フィルムが失われる理由
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/12 02:46 UTC 版)
「失われた映画」の記事における「フィルムが失われる理由」の解説
失われた映画の大部分は、サイレント映画や初期のトーキーであるヴァイタフォンの時代、おおむね1894年から1930年にかけての作品である。マーティン・スコセッシが設立したフィルム・ファウンデーション(英語版)は、1929年以前に制作されたアメリカ合衆国の映画の9割が失われたと推計しており、アメリカ議会図書館はサイレント映画の75%が永遠に失われたものと見ている。 サイレント映画が失われた最大の理由は意図的な廃棄であったが、これは1930年までにサイレント時代が終わった後、サイレントのフィルムが商業的にほとんど無価値なものと見なされたためであった。フィルム修復家のロバート・A・ハリスは、「初期の映画のほとんどは、映画スタジオによって一括して廃棄されるため、残らなかった。そうしたフィルムを救って保存しておこうという考えはどこにもなく、スタジオは空きスペースを必要としており、フィルム素材を保管しておくには金がかかり過ぎた」と述べている。 また、多くのフィルムが失われた理由には、1952年以前に製造されていた35mmフィルムのネガフィルムや上映用プリント(英語版)の大半がナイトレートフィルム(ニトロセルロース製)であり、きわめて燃えやすかったこともあった。著しく劣化したり、不適切な方法で保管されると(例えば、日光で屋根が熱くなるような小屋に置かれるなど)、自然発火することもあった。いったん火災となれば、アーカイブされていた全フィルムが燃失することになる。例えば、1937年のフォックス映画の保管庫火災では、1935年以前のフォックス・フィルムの全フィルムが失われた。1965年のMGM映画の保管庫火災(英語版)でも、数百本に及ぶサイレント映画や初期のトーキー作品のフィルムが失われた。 また、ナイトレートフィルムは化学的に不安定であり、年月の経過とともに粘り気を帯びた塊になったり、火薬に似た粉末になったりするなど、経年劣化しやすかった。その変化の過程は予測が難しく、低温、低湿度、十分な換気といった理想的な環境であれば、期間保存も可能であり、中には1890年代のナイトレートフィルムが良好な状態で保全されている例もあるが、それはごく一部であり、現実の保管環境は理想から程遠いものがほとんどであった。そのため、それよりずっと後年のものが、場合によっては20年ほどしか経っていなくても、修復不可能なほど劣化してしまうこともあった。ナイトレートフィルムに固着された映画が「保存されている」 (preserved) というとき、ほとんどの場合はそれが安全フィルムにコピーされていることを意味するか、より最近であればデジタル化されていることを意味しており、いずれの方法によるにせよ、画質の一定の劣化は避けられない。 イーストマン・コダックは、1909年春に難燃性の35mmフィルムの供給を始めた。しかし、当時のフィルムに柔軟性を与えるために用いられていた可塑剤は、あまりに早く蒸発して抜けてしまったため、フィルムはすぐに乾いてもろくなり、亀裂が入ったりパーフォレーションが破損したりした。結局、1911年の時点でアメリカの主要な映画スタジオは、旧来のナイトレートフィルムの使用に戻っていた。1940年代後半に品質の改良が進むまで、安全フィルムの使用は35mmフィルムより小さな規格である16mmフィルムや8mmフィルムなどに限られていた。 1931年より前にワーナー・ブラザースとファースト・ナショナル映画(英語版)で制作されていたサウンド付きの映画作品の中には、サウンドトラックに別個のレコード盤を用いるサウンド・オン・ディスク方式であるヴァイタフォンによっていたため、失われるに至ったものもある。1950年代には、テレビ用に既存の映画作品を供給するシンジケートであるアソシエーテッド・アーティスツ・プロダクションズ(英語版)が、初期のトーキー作品から16mmフィルムのサウンド・オン・フィルム(英語版)方式による縮小プリント(英語版)を作り、パッケージとしてテレビに供給していたが、ある1本の映画作品に伴うしかるべきサウンドトラックのレコード盤の一部が失われていたようなことがあれば、その作品が生き残る可能性は大きく損なわれることになった。今日まで残されているサウンド・オン・ディスク方式の映画の多くは、そのようにして作成された16mmフィルムの縮小プリントのみによって伝えられている。 トーキー、テレビ、さらにその後のホームビデオの時代が到来する以前、映画は、各地の映画館での興行が終わってしまえば、その後の将来にわたる価値はほとんどないと考えられていた。このため、多くのフィルムが、場所を空けて保管の経費を抑えるために意図的に廃棄されたうえ、フィルムに含有された銀を回収するためにリサイクルに回された。1920年代から1930年代にかけて用いられたテクニカラーの2色ネガフィルムの多くは、映画スタジオ側では不要と判断されて廃棄されたが、テクニカラー社の保管庫には今も保存されている。使用済みのプリントの一部は廃棄物処理業者に流れ、最終的に短い長さのフィルムの断片に切り刻まれたうえで、家庭用の玩具として扱われる小さな手回しの35mmフィルム映写機により、ハリウッド映画の短い場面を上映するために用いられた。 このように、初期の映画作品は注意深く配慮されるということがほとんどなかったため、初期の映画製作者たちや演技者たちの業績は、断片的な形でしか今日に伝えられていない。よく知られているそのような事例としては、セダ・バラが挙げられる。初期の映画界における最も有名な女優のひとりであるバラは40本の映画に出演したが、現存している作品は6作にとどまっている。クララ・ボウも、その全盛期には同様の名声を誇ったが、57本の出演作品のうち20本は完全に失われており、残りのうちの5本も不完全な形でしか残っていない。いずれも一世を風靡した舞台女優で、サイレント映画界に飛び込んだポーリーン・フレデリック(英語版)やエルシー・ファーガソン(英語版)は、今日ではその実績を伝えるアーカイブ記録が乏しいことから、ほとんど忘れられた存在となっている。フレデリックが1915年から1928年にかけて出演した映画で現存するものは10本未満であり、ファーガソンの場合は1919年の1本と、彼女にとって唯一のトーキーとなった1930年の作品の2本しか現存していない。 同じく舞台女優出身で、バラのライバルであったヴァレスカ・スラット(英語版)に至っては、映画出演作品のすべてが失われている。西部劇のヒーローだったウィリアム・ファーナム(英語版)は、バラやスラットと同じくフォックス映画の出演者で、ウィリアム・S・ハート(英語版)、トム・ミックス(英語版)、ハリー・ケリーらと肩を並べる存在だった。しかし、ファーナムのフォックス映画における出演作は3本しか現存していない。他の俳優でも、フランシス・X・ブッシュマン(英語版)やウィリアム・デズモンド(英語版)は、多数の出演クレジットの記録が残されているが、彼らの全盛期の出演作は、廃棄・紛失・スタジオの経営破綻などにより、ことごとく失われてしまった。しかし、スラットやバラとは異なり、ファーナムたちはトーキー時代から、さらにはテレビの時代まで活動し続けたことから、後年の演技は視聴も可能となっており、また評価されている。 一方、例外もある。チャールズ・チャップリンの映画出演作品は、そのほとんどが現存しているだけでなく、最終的に作品に使われなかった膨大な量の撮影済みフィルムが、古いものでは1916年から保存されている。チャップリン作品で失われたのは、彼が税金の控除の関係で自らの手で廃棄した『海の女性』(A Woman of the Sea) と、キーストン・スタジオ時代初期の『彼女の友人である追いはぎ』 である(『Unknown Chaplin』を参照)。D・W・グリフィスのフィルモグラフィもほぼ完全に残っているが、これは彼が初期に関わったバイオグラフ社(英語版)が、初期作品の多くをフィルムからとった印画紙プリントで保存し、議会図書館に納めていたためであった。1910年代から1920年代にかけてグリフィスが監督した長編映画は1930年代にニューヨーク近代美術館のフィルム・コレクションに収まり、キュレーターのアイリス・バリーのもとで保全された。メアリー・ピックフォードのフィルモグラフィは完全に残されており、彼女の初期出演作はいずれもグリフィスが監督したものであり、1910年代後半から1920年代初めにかけ、ビッグフォードは自身の出演作の制作権限を自ら握っていた。さらにビッグフォードは、アドルフ・ズーカーが支配していたフェイマス・プレイヤーズ・フィルム・カンパニー時代の初期出演作のフィルムを、廃棄寸前に回収していた。チャップリンやダグラス・フェアバンクスのようなスターたちは絶大な人気を誇り、彼らの作品はサイレント時代を通して何回も何回も再上演されていたため、上映用のプリントが何十年か経った後でも表に出てくる可能性がある。ピックフォードやチャップリン、ハロルド・ロイドやセシル・B・デミルといった面々は、映画保存(英語版)における初期のチャンピオンたちであるが、特にロイドは1940年代初めの保管庫の火災によってサイレント映画作品を数多く焼失したにもかかわらず、そのような立場にある。
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