ホームドラマ
ホーム・ドラマ
ホームドラマ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/28 15:38 UTC 版)
ホームドラマ(和製英語:home drama)とは、家族や家庭内の出来事をテーマとしたドラマのこと[1]。喜劇に対してはホームコメディー(和製英語:home comedy)とも呼ぶ[2]。日本のテレビドラマにおいて中核的で、最も大衆に好まれるジャンルの一つである[3]。和製英語であり、同様のジャンルは英語圏ではシチュエーション・コメディに含まれる[4]。
概要
一般的には、家族でも見られる、穏健な(当たり障りのない)内容の作品が多い。派手なアクション、犯罪など非日常的要素はほとんどなく、固定されたレギュラー登場人物たちによる和気藹々としたやり取りが大きな特徴である。実写のドラマ以外にアニメでもホームドラマ的要素の強いヒット作は多く、中でも『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』などは長寿放送を続けている。また、刑事ドラマなど他ジャンルにも大きな影響を及ぼしている。
「ホームドラマ」という言葉の語源ははっきりせず、映画界では「第二次世界大戦前から広く使われていた[1]」とする記述がある反面、佐藤忠男『日本映画思想史』(三一書房、1970年[要ページ番号])では、「ホームドラマという和製英語が生まれた最初の映画」として、1951年公開の映画『雪割草』[注釈 1](田坂具隆監督)を挙げている。同書では大映映画部が本作公開時の宣伝で「ホームドラマ」という言葉を初めて使ったとしている。また、1946年放送のラジオドラマ『井田家の一とき』を「初めてのホームドラマ」とする資料がある[5]。
歴史
成立の前提
ホームドラマ成立の前提としては、戦前の佐々木邦や獅子文六の家庭小説、小津安二郎作品などの松竹大船映画、戦後のアメリカ映画、ラジオドラマの影響が考えられる。また可搬性に欠ける撮影機材の問題があり、家庭の居間・茶の間などに固定して撮影する「条件劇」が適していたこと、また、人々が第二次世界大戦後の新しい家族像を求めていたことなどが挙げられる[6]。
ホームドラマ草創期
1940年(昭和15年)、日本最初のテレビドラマである『夕餉前』がNHK実験放送として生放送される。脚本は伊馬鵜平で、登場人物は母親とその息子と娘の三人のみで、母子家庭の夕食前のちょっとした出来事を描いた12分ほどのホームドラマであった。実験放送は1940年に開催が予定されていた東京オリンピックのテレビ中継に備えたものであったが、1941年に太平洋戦争が始まったことにより中断されることとなった。1952年(昭和27年)、実験放送が再開され、戦後最初のテレビドラマとして『新婚アルバム』(山本嘉次郎脚本、山口淳演出)が放送される[7]。
1953年(昭和28年)、テレビの本放送が開始される。開局時の放送時間は昼12時から午後1時半、午後6時半から午後9時までの計4時間で、まだテレビドラマ専門の脚本家はおらず、ラジオドラマの作家や劇作家が執筆した。連続ホームドラマとしては『わが家の日曜日記』(日本テレビ、山下与志一脚本、緒方勉演出)、『幸福への起伏』(NHK、今日出海脚本、永山弘演出)などが放送された[8]。
1954年(昭和29年)、まだテレビ受像機は一般家庭には普及しておらず、街頭テレビなどで見るプロレスや野球、ボクシングなどの中継が人気番組であった。連続ホームドラマとしては『父の心配』(NHK、真船豊脚本、梅本重信演出)などがあった[9] 。 1955年(昭和30年)、古川ロッパ主演の『轟先生』(日本テレビ)が放送される。日本で最初の帯ドラマとされ、原作は読売新聞に連載されていた秋好馨の漫画。ドラマのキャッチフレーズは「大人も子供も一家揃って楽しめる」というものであった。他にホームドラマとしては『どんぐり日記①』(日本テレビ、植村政夫原作)などがある[10]。
1956年(昭和31年)、テレビの普及が進み、危機感をもった邦画会社5社はテレビへの映画作品の提供を中止する。この頃からアメリカ製のテレビ映画の輸入が活発になる。柳家金語楼主演の『おトラさん』(KRテレビ、有崎勉脚品、岩崎文隆演出)は漫画を原作としたホームコメディで、『サザエさん』の先駆的な作品とも言え、アメリカのニューズウィーク誌からも「和製メードドラマ」として絶賛を受けたという。他にフランキー堺主演の『わが輩ははなばな氏』(KRテレビ、しのざき凡脚本、高橋啓演出)、単発ドラマとしては松島トモ子主演の『悦ちゃん』(日本テレビ、獅子文六原作、岡田達門脚本、野崎一元演出)などが放映される[11]。
1957年(昭和32年)、外国のテレビドラマとして『アイ・ラブ・ルーシー』(NHK)、『名犬ラッシー』(KRテレビ)などの放送が始まる。母と息子とコリー犬ラッシーのホームドラマ的な作風の『名犬ラッシー』は最盛期には45から50%の高い視聴率を誇り、1964年まで続くこととなる[12]。
本格的ホームドラマ
1958年(昭和33年)、ホームドラマの草分け的作品と言われる帯ドラマ『バス通り裏』(NHK)の放送が始まる。原型となったのはラジオドラマ『向う三軒両隣』。『バス通り裏』は1963年まで続き、この作品でデビューした十朱幸代と岩下志麻、そして佐藤英夫は一躍スターとなった。アメリカのホームコメディ『パパは何でも知っている』(日本テレビ)や、『幸運の階段』(NHK)、『我が家は楽し』(日本テレビ)、『お父さんの季節』(NHK)なども放送された。[13]
1959年(昭和34年)、フジテレビとNETが開局し、NHK、日本テレビ、KRテレビと合わせて5局体制となる。ホームドラマでは日曜劇場の初シリーズとして『カミさんと私』(KRテレビ)が始まり、主演の伊志井寛が亡くなる1972年(昭和47年)まで続いた。『ママちょっと来て』(日本テレビ)はアメリカのホームドラマ『パパは何でも知っている』『うちのママは世界一』などをお手本とした作品で、日本テレビのホームドラマ路線を確立するきっかけとなった。他に長谷川町子原作の『エプロンおばさん』(NET)や、『わが家の楽園』(日本テレビ)など。[14]
主な作品
- 夕餉前(1940年)
- 日曜劇場シリーズ(1956年 - )
- バス通り裏(1958年 - 1963年)[15]
- ママちょっと来て(1959年)[15]
- 連続テレビ小説シリーズ(1961年 - )
- 咲子さんちょっと(1961年 - 1963年)[15]
- 七人の孫(1964年1月 - 7月、1965年6月 - 1966年2月)[15]
- あひるの学校 (1968年)
- 肝っ玉かあさん(1968年 - 1972年)[15]
- 時間ですよ(1970年、1971年、1973年)[15]
- ありがとう(1970年 - 1975年)[15]
- 細うで繁盛記(1970年)[15]
- つくし誰の子(1971年)[15]
- パパと呼ばないで(1972年)[15]
- まんまる四角 (1973年)
- 銀座わが町 (1973年)
- たんぽぽ(1973年、1975年、1976年、1977年、1978年)[15]
- それぞれの秋(1973年)[15]
- 寺内貫太郎一家(1974年)[15]
- となりの芝生(1976年)[15]
- 七色とんがらし (1976年)
- ムー (1977年)
- 岸辺のアルバム(1977年)[15]
- 私は泣かない(1977年)[15]
- 十字路 (1978年)
- 家族熱(1978年)[15]
- ムー一族 (1978年 - 1979年)
- 心(1980年 - 1981年)[15]
- 裸の大将放浪記(1980年 - )
- 池中玄太80キロ(1980年)[15]
- 阿修羅のごとく(1980年)[15]
- 玉ねぎむいたら… (1981年)
- 父母の誤算(1981年)[15]
- 北の国から(1981年)[15]
- 春よ来い(1982年)[15]
- 積木くずし(1983年)[15]
- 金曜日の妻たちへ(1983年)[15]
- 家族ゲーム(1983年)[15]
- 大家族(1984年)[15]
- たけしくんハイ!(1985年)[15]
- 親子ゲーム (1986年)
- 深夜にようこそ (1986年)
- ママはアイドル(1987年)[15]
- 渡る世間は鬼ばかり(1990年 - 2019年)[15]
- ママハハ・ブギ(1989年)[15]
- パパとなっちゃん(1991年)[15]
- ひとつ屋根の下(1993年、1997年)[15]
- ダブル・キッチン (1993年)[15]
- セカンド・チャンス (1995年)
- キッズ・ウォー (1999年 - 2003年)
- 大好き!五つ子 (1999年 - 2009年)
- ホームドラマ! (2004年)
- アットホーム・ダッド (2004年)
- あいくるしい (2005年)
- 鬼嫁日記 (2005年)
- ブラザー☆ビート (2005年)
- 熟年離婚 (2005年)
- 受験の神様 (2007年)
- 夫婦道(2007年・2009年)
- わが家の歴史 (2010年)
- フリーター、家を買う。 (2010年)
- マルモのおきて (2011年)
- とんび(2013年)
- OUR HOUSE(2016年)
- あなたには帰る家がある (2018年)
- 義母と娘のブルース(2018年)
- 俺の家の話(2021年)
- #家族募集します(2021年)
- 妻、小学生になる。(2022年)
アメリカのホームドラマ
日本では、『アイ・ラブ・ルーシー』や『パパは何でも知っている』などがアメリカの代表的なホームドラマとされている[16]。ただし、ホームドラマという言葉はあくまでも和製英語である[4]。
『アイ・ラブ・ルーシー』や『パパは何でも知っている』などのドラマは、1950年代以降に日本でも放映され、ドラマに映し出される電気冷蔵庫やステーションワゴンなどのライフスタイルは、特に50年代から60年代にかけて日本の生活様式に影響を与えたとされている[16]。
関連項目
脚注
注釈
出典
- ^ a b "ホームドラマ". 平凡社「世界大百科事典 第2版」. コトバンクより2021年6月16日閲覧。
- ^ "ホームコメディー". 小学館「デジタル大辞泉」. コトバンクより2021年6月29日閲覧。
- ^ "テレビドラマ". 平凡社「世界大百科事典 第2版」. コトバンクより2021年6月16日閲覧。
- ^ a b 松崎博、Nathan Long『なるほど!英会話Q&A』語研、2006年、23頁。ISBN 978-4876151370。
- ^ 日本放送協会(編)『ラジオ年鑑 昭和23年版』(日本放送出版協会、1948年)p.101「連続放送劇」
- ^ 松尾羊一「ホームドラマ」『大衆文化事典』弘文堂、1991年、pp.729-730
- ^ テレビドラマ全史 1994, p. 6-7.
- ^ テレビドラマ全史 1994, p. 8-11.
- ^ テレビドラマ全史 1994, p. 14-18.
- ^ テレビドラマ全史 1994, p. 22-26.
- ^ テレビドラマ全史 1994, p. 30-34.
- ^ テレビドラマ全史 1994, p. 42-43.
- ^ テレビドラマ全史 1994, p. 53-57.
- ^ テレビドラマ全史 1994, p. 60-67.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah テレビドラマ全史 1994, p. 700-701.
- ^ a b 示村陽一『異文化社会アメリカ 改訂版』研究社、2006年、13頁。ISBN 978-4327421687。
参考文献
- 『テレビドラマ全史 1953-1994』東京ニュース通信社、1994年。
ホームドラマ!
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ホームドラマ! | |
---|---|
ジャンル | テレビドラマ |
脚本 | 岡田惠和 |
演出 |
平野俊一 酒井聖博 高津泰行 片山修 |
出演者 |
堂本剛(KinKi Kids) ユースケ・サンタマリア 酒井若菜 紺野まひる 井上真央 |
オープニング | ギルバート・オサリバン「アローン・アゲイン」 |
エンディング | 堂本剛「ORIGINAL COLOR」 |
製作 | |
プロデューサー |
橋本孝 瀬戸口克陽 |
制作 | TBS |
放送 | |
放送国・地域 | ![]() |
放送期間 | 2004年4月16日 - 6月25日 |
放送時間 | 金曜日22:00 - 22:54 |
放送枠 | 金曜ドラマ |
放送分 | 54分 |
回数 | 11 |
特記事項: 初回は60分拡大(21:30 - 23:24)。(プロ野球中継が延長されたため、30分繰り下げて放送) |
『ホームドラマ!』は、TBSテレビ系の「金曜ドラマ」枠(毎週金曜日22時 - 22時54分[1]、JST)で2004年4月16日から6月25日まで放送された日本のテレビドラマ。主演は堂本剛。
東南アジアツアー中の事故で愛する者を亡くした人たちが同じ一軒家に住み家族を作って行く奇妙な共同生活を描いた。タイトルの『ホームドラマ』の意味通り、家族の意味を問うヒューマンドラマである。
あらすじ
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登場人物
年齢は公式サイトにて
遺族達
- 井坂 将吾〈25〉[2]
- 演 - 堂本剛(KinKi Kids)
- リフォーム会社「大槻ホーム」勤務。幼少時に両親を亡くし祖父に育てられたが、拗ねて不良になり暴れていたため祖父の死に目に会えなかった。その負い目から不良としての自分に終止符を打ち、真面目に生きる決意を固める。一本気な性格の熱血漢で、「家族」に対する想いは強い。新婚旅行中に事故に遭い、最愛の新妻と彼女の妊娠していた子供を失う。その後、慰霊祭で再会した遺族達に「この痛みを分かってくれるのはこの人達しかいない」と思い一緒に暮らす提案を出す。
- 秋庭 智彦〈32〉[3]
- 演 - ユースケ・サンタマリア
- 商事会社勤務(事故後に退職、別会社に再就職)。将吾とは対照的に理屈っぽい性格。家族旅行中に事故に遭い(ただし彼は事故当時、仕事の都合で妻や息子と同行していなかった)、妻と息子を失う。
- 原口 仁美〈22〉
- 演 - 酒井若菜
- 不倫相手の上司との旅行中事故に遭い、自分だけが生き残った(本人は「他の遺族たちと違い、自分は被害者であり加害者でもある」と語っている)。それが原因で職場(家具店)に不倫をしていたことが公になり、同僚や上司から無視され孤立し、退社。
- 新見 まゆみ〈26〉
- 演 - 紺野まひる
- ツアーの添乗員。関西出身。家事が苦手で酒乱で酒癖悪い。事故でツアーコンダクターの夫を失う(事実上、若くして未亡人になる)。智彦同様、事故後に退職し別会社へ再就職。
- 長峰 翔子〈17〉
- 演 - 井上真央
- 高校生。事故で弟と両親を亡くし、自分だけが生き残った。事故の影響でバス恐怖症となり、バスに乗れなくなっている。
- 中西 光太〈14〉
- 演 - 西洋亮
- 中学3年生。事故で父を亡くす。両親は離婚している。その後、別れた実母に引き取られるが養父に馴染めず、過食症に。チョコバーが好物で常に携帯している。
- 青山 宏樹〈10〉
- 演 - 泉澤祐希
- 小学5年生。事故で両親を亡くす。その後、祖父母に引き取られる。
- 遠山 映子〈56〉
- 演 - いしだあゆみ
- 事故で息子二人を失う。元保険外交員。バツイチ。
- 河野 清一郎〈75〉
- 演 - 田村高廣
- 事故で妻を失う。
故人
バス事故での犠牲者。
- 井坂亜由美(将吾の妻) - 岡本綾
- 秋庭香(智彦の妻) - 木村多江
- 秋庭直哉(智彦の息子) - 佐藤和也
- 新見靖彦(まゆみの夫、ツアーコンダクター) - 岡田浩暉
- 矢口俊輔(仁美の不倫相手) - 斉藤陽一郎
- 長嶺守(翔子の父) - 樋渡真司
- 長嶺恵(翔子の母) - 花井みを
- 長嶺拓(翔子の弟) - 須田泰大
- 中西和也(光太の父) - 六角精児
- 青山貴宏(宏樹の父) - 伊藤博幸
- 青山順子(宏樹の母) - 浅野麻衣子
- 遠山高志(映子の長男) - 堀江慶
- 遠山義則(映子の次男) - 飛岡宏年
- 河野泰子(清一郎の妻) - 長内美那子
ゲスト
- 第1話
- 第2話
- 第3話
- 第5話
-
- 矢口俊輔の妻 - 仁藤優子
- 第7話
-
- 米村慎二(週刊誌記者) - 村松利史(第8話)
- 第8話
- 第9話
- 第10話
-
- 新藤誠(亜由美の父) - 黒沢年雄
- 浜田桃子(喫茶店店主) - 木村多江
- 原口生 - 斎藤拳匠(最終話)
- 最終話
-
- 塩沢(スーパー店員) - 小林すすむ
スタッフ
- 脚本 - 岡田惠和
- 音楽 - 長谷部徹
- 演出 - 平野俊一、酒井聖博、高津泰行、片山修
- プロデューサー - 橋本孝、瀬戸口克陽
- 演出補 - 高津泰行、高野英治、上野かおる、加藤尚樹、岩城隆一
- プロデューサー補 - 遠藤正人、塩村香里
- 編成 - 津留正明
- 協力 - 東通、アックス、日音、緑山スタジオ・シティ、NK特機、タカハシレーシング
- 制作 - ドリマックス・テレビジョン、TBS
主題歌
- オープニング:ギルバート・オサリバン「アローン・アゲイン」
- エンディング:堂本剛「ORIGINAL COLOR」
放送日程
各話 | 放送日 | サブタイトル | 演出 | 視聴率 |
---|---|---|---|---|
第1話 | 2004年4月16日 | 僕らは世界で一番大切な人を失った… タイ・バス転落事故から始まる家族再生の物語 |
平野俊一 | 12.6% |
第2話 | 2004年4月23日 | やって来た2人 | 酒井聖博 | 11.9% |
第3話 | 2004年4月30日 | 将吾ブチ切れる | 平野俊一 | 10.5% |
第4話 | 2004年5月 | 7日私妊娠してる! | 酒井聖博 | 10.5% |
第5話 | 2004年5月14日 | 涙の授業参観日 | 平野俊一 | 9.4% |
第6話 | 2004年5月21日 | デブの逆襲 | 酒井聖博 | 9.4% |
第7話 | 2004年5月28日 | 嵐を呼ぶ訪問者 | 高津泰行 | 10.3% |
第8話 | 2004年6月 | 4日迎えに来た息子 | 片山修 | 7.4% |
第9話 | 2004年6月11日 | 生まれて来る命 | 酒井聖博 | 9.3% |
第10話 | 2004年6月18日 | 第二部スタート | 片山修 | 8.1% |
最終話 | 2004年6月25日 | 別れの決断 | 酒井聖博 | 7.2% |
平均視聴率 9.7%(視聴率は関東地区・ビデオリサーチ社調べ) |
関連商品
- DVD
-
- Vol.1 第1話(2H)、2話 PCBX-50627
- Vol.2 第3話、第4話 PCBX-50628
- Vol.3 第5話、第6話 PCBX-50629
- Vol.4 第7話、第8話 PCBX-50630
- Vol.5 第9話、第10話、最終話 PCBX-50631
- 全巻収納DVD-BOX PCBX-60019
- VHS
-
- Vol.1 第1話(2H)、2話 PCVX-71173
- Vol.2 第3話、第4話 PCVX-71174
- Vol.3 第5話、第6話 PCVX-71175
- Vol.4 第7話、第8話 PCVX-71176
- Vol.5 第9話、第10話、最終話 PCVX-71177
- 「ホームドラマ!」オリジナル・サウンドトラック
-
- 発売元:ユニバーサルシグマ
- 発売日: 2004年6月9日
- 盤種: CDアルバム
- レコードNo: UMCK-1180
- ホームドラマ!(書籍)
-
- 原作:岡田惠和 著者:進藤良彦
- 発売元:竹書房
- 発売日:2004年07月16日 ISBN 4812416884
放送時間
- 金曜日21:30 - 23:24(1話)
- 金曜日22:30 - 23:24(2、4話)
- 金曜日22:00 - 22:54(3、5 - 6、8 - 11話)
- 金曜日22:10 - 23:04(7話)
エピソード・雑記
- 東京全日空ホテルでの製作発表の際に、記者からの出演者への質問に「血の繋がっていない家族という設定の役を演じていく上で、気をつけていることはありますか?」と出た時に泉澤祐希がマイクを持ったまま固まってしまい、席の離れた堂本剛が心配そうにじっと泉澤祐希を直視し、緊張が解けたように泉澤祐希が、「自然にやってます」と答えた。
- 視聴率が取れないことを苦にして責任を感じている橋本孝プロデューサーに堂本剛とユースケ・サンタマリアが激励をし、気持ちが晴れたと語っている。
- 第7話では酒井若菜が出演した『木更津キャッツアイ』、井上真央が出演した『キッズ・ウォー』に関係した演出が行われた。
- 最終話のロケに使用した小学校が火災で全焼するというニュースが起こり、何かできることはないかと考えたプロデューサーの橋本孝が、ロケの時に撮った校舎の全景写真をパネルにして贈った。
- 最終回の将吾のナレーションは「アローン・アゲイン」の歌詞の一部を抜粋している。岡田惠和がこのドラマを書き始める時に、最初にノートに書きとめた言葉だったようだ。
- 第41回ザテレビジョン:ドラマアカデミー賞の読者票では「作品賞」「主演男優賞」「助演男優賞」「主題歌賞」の四冠を獲得した。
脚注
外部リンク
- ホームドラマ! - ウェイバックマシン(2004年7月1日アーカイブ分) - TBS
- ホームドラマ!@wiki
TBS系列 金曜ドラマ | ||
---|---|---|
前番組 | 番組名 | 次番組 |
奥さまは魔女
(2004.1.16 - 2004.3.26) |
ホームドラマ!
(2004.4.16 - 2004.6.25) |
世界の中心で、愛をさけぶ
(2004.7.2 - 2004.9.10) |
ホームドラマ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/08 22:40 UTC 版)
「8時だョ!全員集合のコント」の記事における「ホームドラマ」の解説
志村がホームドラマの監督で父親役の加藤が歌舞伎役者という設定。現代劇なのに加藤は顔をドーランで白く塗ってきて、志村に指摘されると「前時代劇ばっかりやってたもんですから、こういうメーキャップしか知らないもんですから」と返答。共演者(母親)役の仲本のスケジュールの都合により仕方なくそのまま撮影が開始されるのだが、ホームドラマにも関わらず加藤の演技にことごとく歌舞伎の癖が出てしまい(風呂から上がってリビングに入る際『あ、いぃ〜湯だった〜なぁ〜』と見得を切るなど)、その度に志村に突っ込まれる。が、どうしても直らず、ついには業を煮やした志村の「もう全部時代劇にしちゃおう時代劇に、合わせちゃおうこっち(加藤)に」との指示により全部歌舞伎調に演じる事になる。だが、今度は共演者(息子か娘)役(たいがいゲストの場合が多い)が加藤の顔に笑わされてどうしてもついていけないためあえなく撮影続行不能になる、というオチ。なお、後に「ドリフ大爆笑」でもおでんの素のCMの撮影という設定で同様のコントをやっており、こちらは上記のギャグに加え加藤がおでんを口にするたびに熱がってNGを連発するなど健康牛乳CMコントの要素も盛り込まれている。復活特番(2005年10月2日放送、TBS・Bスタジオ)には華原朋美をゲストに迎えてコントをした。
※この「ホームドラマ」の解説は、「8時だョ!全員集合のコント」の解説の一部です。
「ホームドラマ」を含む「8時だョ!全員集合のコント」の記事については、「8時だョ!全員集合のコント」の概要を参照ください。
「ホームドラマ」の例文・使い方・用例・文例
固有名詞の分類
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