米国のダム事情
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日本のダム反対派に多大な影響を与えたものとして、組織の予算縮小に迫られていたアメリカ合衆国内務省開拓局の長官だったウィリアム・ピアーズによる、1995年の「アメリカにおいて、ダム建設の時代は終わった」という発言があった。ビアーズは日本弁護士連合会の招聘によって来日した際に上記の趣旨の発言を行った。これが日本のダム反対派を勇気付け、今に至るダム否定の流れを形成している。 この講演においてビアーズが述べたのは正確には以下の通りである。 「アメリカではダム建設の時代は終わったという避けがたい結論を得た。最早従来型の大規模な建設プロジェクトを遂行するだけの一般大衆の支援も政治的支援も当てには出来ない。現在遂行されているダム事業は速やかに完成させるが、今後新規の大規模事業が遂行される可能性はほとんどない。」 これが日本で大きな影響を及ぼし、計画中のダムのみならず建設途上のダム事業を中止させるという潮流になっている。 アメリカ国内には「アメリカン・リバース」、「フレンズ・オブ・ジ・アース」、「トラウト・アンリミテッド」という河川自然保護団体があり、ダム撤去に精力的に活動している。この3団体は1999年12月に『Dam Removal Success Story』(ダム撤去成功の物語)という書籍を発行した。これはアメリカ国内におけるダム撤去の統計および具体例を記したものであり、国土交通省もこの書籍を援用しダム反対派へ反論を行っている。この中でアメリカ国内では1999年までに467基のダムが撤去されている。現状ではその多くが国際大ダム会議が定義したハイダムの基準や日本の河川法・河川管理施設等構造令で規定された「ダム」ではなく、堤高15メートル以下の「堰」に分類されたものである。用途も治水・利水というよりは、特に自家発電や観光用としての目的を有するものがほとんどであり、管理主体も民間企業中心である。さらに彼らアメリカのダム反対派は撤去すべきダムの対象について同署のサブタイトルに、『維持管理しても意味のないダムを撤去し、河川をよみがえらせる』とその理念を記している。「フレンズ・オブ・ジ・アース」のジョーン・カントレルは「アメリカではダム撤去は急進的なものではない」と述べている一方で、「(ダム撤去を)全米7万5,000箇所の大ダムに適応すべきとは考えていない。撤去の条件は環境・安全性・経済性の三条件が揃ったときである」とも述べている。また『Dam Removal Success Story』には「堆砂などが及ぼす河川環境への負荷を考慮した場合、無闇にダム撤去を進めるべきではない」とダム撤去に際して注意すべき点があることにも言及している。 現在のアメリカ政府のダム建設に対する考え方であるが、当の内務省開拓局は「(ビアーズ発言は)別にショックを受けるようなことではない」と述べ、予算と環境への負荷、そして大ダム建設が可能な地点の枯渇を考えれば今後は別の水資源開発の方法を模索すべきだとも述べている。その一方で「ダムを造るかと問われれば『造る』と答える」とも答えている。アメリカでなぜダム建設がセーブされたかであるが、一つは国内にある全ダム数が約7万5,000箇所で日本(約2,800箇所)の約30倍、総貯水容量が約6,148億立方メートルと日本(約222億立方メートル)の約300倍に当たり、水資源開発の緊急性を帯びていないこと、整備水準が高いため補修で事足りていること、さらに河川勾配が緩やかなため治水の問題が低いこと、火力発電が主力であること、などが挙げられる。事実、アメリカでは6,786基のダムにおいて改修事業が行われており、撤去ダムの約15倍の数に当たる。またダム建設が全く新規で行われていないかと言えばそうではなく、国際大ダム会議が1999年に行った調査によれば水不足が頻繁に起こるカリフォルニア州において42基のダムが建設中とされている。 アメリカにおけるダム撤去の代表例として日本でも喧伝されたワシントン州エルワ川のエルワーダム、グラインキャニオンダムの場合、1918年の完成直後ダムの一部が破壊し、修繕を行ったものの老朽かも手伝って漏水が続く状況であり、政府が策定したダムの安全基準にも抵触する状態であった。またエルワ川は絶滅危惧種も含むサケの宝庫であったため、生態系への影響も重要な論点であった。そこに水利権更新問題があり、彼らの権利を蹂躙する建築物であるがためにダム建設当時から反対していた先住民がサケ漁業権の復活を求めダムの撤去を主張、環境NGOや学者も生態系保護の観点から同調した。管理していた民間企業は水利権の更新を求め電力行政を管轄する連邦エネルギー省に申請を行ったが、省当局はこれを自然保護とダム安全性の観点から却下。連邦議会の調停もあって1992年にエルワ川環境回復法が制定され、連邦政府が企業に対し補償額2億9,500万ドルを払ってダム撤去が決定した。エルワ川のダム撤去は先述した環境・安全性・経済性の三点でエルワ川の2つのダムが満足する稼働状況にないという背景があり、当事者の合意と全米規模での議論を経て撤去が進められている。また、計画の費用には、撤去後の河川環境のモニタリングも含まれており、アメリカでは河川生態系の回復の行方も注視されている。 日本ではピアーズの発言の影響を受けダム撤去論が台頭し、熊本県の荒瀬ダム(球磨川)や高知県の家地川ダム(四万十川)の撤去要望が高まっている。ダム撤去による河川再生・漁業環境の良化がその目的であるが、関係各方面にその重要性が認知されていないため、行政と住民との間、また流域住民の中でも賛否の声が上がっている。さらに、エルワ川のダム撤去に係る総費用は1億4,200万ドルと予想されており、財政難にあえぎ自然環境保護について理解が浅い日本の地方自治体が捻出できるかは、不透明である。このため荒瀬ダムは撤去が本決まりになりながら財政的な問題から2008年(平成20年)に撤去は一旦白紙となり、2010年2月3日に再度撤去方針が示されるといった状況がある。また、日本でも従来のコンクリートで固めた護岸工事を反省し自然に近い形での河川再生事業を国土交通省や各地方自治体が始めている。例えば魚類遡上促進のために固定堰や床固工の撤去、千歳川や北上大堰(北上川)などで「自然化工法」と呼ばれる護岸工事などである。ただし、こうした工法の成果を確認するためのモニタリングはなされておらず、効果のほどは不明である。
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