かわじ‐としあきら〔かはぢ‐〕【川路聖謨】
川路聖謨
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川路 聖謨(かわじ としあきら)は、日本の武士(旗本)。号は敬斎。
- ^ 故従四位上松平斉典外十四名贈位ノ件(ref.A12090128400)、国立公文書館アジア歴史資料センター。
- ^ 原田國男『裁判の非情と人情』〈岩波新書 新赤版1646〉岩波書店、2017年、181頁。
- ^ 田中弘之『「蛮社の獄」のすべて』(吉川弘文館、2011年)
- ^ 竹内義治 (2013年4月2日). “木々植えた名奉行の思い継いで 古きを歩けば・花ものがたり 川路桜(奈良市)”. 日本経済新聞. 2020年4月17日閲覧。
- ^ ならの地にて和学をなし真淵契沖らのこときもの一人あらは大なる益あるへきに二百年来学者あることをきかす故に宣長か神武のみささき(陵)を大にあやまりしにいたれり神武御陵考をわれこの頃書たり
- ^ 「川路聖謨 奈良の寄り道/民のために生きた官僚の実像」『日本経済新聞』朝刊2018年9月2日(NIKKEI The STYLE)。
- ^ 田尻佐 編『贈位諸賢伝 増補版 上』(近藤出版社、1975年)特旨贈位年表 p.31
- ^ 随行記『日本渡航記』訳書は、高野明・島田陽 訳(雄松堂書店・新異国叢書、1969年/講談社学術文庫、2008年)
- ^ “日露修好150周年記念式典。「プチャーチン提督のゆかりの方と江戸幕府川路聖謨(としあきら)勘定奉行の子孫」も参加。”. 首相官邸ホームページ. 2013年1月25日閲覧。
川路 聖謨(かわじ としあきら)
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「幕末のスパシーボ」の記事における「川路 聖謨(かわじ としあきら)」の解説
勘定奉行。日露交渉における日本側の全権代表。柔軟な発想とユーモアを解する性格だが、交渉の場では妥協を許さない。
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川路聖謨
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