誤解による殺害
『ごん狐』(新美南吉) ごん狐は大変ないたずら狐で、ある時、兵十(ひょうじゅう)が病気の母に食べさせようとしたうなぎを、奪ってしまった。ごんはそのことを反省し、償いのために栗や松茸を、毎日そっと兵十の家に運ぶ。兵十はそれを「神様のお恵み」と考える。ところがある日、兵十は、ごんが家に入るのを見て、「また悪さをしに来たな」と思い、猟銃で撃ち殺した。
『三国伝記』巻2-18 狩人が山中の朽木の下で野宿をする。つないでおいた犬が、夜更けに主に向かって吠えかかる。狩人は怒って刀で犬の首を打ち落とす。首は樹上に飛び、狩人を狙っていた大蛇に食らいつく。犬は主を蛇から救おうとしていたのだった〔*『今昔物語集』巻29-32の類話では、犬は殺されずにすむ〕。
『千一夜物語』「シンディバード王の鷹」マルドリュス版第5夜 狩りに出たシンディバード王が、1本の樹から流れ出る水を杯に受け、愛鷹に飲ませようとする。鷹が杯を蹴り倒すので王が怒って鷹を斬ると、鷹は頭上を見よとの身振りを示し、死ぬ。樹上には蛇がおり、流れ出ていたのはその毒液だった。
『椿説弓張月』前篇巻之1第3回 鎮西八郎為朝は、狼の「山雄」を猟犬代わりにして(*→〔横取り〕1e)、狩りに出かける。明け方、山中の楠の株に腰かけて眠る為朝と従者重季に、「山雄」が激しく吠えかかる。為朝は「馴れたといっても狼のことだから、私を喰うつもりなのだろう」と誤解し、走り寄ろうとする「山雄」の首を、重季が斬る。首は飛んで、楠の梢にいたうわばみの喉に噛みつく。うわばみが為朝を呑もうとしたので、「山雄」は危険を知らせたのだった。
『パンチャタントラ』第5巻第2話 黒蛇が、寝台に眠る嬰児を狙っていたので、マングースが黒蛇と闘って殺し、嬰児を救った。ところがマングースの口に黒蛇の血がついたために、母親は「マングースが我が子を食った」と誤解して、マングースを殺してしまった〔*→〔見間違い〕4aの『サセックスの吸血鬼』(ドイル)は、この物語をヒントにして作られたのであろう。『ヒトーパデーシャ』第4話などに類話。『七賢人物語』「第一の賢人の語る第一の物語」では、猟犬が蛇を殺して赤ん坊を救うが、主人の騎士によって首をはねられる〕。
*→〔犬〕3の『弘法様の麦盗み』(昔話)・『忠義な犬』(昔話)。
★2.誤解によって人を殺す。
『グレート・ギャツビー』(フィツジェラルド)第7~8章 ギャツビーの車が女を轢き逃げし、女は死ぬ。運転していたのは彼の恋人デイズィだったが、女の亭主は、ギャツビーの仕業と思いこんで彼を射殺する。
『太平記』巻13「北山殿謀叛の事」 謀反の企てが発覚して(*→〔落とし穴〕2b)、西園寺公宗は出雲国へ流されることになった。公宗が護送の輿(こし)に乗ろうとした時、中将貞平が伯耆守長年に向かって、「早」と言った(「早く連れて行け」という程度の意味だったのであろう)。ところが長年は「『早く殺せ』との命令だ」と誤解し、すぐさま腰の刀を抜いて、公宗の首を斬り落としてしまった。
『二人兄弟』(グリム)KHM60 双子の兄が弟と間違えられ、弟の妻である妃と1つのベッドに寝かせられる。兄は自分と妃の間に両刃の剣を置く。後に弟は、「兄と妃が一緒に寝た」と聞いて怒り、兄の首を切る〔*しかし兄は生命の草の根のおかげで生き返り、弟は妃の言葉から、兄が貞操を守っていたことを知る〕。
『時鳥の兄弟』(昔話) 弟が山の薯のおいしいところを煮て兄に食べさせる。兄は、「弟はもっとうまいところを食べているのだろう」と疑い、弟を殺して腹を裂く。弟の腹の中は薯の筋ばかりだったので、兄は悔い悲しんで時鳥になった(富山県)。
『義経千本桜』3段目「すし屋」 いがみの権太が平維盛の首を取り、捕われの若葉内侍・六代君ともども梶原景時に差し出すので、我が子の非道に怒った弥左衛門は、権太を刺し殺す。しかし権太は維盛たちを救おうとしたのであり、維盛の首はにせ首で、若葉内侍・六代君と見えたのは権太の妻子だった。
*→〔愛想づかし〕4の『ルイザ・ミラー』(ヴェルディ)・〔子殺し〕3の『摂州合邦辻』「合邦内」・〔仲介者〕2の『オセロー』(シェイクスピア)・〔葡萄〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章・〔宿〕3fの『三国志演義』第4回・〔遊女〕2の『五大力恋緘』。
『暗殺の森』(ベルトルッチ) マルチェロは13歳の時、同性愛者リーノに犯されそうになり、拳銃で彼を撃って逃げた。人を殺した罪の意識から逃れるために、マルチェロは社会の秩序を守る正しい人間になろうと考え、ファシズム体制下の秘密警察の一員となる。彼は同志たちとともに、反ファシズムの教授クアドリ夫妻を暗殺した。やがてムッソリーニが失脚し、ファシズム崩壊を喜ぶ人々が街にあふれる。その中にリーノの姿を見て、マルチェロは驚愕する。リーノは生きていた。マルチェロは、誤解と虚構の上に自らの人生を築いてきたのだ。
『俺は待ってるぜ』(蔵原惟繕) 早枝子はキャバレーの歌手だったが、ヤクザに暴行されかかったため、花瓶をその男の頭にたたきつける。男が動かなくなったので、早枝子は「殺してしまったかもしれない」と思い、その場を逃れて、夜の埠頭にたたずむ。もとボクサーの島木譲次が通りかかり、2人は知り合う〔*ヤクザたちは、1年前、譲次の兄を殺していた→〔ボクシング〕3〕。
『犯人』(太宰治) 青年が、「恋人と暮らす部屋を貸してほしい」と姉に頼んで断られ、姉を刺して逃げる。青年は「姉を殺した」と思いこんで自殺するが、姉は腕に傷を負っただけだった〔*志賀直哉は雑誌「文芸」の座談会で、この作品について『読んでいるうちに話のオチがわかった』という趣旨の発言をして、太宰治の怒りをかった(『太宰治の死』)〕。
『アーサーの死』(マロリー)第21巻第4章 アーサー王とモードレッドが、両軍の見守る中で、14人を引き連れて対面し休戦協定を結ぶ。会見が終わり酒が運ばれた時、ヒースの中から毒蛇が這い出して、1人の騎士の足を噛む。騎士は剣を抜いて蛇を殺す。剣が抜かれたのを見た両軍は、ただちに戦闘態勢に入り、10万の兵が死んだ。
『神道集』巻8-48「八ヵ権現の事」 上野の国司家光の若君・月塞が、伊香保山船尾寺の稚児になるが、天狗にさらわれてしまう。母や御守役は悲嘆して自殺し、絶望した父国司は伊香保山で死のうと考え、家来たちと山へ登る。ところが船尾寺では、国司が寺を恨んで攻めて来たと誤解し、戦争になって寺は全焼する。その後、国司も病死する。
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