崇福寺跡とは?

崇福寺跡

読み方すうふくじあと

668年天智天皇がたてた寺院昭和3年発掘調査滋賀里山中3つの尾根から建物跡を検出現地には大きな礎石列が残り当時壮大な伽藍(がらん)配置偲ばれる。塔の心礎からは舎利容器国宝)が出土最近では南の尾根建物跡を梵釈寺(ぼんじゃくじ)とする説もある。国指定史跡

交通アクセス

京阪電車石坂線滋賀里駅下車山手徒歩30

崇福寺跡


崇福寺跡

名称: 崇福寺跡
ふりがな すうふくじあと
種別 史跡
種別2:
都道府県 滋賀県
市区町村 大津市志賀里町
管理団体 大津市(昭16・4・2)
指定年月日 1941.01.27(昭和16.01.27)
指定基準 史3
特別指定年月日
追加指定年月日
解説文: 滋賀里町ノ西部山腹ニアリ崇福寺天智天皇七年大津奠都翌年建立セラレシモノニテ一ニ志賀山寺トシ奈良時代ニハ十大寺ノ一ニ加ヘラレタリ扶桑略記所引崇福寺縁起ニ據レバ寺ハ金堂講堂小金堂、三重塔僧坊、印、炊屋、湯屋竈屋淨屋ヨリ成リ規模頗ル壯大ナリシコトヲ察セラル日本高僧傳要文抄所載近江天皇菩薩傳ニ所謂滋賀山門ニ於テ巖ヲ鑿リ宇ヲ構ヘ寶殿其他ヲ建テラレタリトアルハ此ノ寺ヲ指スモノナルベク特ニ金堂ノ南、■ヲ越エテヲ造リ廊ニ行東西相對南崗嶺ニ於テ殿ニ宇ヲ造リ殿ノ東ニ如來塔一區ヲ建ツト記サレタル規模ハヨク現存セル遺構合致セルモノト認メラル即チ寺阯ハ山麓竝存セル三條尾根ノ上ニ位シ南北ニ連ネテ一直線ヲ為シ略其ノ高サヲ等シクス中間ニ小溪流アリ南ノ尾根ノ上ハ最モ廣ク東西ノ二區ニ分タレタリ其ノ西半ハ一段高ク五間ニ四間建築該當スル繰出又ハ出■ヲ有スル礎石アリ南面向拜礎石ト思ハルルモノアリテ金堂阯ト認メラレ今其ノ中央崇福寺舊址ト刻セル記念碑アリ其ノ東半一段低キ處ニ五間ニ四間礎石配置アリテ講堂阯ト認メラル其ノ北ニ經藏阯ト認メラルル礎石群及僧坊アリ嘗テ金堂ヨリ和銅開珍、古瓦、■等ヲ出土セシコトアリ
金堂阯ノ北溪流ヲ隔ツル尾根丸山俗稱シ其ノ上ノ西部小金堂阯ト認メラルルモノアリ其ノ東部ニ塔阯アリ塔阯ノ中央地下約四尺ニ心礎アリ表面直徑一尺七寸二分、深サ約三寸餘ノ圓柱ノ■孔ヲ刻シ南側面舍利奉安アリ最近孔中ニ臺付函ヲ發見シ其ノ中ニ銀函アリ更ニ其ノ中ノ金函中ニ佛舍利ヲ納メタル玻璃ノ小壼ヲ納メタリ又函ノ脚部周縁唐鏡銀錢遺物玻璃玉ヲ存シ石ヲ以テ孔口ヲ閉鎖セルコトヲ實見セリシテ是等遺物上代ニ於ケル佛塔建築ノ最モ鄭重ナル莊嚴ヲ示セルモノト認メラル 尚塔阯附近地下ヨリ古鏡甎佛瓦硯、古瓦等ヲ出土セリ
最北山腹臺地ハ字弥勒堂ト稱シ正面五間側面三間ノ堂阯アリ南面ニ瓦積ノ基壇ヲ有ス基壇上ノ礎石自然石ニシテ燒爛ノ跡アリ附近ヨリ周縁雷文ヲ繞ラセル鎧瓦、泥塔陶製壺、金具皇朝錢等ヲ發見セリ此ノ堂ノ南及東ニモ礎石群竝ニ基壇アリ更ニ小溪ヲ隔テタル東方ノ地ヨリ釉藥ヲ施セル陶器其他ノ遺物發見セリ
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崇福寺跡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/08 15:45 UTC 版)

崇福寺跡(すうふくじあと)は、滋賀県大津市にある飛鳥時代後期から室町時代にかけて存在した寺院の遺跡。崇福寺は、668年天智天皇の命により近江大津宮の北西の山中に建立され(『扶桑略記』ほか)延暦年間に十大寺に選ばれるなど栄えたが、たびたび火災にみまわれるなど衰退し、一時園城寺に付嘱したものの山門寺門の抗争に巻き込まれるなどし、室町時代には廃寺となった。寺跡は1928年(昭和3年)からの発掘によって確認。現在の跡は梵釈寺桓武天皇が天智天皇追慕のために建立)との複合遺跡と考えられている。国の史跡歴史的風土特別保存地区に指定されている。




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