Nintendo Entertainment System
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/27 09:28 UTC 版)
![]() ![]() | |
メーカー | 任天堂 |
---|---|
種別 | 据置型ゲーム機 |
世代 | 第3世代 |
発売日 |
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
売上台数 |
![]() |
次世代ハードウェア | Super Nintendo Entertainment System |
日本で発売されたファミリーコンピュータをベースに筐体の変更や各国への対応を施している。
概要
NES及びファミリーコンピュータは当時もっとも成功したゲーム機であり、任天堂によれば全世界で約6000万台が販売された[1]。アタリショックで衰退したビデオゲーム業界を再び活性化し、ゲームデザインから商慣習に至るまでのあらゆる面で、以降の家庭用ゲーム機ビジネスの手本となった。当時としては斬新な横スクロールアクションゲームである『スーパーマリオブラザーズ』はこのゲーム機の最初にして最大のキラーソフトとなった。また、サードパーティーに対して初めて訴訟が提起されたゲーム機でもある。
北米では1985年、ヨーロッパでは1986年、オーストラリアでは1987年に発売された。本体の外側に“Nintendo”の文字が大きく表記されていたためか、現地では「ニンテンドー」の愛称で親しまれた。
韓国向けは現代電子産業(現・SKハイニックス)が任天堂からOEM供給を受け、北米版NESをベースに、コンボイ(컴보이/COMBOY)の名称で1989年に発売した。“Nintendo Entertainment System”ロゴの左側に朝鮮語のハングルとアルファベットで“컴보이 COMBOY”(コンボイ)とロゴが記されている。
歴史
1980年代初頭の業務用ゲームでの成功を受けて任天堂は、テレビゲーム15、テレビゲーム6とは異なる、カートリッジを交換して様々なゲームをできる独自のゲーム機の生産を計画した。上村雅之らによって設計され1983年7月15日に日本で発売されたファミコンは、1984年末までには日本で一番売れるゲーム機になった。この成功に活気付けられて任天堂はすぐに北米市場への進出を考えた。
1983年末頃にアタリブランドから、“Nintendo Enhanced Video System”の名でファミコンを発売すべくアタリと交渉に入った。しかし、交渉をしている最中にアタリショックによりアタリは会社が傾き、またその頃にコレコが自社パソコン向けに『ドンキーコング』移植版の発売を発表[注 1]し、これをアタリは任天堂とコレコが接近している兆候と受け取り[2]交渉は不成立に終わった[3]。
次に、任天堂は1985年1月上旬に開催されたコンシューマー・エレクトロニクス・ショー(以下、CES)でNintendo Advanced Video Systemをサンプル出品した[4]。これはキーボードとデータレコーダ、無線式ジョイスティック、BASIC言語を加えたものだったが、北米のビデオゲーム市場はアタリショック以降壊滅的状況が続いており、これの発売も立ち消えとなった。
最終的に任天堂は1985年6月2日に夏季CESで本機を発表した。Nintendo Advanced Video Systemから外装と名称を一新して、同年9月ニューヨークに投入[5]、台数は5万台だった。同年10月18日にはニューヨークなど一部地域に限って出荷、1986年2月にはロサンゼルスで出荷開始し、いずれも反響が大きいため同年9月には全米に出荷を広げた[6][7]。NESも日本でのファミコンと同様に人気を集め、ビデオゲーム産業を再活性化する立役者となった。
北米版の反響から、他の国々でもNESが発売された。欧州および豪州では大きく2つの地域に分けて販売網が構築された。イギリス・イタリア・オーストラリア(“地域A”と呼ばれる)での販売はマテルが受け持ち、イタリア以外のヨーロッパ大陸諸国(“地域B”)での販売は他の様々な会社によって行なわれた。一方、カセットのほとんどは任天堂から直接販売された。
こうして1980年代後半において任天堂は日米の家庭用ゲーム機市場で圧倒的なシェアを握った。しかし、任天堂は1990年まで欧州支店を設けていなかった[8]ため、競合していたセガはこれに乗じてマスターシステムを多くの国でNES以上に売り上げている。ただし世界累計での販売台数はNESに遠く及ばない[9]。
1990年代に入ると、16ビット機のセガ・ジェネシスなど機能的に優位な後発機が登場し、任天堂自身も“Super Nintendo Entertainment System”(SNES)を発売するなど、NESは徐々に市場の主役の座を譲っていった。任天堂はNESのサポートを続け、途切れない本体への需要に応じるため1990年代前半には初代NESのハードウェアの欠点を改善した新版 NES2(日本におけるAV仕様ファミコンに相当)を発売した。しかし1995年には、売り上げの減少と新作ゲームの欠如を受けて、ニンテンドー・オブ・アメリカ(NOA)はNESの生産を終了した。
ハードウェア
NESは豪華版のDeluxe Setと廉価版のAction Setが発売された[2]。本体及びケーブル類、コントローラー2個、光線銃はどちらのセットにも共通で入っている。Deluxe Setには他にファミリーコンピュータ ロボット(海外名R.O.B., "Robotic Operating Buddy")と対応ソフト『ジャイロ』(海外名Gyromite)、光線銃用ソフト『ダックハント』が付属する。Action Setにはそれらは無く、代わりに『スーパーマリオブラザーズ』と『ダックハント』を1つにまとめたカートリッジが付く。
NESは本質的にはファミリーコンピュータと同じハードウェアだが、いくつか重要な違いがある。
- 筐体
- ファミコンは上から挿入するカセットスロットと、前面に周辺機器を接続する15ピンの拡張端子を持ち、紅白に彩られている。対してNESは、前面から挿入するカセットスロット(しばしばビデオデッキやトースターに喩えられる)と、落ち着いた灰色と赤でまとめられている。拡張端子は底面にある。
- カセット
- ファミコンのカセット端子が60ピンなのに対しNESは72ピンで、サイズもやや大きい。つまり互換性がない。また、ピンの用途も異なる。ファミコンに2本あったカセット内蔵音源用端子が削除され、残り差し引き14本は底面の拡張端子と同じ物のカセット配線に10本、10NESと呼ばれる海賊版対策チップ[10]用に4本が使われている。
- なお、北米で販売された初期のゲーム(StackUPなど)は、単にファミコンカセットをNESに挿せるように変換アダプタを接続したもので、日米で同じ基板を使って費用と在庫量を削減するための方策である。NES用カセットをファミコンで使用する、或いは逆にファミコン用カセットをNESで使用するアダプターは、非純正の物が現在でも流通している[注 2]。
- なお、日本国内でもNESとほぼ同じカートリッジを採用したファミコンソフトが存在するが、一般発売されておらずホテルや旅館に設置されていた業務用ファミコン「ファミコンボックス」やディスクカード書換機「ディスクライター」の専用カートリッジに採用されている。
注釈
- ^ コレコは自社の家庭用ゲーム機(コレコビジョン)への『ドンキーコング』の移植については任天堂から正規ライセンスを取得していたが、パソコンへの移植については任天堂の許可を受けずに行なっていたため、このパソコン版『ドンキーコング』の発売は断念された(コレコビジョン移植版は発売)。
- ^ ファミコン互換機の一部は、日本で販売されている商品であってもコスト削減等のために海外向けを流用したことでコネクターがNES用の機種もあり、そうした機種ではファミコン用カセットをNESコネクターに変換するアダプターが標準添付されているケースもある。
- ^ つまりファミコンとは違い、マイク付きのIIコンは無い
- ^ 光線銃相当品
- ^ 米国では発売時の価格でNES-001の89.99ドルから49.99ドルへ値下げ。
出典
- ^ “Classic Systems—Nintendo Entertainment System (http)”. 任天堂アメリカ法人. 2007年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年2月11日閲覧。
- ^ a b Liedholm, Marcus and Mattias. “The History of the Nintendo Entertainment System or Famicom (http)”. Nintendo Land. 2009年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年2月12日閲覧。
- ^ 滝田誠一郎 『ゲーム大国日本 神々の興亡』青春出版社、2000年、143-144頁。
- ^ 「任天堂「ファミコン」、海外へも意欲 米国用CESで発表 冬のCESでイメージ出品、夏には本格的な出荷」『ゲームマシン』第255号(アミューズメント通信社)、1985年3月1日、2面。
- ^ 「米国では9月発売 任天堂「ファミコン」、北米仕様「NES」で」『ゲームマシン』第265号(アミューズメント通信社)、1985年8月1日、2面。
- ^ 「"ファミコン"の米国版"NES" 全米で本格展開 米国任天堂がいよいよ9月から開始」『ゲームマシン』第291号(アミューズメント通信社)、1986年9月1日、1面。
- ^ Burnham, Van (2001) (英語). Supercade: A Visual History of the Videogame Age, 1971-1984. Cambridge, Massachusetts: MIT Press. pp. p. 375. ISBN 0-262-52420-1
- ^ a b “European information (http)”. Nintendo Database. 2006年5月4日閲覧。[リンク切れ]
- ^ Nielsen, Martin (1997年). “The Nintendo Entertainment System (NES) FAQ v3.0A (http)”. ClassicGaming.com's Museum. 2006年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2005年1月5日閲覧。
- ^ Hernandez, Christopher. “Nintendo NES / Famicom (http)”. Dark Watcher's Console History. 2007年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2005年1月5日閲覧。
- ^ CIC (Nintendo)
- ^ Horton, Kevin. “The Infamous Lockout Chip (http)”. BlueTech. 2005年1月5日閲覧。 [リンク切れ]
- ^ ニンテンドードリーム vol254. 徳間書店. p. 81
- ^ a b 「スーパマリオブラザーズ」など30種類のゲームソフトを収録 GAME Watch 2016年7月15日
- ^ a b c d e Nintendo Entertainment System: NES Classic Edition - Official Site Nintendo
- ^ Nintendo Classic Mini Nintendo UK
- ^ 任天堂の新ハードは手乗りファミコン、マリオなど30本入りの『NES Classic Edition』を60ドルで11月発売, オリジナルの2019-11-20時点におけるアーカイブ。
- ^ 小型ファミコン“Nintendo Classic Mini”が発表!! ファミコンタイトル30種類を内蔵し、11月11日に発売【海外ニュース】 ファミ通.com 2016年7月15日
- ^ 任天堂の激レアファミコンゲーム、ネットオークションで約1000万円に ねとらぼ 2014年1月27日20時5分
- 1 Nintendo Entertainment Systemとは
- 2 Nintendo Entertainment Systemの概要
- 3 仕様
- 4 復刻版
- 5 問題点
- 6 生産終了後の動向
固有名詞の分類
任天堂のハードウェア |
NINTENDO64 ポケットプリンタ Nintendo Entertainment System ゲームボーイ ニンテンドーゲームキューブ |
- Nintendo Entertainment Systemのページへのリンク