近代および現代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 14:51 UTC 版)
ヨーロッパではラテン語は長い間教会においても学問の世界においても標準的な言語として用いられてきたが、ルネサンスと共に古典古代の文化の見直しが行われ、古典期の文法・語彙を模範としたラテン語を用いようとする運動が人文主義者の間で強まった。これにより中世よりもむしろ「正しい」ラテン語が教育・記述されるようになる。共通化が進んだラテン語は、近代においても広く欧州知識人の公用語として用いられた。 この近代ラテン語で著述した主な思想家としてはトマス・モア(『ユートピア』)、エラスムスのような人文主義者だけでなく、デカルト、スピノザなどの近代哲学の巨人も挙げられる。有名なデカルトの「我思う、ゆえに我あり」という言葉の初出は『方法序説』フランス語版であるが、後にラテン語訳された Cogito, ergo sum.(コーギトー、エルゴー・スム)の方が広く知られている。自然科学ではニュートンのプリンキピアがある。ただしフランスの啓蒙思想家、ドイツのカント以降は母語で著述するのが主流になった。 学問的世界においては、ラテン語はなお権威ある言葉であり世界的に高い地位を有する言語である。現在でも学術用語にラテン語が使用されるのには、学術用の語彙が整備されており、かつ死語であるために文法などの面で変化が起きない(現実には中世・近世を通して多少の変化はあったが)という面、あるいは1つの近代語の立場に偏らずに中立的でいられるという面も見逃すことはできない。無論これは他の古典語でも同じであるが、ラテン語が選択されたのは近現代におけるそうした学問が、良し悪しは別として、欧州中心のものであったことが反映している。現在も活用されている場面として、たとえば生物の学名はラテン語もしくはギリシア語単語をラテン語風の綴りに変えたものがつけられるのが通例である。 また、現在においてもラテン語の知識は一定の教養と格式を表すものであり、国(例アメリカ合衆国、スペイン、スイス、カナダおよびカナダの各州など)や団体(アメリカ海兵隊、イギリス海兵隊など)のモットーにラテン語を使用する例や、1985年にサラマンカ大学が日本の皇太子夫妻の来学の記念の碑文を、スペイン語ではなくラテン語で刻んだことや、イギリスのエリザベス2世が1992年を評して Annus Horribilis(アナス・ホリビリス、ひどい年)とラテン語(ただし発音は英語風)を使ったこともその現れといえる。日本でも高校野球の初代優勝旗には VICTORIBUS PALMAE(ウィクトーリブス・パルマエ、「勝利者に栄冠を」)と刺繍されていた。だが、ラテン語が今日の欧州で重視されているとまでいうことはできない。欧州諸国では第二次世界大戦前までは中等教育課程でラテン語必修の場合が多かったが、現在では日本での「古典」「古文」ないし「漢文」に相当する科目として存在する程度である。 日常会話という観点からみると、現代ではラテン語での会話そのものがほとんど存在しないため、死語に近い言語の1つであるともいえるが、ラテン語は今でも欧米の知識人層の一部には根強い人気がある。近年はインターネットの利用の拡大に伴ってラテン語に関心のある個人が連携を強めており、ラテン語版ウィキペディアも存在する(ラテン語: Vicipaedia)ほか、ラテン語による新聞やSNS、メーリングリスト、ブログも存在する。さらに、フィンランドの国営放送は定期的にラテン語でのニュース番組を放送している。 現在、ラテン語を公用語として採用している国はバチカン市国のみである。これは、現在でもラテン語がカトリック教会の正式な公用語に採用されているためであるが、そのバチカン市国でもラテン語が用いられるのは回勅などの公文書、コンクラーヴェの宣誓、「ウルビ・エト・オルビ」などの典礼文などに限られ、2013年の教皇ベネディクト16世の退位に際しては、退位の意思表明と理由は、教皇本人が作成したラテン語の文章の朗読で行われた。日常生活ではイタリア語が用いられる(バチカンはローマ市内にある)。
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