本社指定組成駅
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1978年(昭和53年)5月当時の本社指定組成駅の一覧である。1978年当時は31箇所あったが、1984年(昭和59年)2月1日のダイヤ改正までにすべて指定が解除(廃止)された。 五稜郭駅(五稜郭操車場) 北海道の貨物輸送の玄関口として機能した。1943年(昭和18年)1月9日開業、1984年2月1日に機能停止。構内にあった車両基地がJR貨物五稜郭機関区として現存している。 青森信号場(青森操車場) 東北三大操車場の一つ。東北本線と奥羽本線の結節点であり、対北海道輸送の拠点であった。1926年(大正15年)10月25日開業、1984年2月1日に機能停止。1986年に青森信号場に降格した。 秋田貨物駅(秋田操車場) 奥羽本線と羽越本線の結節点。1960年(昭和35年)8月1日開業、1984年2月1日に機能停止。1990年に跡地に秋田操駅の貨物設備が移転し、秋田操駅は秋田貨物駅に改称した。 郡山貨物ターミナル駅(郡山操車場) 東北本線と磐越東線・磐越西線の結節点。東北三大操車場の一つ。1965年(昭和40年)10月1日開業、1977年に貨物の取扱を開始し郡山貨物ターミナル駅に昇格した。1984年2月1日に操車場機能を停止。1994年に操車場跡地に貨物設備が移転した。 長町駅(長町操車場) 東北三大操車場の一つ。東北本線と宮城野駅(現在の仙台貨物ターミナル駅)経由の貨物線の分岐点にあった。1924年(大正13年)3月1日開業、1984年2月1日に機能停止。跡地は「あすと長町」として再開発され整備が完了した。 新潟操車場 新潟港といくつもの貨物支線で結ばれ、新潟市の列車組成作業を担っていた。1957年(昭和32年)10月1日開業、1984年2月1日に機能停止。国鉄分割民営化直前に新潟操駅に昇格、1990年に貨物設備が操車場跡地に完成し、新潟貨物ターミナル駅に改称した。 長岡操車場 信越本線と上越線の合流地点にあたる。1931年(昭和6年)7月11日開業、1984年2月1日に機能停止。1985年(昭和60年)に南長岡駅に統合され、1996年(平成8年)にその貨物設備が跡地に移転した。 直江津駅 信越本線と北陸本線の結節点。1984年2月1日機能停止。 高崎操車場 上越線・高崎線・信越本線・八高線・両毛線の5線の結節点。1943年(昭和18年)3月1日開業。1984年2月1日に機能停止したが、高崎線の操車場として現存する。 いわき貨物駅 常磐線と磐越東線の結節点。1972年(昭和47年)10月1日開業、内郷機関区を併設した。1984年2月1日に機能停止、1985年(昭和60年)に信号場に格下げされ、その後廃止された。 新小岩操車場(現在の新小岩信号場駅) 千葉県方面の貨物輸送の拠点。新金線という貨物線で常磐線と接続した。1926年(大正15年)2月24日開業、1968年(昭和43年)に新小岩駅の客貨分離に伴い新小岩操駅として独立。1984年2月1日に操車場機能を停止。廃止時は地区指定組成駅であった。なお、1986年(昭和61年)に新小岩操車場に降格したが、国鉄分割民営化直前に再び新小岩操駅に昇格、2011年(平成23年)には新小岩信号場駅に降格された。 大宮操駅(大宮操車場) 東北本線と高崎線の結節点で、東京における貨物輸送の北の玄関口として機能した。1928年(昭和3年)3月1日開業、1961年(昭和36年)に大宮駅の客貨分離に伴い大宮操駅として独立。1984年2月1日に操車場機能を停止し、1986年に大宮操駅は大宮操車場に降格した。東北本線の操車場として一部が現存。跡地はさいたま新都心。 田端操車場(現在の田端信号場駅) 構内に田端運転所を擁する。大宮・武蔵野の各操車場開業で役目を縮小していた。隅田川駅と貨物線で連絡。1915年(大正4年)5月10日開業、1961年(昭和36年)に田端駅の客貨分離に伴い田端操駅として独立。1984年2月1日に操車場機能を停止。廃止時は局指定組成駅になっていた。なお1986年に田端操車場に降格したが、1990年に再び田端操駅昇格、2011年に田端信号場駅に降格された。 武蔵野操車場 付近の貨車入換を行う駅を統合する形で1974年(昭和49年)10月1日に開業。1984年2月1日に機能停止、1986年に廃止。跡地には新三郷駅が設置され、かつての操車場の敷地は住宅・商業施設「新三郷ららシティ」として三井不動産を中心とする民間5社が再開発を行った。 新鶴見操車場 日本三大操車場の一つ。大宮操車場や汐留駅と結ばれていた。北の大宮に対して南の牙城。1929年(昭和4年)8月21日開業、1984年2月1日に機能を停止し新鶴見信号場に降格した。跡地は長らく空き地のままであったが、2000年代より再開発が具体化しつつある。 沼津駅 東海道本線と御殿場線の結節点。1984年2月1日機能停止。廃止時は地区指定組成駅。 東静岡駅(静岡操車場) 東海道本線静岡付近の列車組成作業を担う。1962年(昭和37年)10月6日開業。1984年2月1日に操車場機能を停止、1993年(平成5年)に跡地に東静岡駅の貨物設備が移転、静岡貨物駅となった。 稲沢駅(稲沢操車場) 日本三大操車場の一つ。名古屋付近の貨物取扱を担い、貨物線(稲沢線)で笹島駅と結ばれていた。1925年(大正14年)1月16日開業、1984年2月1日に機能停止。 米原駅(米原操車場) 東海道本線と北陸本線の結節点。1984年2月1日機能停止だが、廃止時は地区指定組成駅になっていた。一部がJR貨物の操車場として現存し、跡地は「米原貨物ターミナル駅」として再開発予定。 富山操車場 北陸本線とその支線における貨物輸送の一大拠点。1955年(昭和30年)10月1日開業。1968年(昭和43年)に日本で初めてコンピューターが導入された。1984年2月1日に操車場機能停止、国鉄分割民営化直前に富山操駅に昇格、1990年に操車場跡地に貨物設備が完成し、富山貨物駅となった。 梅小路駅(梅小路操車場) 東海道本線と山陰本線が形成するデルタ線の中にあった。1913年(大正2年)6月21日開業、1984年2月1日に機能停止。1990年に跡地に梅小路駅(現在の京都貨物駅)貨物設備が移転。 吹田操車場 日本三大操車場の一つ。東海道本線上にあり、梅田駅と接続。操車量の多さゆえ「東洋最大」と称えられた。1923年(大正12年)7月1日開業。1984年2月1日に機能停止、吹田信号場に降格。2013年3月に跡地に吹田貨物ターミナル駅が完成した。 姫路駅(姫路操車場) 操車場は構内東側にあった。1984年2月1日に機能停止。北側に貨物設備があったが、姫路貨物駅へ移転した。跡地は現在再開発中。 竜華操車場 関西本線と城東貨物線・阪和貨物線の結節点にあり、百済駅とつながっていた。1938年(昭和13年)10月1日開業。1984年2月1日に機能停止、1986年に竜華信号場に降格。竜華信号場も1997年に廃止。跡地は竜華副都心建設予定地。 岡山操車場 岡山駅西方にあり、山陽本線・伯備線・宇野線を発着する貨車の組成作業を担った。1925年(大正14年)開業。1984年2月1日に機能停止、1990年に西岡山駅(現在の岡山貨物ターミナル駅)に併合され、その貨物設備が跡地に移転した。 東広島操車場 広島駅東側にあった。1916年(大正5年)開業。1984年2月1日に機能停止、1995年に跡地に東広島駅の貨物設備が移転、広島貨物ターミナル駅となる。旧貨物設備跡地にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島が建設され、2009年にオープンした。 高松駅 四国唯一の本社指定組成駅。1984年2月1日機能停止。付近に貨物ホームもあったが、高松貨物ターミナル駅に移転した。 門司駅(門司操車場) 九州の貨物輸送の玄関口。1942年(昭和17年)4月1日開業、1984年2月1日機能停止。跡地に2003年(平成15年)に貨物設備が完成し北九州貨物ターミナル駅となった。 香椎駅(香椎操車場) 鹿児島本線と博多港への貨物支線の分岐点。1984年2月1日機能停止。跡地の一部が千早操車場となったほかは副都心として再開発予定。 鳥栖駅(鳥栖操車場) 鹿児島本線と長崎本線の分岐点。かつて藤井フミヤが勤めていた。1926年(大正15年)6月15日開業。1984年2月1日に機能停止、跡地に1990年に貨物設備が完成、その後鳥栖貨物ターミナル駅となる。 熊本駅(熊本操車場) 熊本駅構内南方にあった。1984年2月1日機能停止。付近に熊本駅貨物ホームがある。
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