その後の白蓮事件とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > その後の白蓮事件の意味・解説 

その後の白蓮事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/30 17:12 UTC 版)

白蓮事件」の記事における「その後の白蓮事件」の解説

戦後間もない1946年昭和21年)、白蓮事件モデルとした原節子主演映画・『麗人』が公開され主題歌麗人の歌」が大ヒットする。伝右衛門会社がある中間市では、映画公開反発する社員ピケ張って入場阻止しようとする騒ぎがあったという。 大正9年菊池寛によって書かれ一大ブームとなった新聞小説真珠夫人』は、「白蓮事件」をモデルしたものとする説があるが間違いである。時系列的に整理すれば、すでに連載終了したあとも続いていた「真珠夫人ブーム演劇・映画化されていた)のなか、小説のストーリーをなぞるかのように白蓮事件」がおき、小説事件次第混同されてしまった考とえるのが妥当だろう。あるいはまた、当時白蓮のなかにこそ、逆に真珠夫人」のヒロイン瑠璃子萌していたともいえるかもしれない戦前戦後何度映画・ドラマ化されている。多く作品では、伝右衛門モデル人物卑しく粗野な悪役脚色して描かれがちで、地元では今でも白蓮事件に関して複雑な思いがある。ただ、NHK連続テレビ小説花子とアン」では、伝右衛門モデルの役(嘉納伝助)は男気のある人物として描かれ創作の中で扱いにも変化見られる1947年昭和22年12月伝右衛門事件新たに妻を迎える事はなく、筑豊炭鉱一筋生涯閉じた戦争長男香織失った燁子は平和運動家として全国行脚し1953年昭和28年)夏、平和運動講演会九州へ向かう事になる。そむいた地である九州に行くことは、足が重い案じる燁子に、京都での隠棲生活時代から親交続いた宇城五郎は、まずは妻・カ子創立小倉学校迎えるから心配いらない、と励まして各地講演会同行し、また「あなたが伊藤さん可愛がられ、人のいうように甘やかされていたのなら、決し今日あなたはないのです。伊藤さんこそ善知識であった感謝しなければなりませんよ」と説いたという。 伝右衛門死去から6年後の1953年昭和28年10月出奔事件以来32年ぶりに九州福岡の地を訪れた燁子は、10月21日付の西日本新聞取材九州の地を捨てて30余年過ぎた年月振り返り、「『あのときのことは許してね』とあやまりたい気持ち」と、ここは自分人生道場であり、泣き怒り恨みも、すべては今日自分のための土台となっている、と語っている。 翌1954年昭和29年)、戦後実業家の手渡った別府の旧伊藤家別邸別府銅御殿ホテルとして改装され白蓮歌碑建立され除幕式に龍介・燁子夫妻招かれた。夫妻同年5月宮崎兄弟追悼会のため熊本訪れ、燁子は伊藤家出奔の際にすべてを知りながら記事を書かなかった熊本日日新聞論説主幹事件当時福岡日日新聞駆け出し記者であった伊東盛一と再会している。この席には永畑道子記者として同席している。 1967年昭和42年2月、燁子が死去した。龍介は『文藝春秋』の同年6月号に回顧録柳原白蓮との半世紀」を寄せた4年後の1971年昭和46年1月、龍介も死去した1985年昭和60年9月NHKで永畑原作『恋の白蓮〜』がドラマ化された。 1996年平成8年)、燁子の長女宮崎蕗苳地元有志招き受けて初め飯塚市旧伊藤伝右衛門邸訪れる。2001年平成13年)、経済活動停滞が続く旧産炭地飯塚では地域活性化のため、空洞化が進む商店街空き店舗に雛人形を飾る「筑前いいづか雛のまつり」が企画される取り壊される寸前だった旧伊藤邸にも雛人形飾りたいとの願いから、日鉄鉱業所有となっていた旧伊藤邸の保存運動2002年平成14年)から行われ、2006年平成18年)に飯塚市所有となった地元では伊藤家配慮して90年近く沈黙守られていた白蓮事件前向きに再評価し観光資源として伊藤邸を活用する準備が行われた。その活動の中、から白蓮レコード寄贈などを協力を受け、福岡県から感謝状贈られている。 旧伊藤邸は補修工事が行われた後、2007年平成19年)に一般公開され、公開記念式典では来賓伝右衛門の孫(静子の子)である伊藤傳之祐と、燁子の孫・宮崎黄石対面し握手交わしている。2011年平成23年)にも伝右衛門邸で行われた柳原白蓮展に招かれている。飯塚には柳原白蓮歌碑旧伊藤伝右衛門邸嘉穂劇場近くと、遠賀川河川敷の3か所に建立されている。九州観光推進機構では、2007年平成19年12月広域観光ルート支援モデル第1号白蓮伝右衛門・龍介縁の飯塚市東峰村日田市荒尾市選定され、4地区合同観光PR行っている。

※この「その後の白蓮事件」の解説は、「白蓮事件」の解説の一部です。
「その後の白蓮事件」を含む「白蓮事件」の記事については、「白蓮事件」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「その後の白蓮事件」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「その後の白蓮事件」の関連用語

その後の白蓮事件のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



その後の白蓮事件のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの白蓮事件 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS