損害賠償請求訴訟提起
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 17:16 UTC 版)
「千日デパートビル火災民事訴訟」の記事における「損害賠償請求訴訟提起」の解説
松和会と日本ドリーム観光との交渉は一向に進まず、同社の態度が変わる様子もなかった。松和会としては仮処分申請を取り下げざるを得なくなったとなれば、あとは訴訟を起こすしか解決策は残されていなかった。1973年10月11日、松和会会員35名(以下、原告と記す)は、日本ドリーム観光(以下、被告と記す)に対して火災によって被った物損額および弁護士費用の合計2億2,832万5,026円を請求する損害賠償請求訴訟を大阪地裁に提起した。 本件訴訟本来の目的は、賃借権の保障と損害賠償請求であったが、とりあえず被告の責任を明確化することに主眼が置かれた。本件訴訟は失火元(ニチイ)に対する訴訟ではなく、被告が自らの責任を否定して「我々こそが火災被害者である」と主張していることに加え、「管理責任にはいろいろな意味がある。火災に対して我が社が全ての責任を負うわけにはいかず、裁判で争う」などと各テナントに対して保安管理契約が存在しないと主張しており、さらには資本金76億円の大手企業相手の訴訟であることなど、原告が勝訴するには厳しい裁判になると予測されたことから、勝てる見込みがあるところから攻める方策がとられた。そのために賠償額と補償範囲の請求を最小限に留めていた。被告と各テナントの間で交わされている賃貸借契約には、商品や店舗に対する保安管理義務を具体的な文言で記した条文や条項は無かった。それを根拠に被告同社は責任を一切認めようとしなかったので、原告は状況証拠を積み上げて被告の原告に対する保安管理契約の存在および保安管理義務と債務不履行の責任があることを証明しようとした。 公判において原告が示した被告の保安管理契約が存在する根拠は以下のとおりである。 被告は、千日デパートビル内の保安管理業務を被告人らがおこなう前提で各テナントの夜間宿直を禁止していた(店内規定10条四項)。 各テナントは、賃料とは別に毎月「付加使用料」名目の「共同管理費(以下、管理費と記す)」を支払っており、その一部は保安係員の給与に充当されていた。 原告が被告に支払っている管理費は、保安管理業務をおこなうための対価であり、その額は一坪当たり月額2,500円で高額だった。 被告は、保安係長を人員整理しようとして松和会が反対した際に、千日デパート管理会社社長が「商品などの保安面は自分が監督し、何か起きた時は会社が責任を持つ」と発言したことがある。 被告は、店内の夜間工事に際して保安係員を終始立ち会わせ、保安管理業務をおこなわせると約したうえで、1972年3月に人件費高騰を理由に管理費の値上げを各テナントと交渉していた。 管理費の値上げ交渉をした際に被告が示した保安係員の職務規定には「火災等に対する保安上の予防ならびに監視に関する業務」「店内諸工事に対する立会い、ならびに監督業務」と明記されている。 デパート閉店後の深夜、デパートビル内に泥棒が入ってテナントの商品が盗難された際に被告は保険で補填された分を差し引いた金額を賃借人に弁償したことがある。 賃貸借契約書には「被告の責任によらない事故等でテナントが被った損害は、その責を負わない」と書かれているが、被告の説明では「契約書に書かれているとおりである。管理上の不手際があり、会社に責任がある場合は全責任を負う」と発言している。 ビル管理に不安を感じた各テナントは、管理組合を作って自主的に管理したいと被告に提案したところ、「管理は我社が責任をもってやる」「テナントの行為は奪権行為だ」などと発言し、提案は受け入れられなかった。 また原告が示した「被告には保安管理契約に基づく債務不履行の責任があった」ことの根拠は以下のとおりである。 被告には、テナントがおこなう店内工事に際して工事届を提出させ、保安係員が工事業者の出入りを確認する義務がある。ところが火災当日において工事届は提出されておらず、その状況で工事人らを漫然とビル内に入館させ、工事を施工させた。被告は保安係員の閉店時の巡回の際に3階で未届の工事作業を現認しながら、それを中止させる措置を取らず、工事人らの入館確認(氏名、人員等)も怠った。 被告は、防犯防火の保安管理のために保安係員を夜間店内工事に立ち会わせ、工事人らの工事業務を監督すべき業務を負担しているが、火災当日の工事に保安係員を立ち会わせず、工事人らに対する監督業務を尽くさなかった。 被告は、万が一に火災が発生した場合には損害を最小限に抑えるために原告の財産を保全するため、保安係員および工事業者に火災の通報や消火活動に関する教育をおこなう義務を負担しているが、被告は工事人らに防火教育を尽くさなかったことにより火災を初期段階で消火できなかった。 被告は、保安管理業務を遂行するにあたり、一定数以上の保安係員を常に確保する責務を負っているが、当初は8名の人員で夜間業務をおこなっていたところ、被告は原告の承諾も得ずに6名まで人員を削減した。火災当夜においては4名の保安係員で夜間業務をおこなっていたにもかかわらず、欠員の補充を怠った。このため工事の立会いや監督を為し得ず、火災発生に際して初期消火や延焼防止等の十分な保安業務を遂行できなかった。 以上の請求原因により、原告は被告に対して損害賠償請求の金員および損害賠償を請求した日(1972年5月18日)以降の法定割合による損害遅延金の支払いを求めるとした。 公判において被告は、原告側の請求原因の主張に対して以下の答弁をおこなった。 以下については、いずれも認める。火災の発生状況と発生原因について。 テナントに夜間宿直を認めなかったこと。 テナントが被った盗難被害の損害金の一部を補填したこと。 一坪当たり月2,500円の管理費を各テナントから徴収していたこと。 管理費に保安係員の人件費が含まれていて人件費と管理費との間には対価関係があること。 千日デパートビルにおいて原告が被告から各階の床部分を区分して店舗営業用として賃借していた実態と状況は、坪数と金額を除いて認める。 以下については認めない。上記について、それらが原告と被告間の保安管理契約に基づくものであるとの主張は認めず、全面的に争う。 保安管理契約については、それを締結したことは否認する。ただし1963年(昭和38年)7月に千日デパート管理会社から日本ドリーム観光が業務を引き継いだことは認める。 デパート保安係員は、被告が独自におこなう千日デパートビル全体の維持管理、運営の一環として夜間当直をおこなってビルを警備していたものである。したがって原告と被告の間に有償の保安管理契約があったことにはならない。管理費と保安係員の人件費との対価関係においても、各店舗部分を管理する義務および本件火災の結果責任を問うような管理義務が被告に存在するものではない。 原告に対する債務不履行があったことを否認する。ニチイの工事に際して工事監督から被告に対して事前に「工事願い」が提出されており、火災当日においては保安係員が工事人らの出入りを確認している。本件火災は被告にとっては不可抗力であり、その損害の責任はニチイが負うべきであるから被告に賠償責任はない。 原告が被った損害について、火災による焼損および冠水があったこと、原告と被告間に商品や什器備品などの損害についての折衝があったことは認める。しかしながら、被告が損害賠償に応じなかったことから原告が訴訟代理人に委任して本訴を提起し、弁護士報酬の支払いが発生し原告らが損害を被った事実は被告としては不知であり、損害賠償金の支払いについては争う。 上記の答弁に加えて被告は仮定抗弁をおこない「仮に原告(松和会会員)に対する『保安管理契約』があったとしても、債務は履行しており、原告が本件火災によって被った損害は、被告の責任によらない事由によるものである」との主張をおこなった。抗弁のなかで被告は、テナントがおこなう店内改装工事の管理監督について「工事の際にはテナントに保安管理上の注意を与えていたうえで工事を認めていた。また被告は工事現場を回って保安管理上の点検をおこない、その都度テナントに注意していた。火災当日は工事の管理監督はニチイがおこなっていたのであるから、被告がおこなう保安管理は従来からの内容で十分であり、それで過去に問題が起きたことも無かった。被告はニチイに対して事前に保安管理上において喫煙などの注意すべき事柄を打ち合わせを開いたうえで要望し、書面で手渡している。よって工事の管理監督はニチイが行うべきものである」と主張した。保安係員が火災発生後に取った措置について被告は「(経過説明を加えながら)消火活動や消防への通報、消防隊が到着してからの隊員の誘導など、可能な限りの対処をした」ことを主張した。また被告の責任については「火災の原因はニチイの店内工事をおこなった工事人の火の不始末であり、ニチイが当該工事を管理監督していた。被告はニチイに対して事前に火気の取り扱いなど保安管理上の注意を与えており、閉店後の館内巡回の際にも保安係員が工事人に火気について念押しして注意を与えていた。火災発生後は保安係員が極限状態にありながらも可能な限り消火に向けて対処した。以上のことから本件火災の発生および延焼について、被告に責められるべき点は何ら存在しない」と主張した。 被告の仮定抗弁に対して原告は認否と反論をおこない「火災の原因が工事人のタバコの不始末に起因することは認める。しかしながらニチイのデパートビル3階の管理は独占排他的なものではない。3階にはニチイ以外に原告会員の店舗が3店舗営業しており、被告は、それらに対する保安管理業務も履行しなければならない。ニチイは、被告の原告に対する保安管理義務の履行補助者に過ぎない。工事人のタバコの不始末が火災原因であるならば、その責任は監督者であるニチイにあり、ニチイの責任はビル管理者である被告の責任である。また被告はニチイが保安管理業務をおこなううえで、工事人に防火教育をおこなっているかを監督し確認する義務がある。被告はその義務すらも怠っている」と主張した。 以上のように保安管理契約の存在と右契約に基づく債務不履行による責任の有無に関する原告と被告との主張は真っ向から対立した。本件訴訟についてはビル所有者とテナント間の賃貸借契約に関する法律的な解釈の先例が乏しく、ビルの管理責任に関する裁判も分野的に新しい案件であることから難しい訴訟となった。文言による契約が存在しないことは原告側には圧倒的に不利であり、仮に保安管理契約が存在すると認められたとしても、その契約を日本ドリーム観光が履行しなかったことにより火災が発生し被害が拡大したことを証明できなければ、右被告同社の責任を問えなくなる可能性があると考えられた。失火の責任は工事をおこなったニチイにあるが、工事に立ち会う責任と義務は保安管理契約があるとすれば、根本的な責任は被告にあると考えられるところだが、実際に債務が履行されたのかどうかなど、訴訟に勝つために証明されなければならないことは多かった。 1974年(昭和49年)12月末、被告の証人尋問がおこなわれた直後に裁判長から突然の「結審」が宣言され、次回の公判で判決が下されることになった。これは民事訴訟法第184条(現245条)の規定による中間判決であると解釈された。ただし原告が勝訴すれば「中間判決」となるが、敗訴した場合は「終局判決」となり、原告の訴えは棄却されて裁判はそこで終わるのであるから、どのような判決が下されるのか次回の公判が注目された。
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