ヘラー:25の旋律的練習曲(25のやさしい練習曲)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
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ヘラー:25の旋律的練習曲(25のやさしい練習曲) | 25 études mélodiques Op.45 | 出版年: 1844年 初版出版地/出版社: Grus |
作品解説
1.作品の成立背景
本作は《全長短調による24の練習曲》作品16(Paris, M. Schlesinger, 1840、翌年《フレージングの技法》として再版)を演奏するまえに取り組む予備的練習曲集として、1844年にパリ、リヨン、ベルリン、ミラノの各都市で出版された。
現在でもこの曲集は《旋律的練習曲集》などのタイトルで知られているが、初版のタイトルは単に《25の練習曲》であり、その後には「〈フレージングの技法〉への導入として役立てるための、また、現代の流派の練習曲、諸作品への準備としての」という一連の説明が続く。
ヘラーは、この作品を出版する前年、1843年にリヨンの有力なピアニスト、教師ジェニー・モンゴルフィエに宛てた手紙で「この手紙を[リヨンの出版者]ブナッキに送っていただけますか。この手紙を私は彼に少しばかり仕事を依頼しますが、それは気晴らしに「練習曲集」(これには満足しています)を書くためであり、それから、そう、お金を得るためです」(Cf. J.-J. Eigeldinger p.117)
教育的で実用的な側面を持つ練習曲は、実際、作曲家に多くの利益をもたらすジャンルだった。翌年、ヘラーはモンゴルフィエに宛てた手紙で再びこう書いている。「ブナッキは、次に書くことになっている二作品のために、私に500フランを送ってくれるはずです。おかげで私は容易に旅にでることが約束されました。お金を受け取り次第、私は出発し、近くお会いすることになるでしょう。」(Cf. J.-J. Eigeldinger pp.135-136)この「二作品」とは、作品45に続いて出版された《30の段階的練習曲》作品46と《リズムと表現のセンスを養うための25の練習曲》作品47(それぞれ1849年刊)のことと考えられるが、こうした背景からは、彼が演奏旅行などの活動資金を得るためにこの時期、集中的に練習曲を書いたことが窺われる。練習曲の書法という点から見れば、各曲はクレメンティ以来の伝統的な枠組みに収まっているものの(たとえば第7番は《パルナッソス山への階梯》第一曲と類似した指の独立の練習である)、各曲は短いながらも独特の性格を持っており、きわめて繊細かつ入念に書かれている。一曲一曲は短く、譜面も一見平易に見えるが、演奏には非常に注意力を要する。この点については、ヘラーの生前、ルモワーヌ社から出版された新しいエディションの序文で、作曲者自身によって述べられている(尤も、これは作品47の初版に掲げられた序文の転載である)。以下にルモワーヌ版の序文を引用する。
専ら指のメカニスムを鍛えることを目的とする練習曲集は無数に存在いたします。私は、一連の性格的な小曲を書きながら全く別の目標を定めました。
私は、生徒たちがその作品に特有の性格に即して、表情豊かに、優美に、優雅に、エネルギッシュに曲を演奏することを望みました。私は彼らの内に、音楽的なリズム感を目覚めさせ、最も正確で完璧な作曲者の意図の再現へと彼らを導くことを望みました。
私の目標に達するために、どうか教師の方々は、生徒たちが注意深く、あらゆるニュアンスを付けて、細やかに、曲に相応しい感情を抱いてこれら25の練習曲の各曲を演奏するよう注意を払って頂けますように。
上に挙げた1840年代に出版された4つの練習曲集は、ヘラーの没後も出版され続けたが、殊に作品45の各曲には、おそらくヘラー自身とは関係のない描写的なタイトルが各出版社によって加えられ広く普及している。少なくとも、ヘラーの生前にパリで出版された曲集には各曲のタイトルは見出すことはできない。
2.エディションについて
ヘラーが活躍したパリでの初版は1844年頃、グリュGrus社から《25の練習曲 25 Études》というタイトルで出版された。第11番は、初版おいては4分の4拍子、アレグロ・ヴィヴァーチェであったが、現行の版では4分の3拍子、アレグロという全く別の曲が置かれている(調性はいずれもヘ長調)。
パリ初版(Grus, 1844)、第11番
現行版(G. Schirmer, n.d. etc.)、第11番
また、第17番は現行版に見られる主部-中間部-主部の3部形式ではなく、主部に当たる部分をそっくり2回弾く(楽譜末尾にリピート記号が書かれている)ものであった。
この曲集は後に誤植を訂正した版がルモワーヌ社から出版されたが(ルモワーヌ版になっても訂正されていない誤植も幾つかある)、恐らく、この段階で第11番が現行の曲に差し替えられたと思われる。現行の第11番の形式は、前奏―主部-中間部-主部という構成をとるが、このルモワーヌ版では前奏―主部で終わっており、終わり方にも相違がみられる。この曲が差し替えられた理由は定かではないが、初版のこの曲は、冒頭がシューマンの《謝肉祭》作品9の冒頭とあまりにも似通っていたからかもしれない(或いは、リズムが同じくシューマンの《交響的練習曲》作品13のフィナーレを想起させる)。
R. シューマン 《謝肉祭》作品9(1837)冒頭
また、年代は不明だが、ベルリンのシュレージンガーから《25の旋律的練習曲 25 Études mélodiques》と改題され「作曲者によって見直された新版 Nouvelle Édition révue par l’auteur」と記された楽譜が出版された。この段階で、第11番と第17番に中間部が加わり、それに伴い主部にも若干の改訂が施されている。このシュレージンガー版は、恐らく決定稿と思われ、その後、世界各地で出版されたこの練習曲集の楽譜の殆どは、このシュレージンガー版のヴァージョンに基づいている。
わが国では、1965年に全音から出版されており、各曲には、アメリカのシャーマーG. Schirmerから出た版に基づくと思われる副題が添えられている。全音版で、校訂者は「特にペダルの使用法の習得にたいへん役にたつ」と序文で述べており、楽譜には精緻なペダリングの指示を施しているが、実際には、ヘラーが出版にかかわった上記3種類の版において、ペダルの指示は控えめにしか記されていない。また、理由は明かされていないが、全音版には殆どスラーが書かれておらず、強弱記号に関しても(少なくとも筆者が参照出来た限りの)他の全てのエディションとは方向性の異なる箇所が多々見受けられる(一例を挙げると、第2番の、第83~85小節で、他のエディションでは、クレッシェンドしていき、フォルテでフレーズを終えるが、全音版では、ディミヌエンドとリタルダンドをしてピアノでフレーズを終える)。諸版における細部の相違については、今後、更なる詳細な調査が待たれる。
3.タイトルについて
前述の通り、この曲集はある時点でおそらく作曲者とは無関係なタイトルが付されて出版されるようになった。これらのタイトルは、自然や季節を想起させる様々な性格で彩られており、学習者に具体的なイメージを持たせ、作品への親しみを抱かせる一助となる一方、第3曲「まじめな練習」や第12曲「厳格」などのタイトルは却って学習者にネガティヴな印象を与えかねない。これらのタイトルと向き合う際には、ヘラーが文学的題材からインスピレーションを受けることはあっても、安易な描写的タイトルを自作品に冠することを好まなかったということを常に念頭に置くべきであろう。
この曲集は後に誤植を訂正した版がルモワーヌ社から出版されたが(ルモワーヌ版になっても訂正されていない誤植も幾つかある)、恐らく、この段階で第11番が現行の曲に差し替えられたと思われる。現行の第11番の形式は、前奏―主部-中間部-主部という構成をとるが、このルモワーヌ版では前奏―主部で終わっており、終わり方にも相違がみられる。この曲が差し替えられた理由は定かではないが、初版のこの曲は、冒頭がシューマンの《謝肉祭》作品9の冒頭とあまりにも似通っていたからかもしれない(或いは、リズムが同じくシューマンの《交響的練習曲》作品13のフィナーレを想起させる)。
R. シューマン 《謝肉祭》作品9(1837)冒頭
また、年代は不明だが、ベルリンのシュレージンガーから《25の旋律的練習曲 25 Études mélodiques》と改題され「作曲者によって見直された新版 Nouvelle Édition révue par l’auteur」と記された楽譜が出版された。この段階で、第11番と第17番に中間部が加わり、それに伴い主部にも若干の改訂が施されている。このシュレージンガー版は、恐らく決定稿と思われ、その後、世界各地で出版されたこの練習曲集の楽譜の殆どは、このシュレージンガー版のヴァージョンに基づいている。
わが国では、1965年に全音から出版されており、各曲には、アメリカのシャーマーG. Schirmerから出た版に基づくと思われる副題が添えられている。全音版で、校訂者は「特にペダルの使用法の習得にたいへん役にたつ」と序文で述べており、楽譜には精緻なペダリングの指示を施しているが、実際には、ヘラーが出版にかかわった上記3種類の版において、ペダルの指示は控えめにしか記されていない。また、理由は明かされていないが、全音版には殆どスラーが書かれておらず、強弱記号に関しても(少なくとも筆者が参照出来た限りの)他の全てのエディションとは方向性の異なる箇所が多々見受けられる(一例を挙げると、第2番の、第83~85小節で、他のエディションでは、クレッシェンドしていき、フォルテでフレーズを終えるが、全音版では、ディミヌエンドとリタルダンドをしてピアノでフレーズを終える)。諸版における細部の相違については、今後、更なる詳細な調査が待たれる。
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