くという放送だった。
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番組出来事
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「デーモン小暮のオールナイトニッポン」の記事における「番組出来事」の解説
デーモン小暮のオールナイトニッポン開始前に中島みゆきのオールナイトニッポン最終回にゲスト出演し「引き継ぎ」を行った。それまで閣下は30分以上喋っていたことがないということを不安にして中島みゆきから励まされた[要出典]。 投稿ルールに、(1)宛先には「御中」をつける(2)匿名禁止(3)ハガキ職人のことをハガキ力士と呼び、ペンネームという名称は「四股名」に統一というのがあった(「重山太」(おもみやま ふとし)というペンネームのリスナーが、最初に「ペンネーム」の代わりに「四股名」を使ったため、以後「ハガキ力士」と言われるようになったとされている)。特に、匿名希望はそのまま本名を読むならわしがあった。これは第1回放送においてデーモン閣下が発布した当番組の掟である。特に番組開始時は「イロモノ」的な先入観から冷やかしや煽り的な内容の投稿が多く、これを一掃する為に敬意や礼節を欠いた投稿は一切採用しないことを宣言した。 そのリスナーからの投稿からは『どどどどどどーですか閣下!?』というフレーズが終わりの方に付くものが多かった。また、“すごい”という言葉を逆さ言葉表現にした『ゴイス』という言葉も番組中で流行っていた。 当番組が放送されていた当時は、同じオールナイトニッポンでは『ビートたけしのオールナイトニッポン』『とんねるずのオールナイトニッポン』が常に聴取率1位・2位を占めていた時期で、当番組は「聴取率万年3位」と言われていたが、1988年には、聴取率でたけしオールナイトに追い付いたことがあった。 ラジオ専門雑誌『ラジオパラダイス』(三才ブックス刊)におけるパーソナリティ人気投票に力を入れていた。当時は小森まなみ『mamiのRADIかるコミュニケーション』が根強い人気を誇っており、デーモン閣下はリスナーを煽ってトップに伯仲する。しかし、投票で「デーモン小暮」という投票の他にも、番組アシスタントゲストでもあった「Sgt.ルーク篁III世」や「デーモン&ルーク」という票が登場するようになったため票が割れてしまう。その現状を見たデーモン閣下は「投票の際は『デモルク』(当時、やはりライバル視されていたコサキンになぞらえた呼称)で投票するように」というお達しを出し、トップの座に輝いた。ちなみに当時、ラジオパラダイス誌上では「悪魔的いい味出してる新聞」という本番組関連の連載コーナーを持っていた。 番組内で「ゴジラの鳴き声コンテストで優勝した経験があるのになぜ撮影に呼ばれないのか」と喋ったところ、東宝特撮映画から出演依頼が舞い込み、「ゴジラvsビオランテ」にワンシーン登場することになった。同映画とのタイアップコーナーも登場し、公開直前の1989年12月11日の放送は、銀河スタジオにリスナーや監督を招いての「ゴジラスペシャル」となった。 「夜霧の横綱審議会」の決まり手として登場した「ぬらりひょん」が大ウケし、また1988年6月27日放送で届いたはがきに四股名(ペンネーム)として「ぬらりひょん吉」と書かれていたことから、「ぬらりひょん短期大学」の学長として「ぬらりひょん吉」というキャラクターが作られたり、番組本やグッズショップなどでフィーチャーされていた。ぬらりひょん吉は、本番組中では「夜霧の横綱審議会」「1990年大河ドラマ誘致合戦」「栄光のヌラリンピック」「あなたのお名前なんて~の」「あの時君は若かった」などあちこちのコーナーの冒頭で現れていた。 1990年5月にデーモン閣下らはオールナイトニッポンを降板。オールナイトのパーソナリティ交代は通常、3月や9月の改編期や年末年始に行われることが多いが、このケースにおいては5月中旬に行われた。好調な聴取率を記録し、かつ多くのリスナーから支持されつつも3年で終了した。しかし、これに関しては遠因と思われる要素の一つとして、クリスマスソングやバレンタインデーソングなど、いわゆる“神の行事”に関する曲がニッポン放送からの推薦曲(事実上のヘヴィー・ローテーション対象曲)になった時に閣下は悪魔教教祖という立場からこれらの曲を無視して番組中で放送せず、これを1989年末から1990年の頭にかけて続けたことで、1990年3月の放送で「もう3年だから」と肩たたきにあったという番組終了の動きを察知したような発言をしている。 放送作家の小泉せつ子が「紅小路 浩(べにこうじ ひろし)」というペンネームで常連格のハガキ力士(ハガキ職人)だったことを、月刊『ラジオパラダイス』1990年8月号(最終号)の特別寄稿の中で小泉本人が明かしている。
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番組出来事
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「はしゃいで○○大放送」の記事における「番組出来事」の解説
『ヤロウどもメロウどもOh!』時代の1981年と1982年に日本のプロ野球を巻き込んだ“賭け事”が行われていた(ヤロウどもメロウどもOh!#番組出来事を参照)が、この番組でも同様の出来事が有った。1985年、小森まなみが『阪神が優勝できなければ、リスナーを無料でサンフランシスコへ(大橋)照子さんに会いに行くツアーに招待する』というような事を発言。結局この年のセ・リーグは阪神の優勝となって1981年、1982年当時とは逆の結果となりこの公約は無しとなった。しかしその後スタッフ側から『野球賭博のような行為は今後一切自粛するように』という旨のお達しが出たため、この後同様の行為は行われていないようである。
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