導入前史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/06 04:15 UTC 版)
日本国内で行われるIPO時の価格決定については、ブックビルディング制度導入までも、様々な検討がなされ、その都度、価格決定方法は変遷した。(以下では、ブックビルディング方式導入に至るまでの経緯をまず解説する。) そもそもIPO時の公開価格の決定は1970年までは、各引受証券会社で、国税庁の定めていた相続税の財産評価に関する方式を基本とし、これに同業種の上場会社との利回り、株価収益率、財務比率等の比較による修正及び市場性などの勘案を行ったうえで、ある程度のディスカウントを行うという方法で価格算定を行っていた。しかしながら、この算定方法について証券会社間で統一された基準がなかったため、各引受証券会社が独自の考え方を混ぜ入れて最終的なディスカウント率を算定出来てしまうという問題があり、実際の値付けも各社各様でバラバラなものとなってしまっていた。しかし、1970年代後半は新規上場会社が増加するとともに、初値と公開価格の値開きが大きくなりIPO銘柄への投資が人気化した時代でもあり、そのような中で、公開価格の適正化を図るため、公開価格算定方式の統一化及び合理化を図る必要性が生じていた。そこで、引受業務に関する業者ルールを定めていた総合証券会社7社で「株式公開価格算定基準」を定め、公開会社の株価算定の基礎とするために類似会社を選定し、公開会社と類似会社との1株当り配当金、純利益及び純資産について、定められた比率に基づき新規公開株の株式公開価格を算定する方法により、株式公開価格算定方式の統一化を図った。この株式公開価格算定基準は、後に入札制度における下限価格決定方式としての類似会社比準方式を定めるうえで基礎となっている。 今日でもIPO銘柄に関する問題の大半は、証券会社が実際に配分することによる利益供与の問題として取り扱われることが多いが、それは、1970年の「株式公開価格算定基準」制定当時も同じであった。日本証券業協会が公表した『会員におけるブックビルディングのあり方等について』によれば、1973年6月、殖産住宅の会社関係者が上場間近の自社株を買集め、上場時に売却して多大な利益を得たうえに、同社株が自社のIPOに利便を与え得る立場の者などに不公正な配分が行われた事件があげられている。このほか、1988年には、リクルートの子会社であるリクルートコスモスが店頭市場に登録する直前に、未公開株であったリクルートコスモス株が政治家や官僚に譲渡されるという贈収賄事件が明らかとなり社会問題化した、いわゆるリクルート事件も、新規公開株に関する問題の1つであると、先述の報告書では記載されている。このようなIPO銘柄に関する問題に対しては、IPO直前の一定期間における利害関係者への公開予定株式の異動等は禁じられるなど、対策措置は講じられたものの、そもそも「これらの問題の根源には、公開価格と初値の乖離の問題が存在」しており、その解決が必要である旨が『第9回大蔵省証券局年報(昭和46年版)』で指摘された。具体的には、新規公開に伴う公開価格は、当時は前述の類似会社比準方式で決定されていたが、この価格は実勢より低くなることが一般的だが、これは極端に安い価格で利害関係者に予め配分した結果、IPO後必然的に価格が上昇することで不当利益を生み出し、それが転がり込むことを目論んでいるからであり、この現状が問題であるというのが、指摘の趣旨である。 日本証券業協会が前述の報告書を作成するにあたり、当時の状況を実際のIPOに際して値付けが行われた公開価格と初値について比較調査したところによれば、「公開後の初値は、平均して公開価格の1.3倍ないし1.5倍となっており、初値が公開価格を下回った事例は見受けられなかった。」としたうえで、同報告書の中で、公開価格と初値の間に起きたこの乖離は、「主たる原因として、公開価格が企業の財務内容から算出した理論価格であるのに対し、初値は投資家の実際の需要により決定される価格であり、新規公開株に対する人気や成長性に対する期待が反映していることにある」というように当時の大蔵省は判断したのではないかと結論付けている。また、本件を受けて、大蔵省の証券取引審議会などでは、公開価格と初値の乖離を問題視する議論がなされると同時に、その理由として公開価格の決定方式に問題があるからではないかと結論付け、1970年以降用いられていた株式公開価格算定基準による価格決定に代わる新たな価格決定方法を、証券会社に導入させることで対応することが適当であると決定された。この決定を受け、1988年12月には、大蔵省の証券取引審議会不公正取引特別部会において『株式公開制度の在り方について-問題点とその改善策―』と題された報告書が取り纏められた。そこでは、次の段落に記載の内容が記載された。 公開価格の算定にあっては、価格形成の公正性と配分の公平性を意識し、一般投資家の需給を反映した価格決定がなされるべきであるが、その方法としては、IPO銘柄の全量又は一部を入札により配分する方法が考えられたことから、全量入札で行う方法と一部入札で行う方法を比較したところ、次の通りの結果が得られた。仮に全量入札を実施した場合は、募集又は売出しにおける価格決定や需給が、その時々の相場環境で著しく不安定になりかねず、結果として発行体の募集又は売出しの実施が困難になりかねない。一方で、一部入札を行ったとすれば、一般投資家でも入札により自由に購入申込みを行うことが可能になると同時に、当時の一般投資家にとって馴染み深い固定価格による募集又は売出しも併用できることから、IPO銘柄の安定消化が可能になるものと考えられ、そのうえ、公開価格の決定に一般投資家も参加する形で決められることで透明性が担保できるというメリットがある。これが、全量入札と一部入札について比較したところ得られた結論である。この比較結果を受けて考えられる具体的なIPO銘柄の価格決定方法の改善策として、まず、類似会社比準方式により算出した価格を参考に、IPO銘柄の一部を一般投資家の参加する入札に付し、さらに入札の結果提示された落札価格が基となった公開価格を定め、残りのIPO銘柄の募集又は売出しを行う方法が適当であると考える。 この取りまとめを受けて、東証や大証などの各証券取引所及び当時店頭市場の運営を行っていた日本証券業協会では、公開価格の決定方式の変更や公開前の株式の配分に関する規制の強化などを実施し、1989年4月から、前段の報告書に記載された内容と同様の価格決定を行うこととした。特に、この改正の端緒となったIPO銘柄の価格決定については、一般投資者からの需要を価格決定に反映することで、公開価格と初値との乖離が発生する問題の解消を図ろうと模索している。併せて、一般投資者にIPO銘柄の取得ができるチャンスを増やすことを目論んで一般競争入札を導入している。具体的には、類似会社比準方式により各引受証券会社が算出した価格を入札の下限価格とする。あわせて下限価格に1.3を掛けた額を上限価格とし、その価格の範囲内で、公開株式数の1/4以上半数以下の範囲の株数を入札に付す。この入札の結果、落札された価格の加重平均価格を公開価格とし、入札後の残りの株式を引受証券会社が販売する方式が、新たな価格決定方式とされ、これを一部入札方式と呼ぶ。 この一部入札制度による価格決定方式の導入の結果、1990年から1991年夏にかけては、多くの銘柄において上限価格に応札が集中する傾向が顕著となったが、バブル崩壊の影響を受けて市況環境が大きく悪化した1991年秋頃からは、一転して入札の人気が急速に低下した。そこで、入札制度における価格決定機能を強化するため、1992年4月には日本証券業協会では、入札の上限価格を撤廃すると同時に、入札の下限価格についても類似会社比準方式で算出された価格に0.85を掛けた額を同等又は上回る額であればよいとする規則の改正を実施した。また、あわせて入札に付する株式数を公開される株式数の半数以上とすることとした。さらに1992年8月には政府が総合経済対策の1つとして、IPO制度の規制緩和を打ち出し、落札加重平均価格を基準としつつ、引受証券会社が入札状況、期間リスク、需要見通し等を勘案して公開価格を決定することを解禁したものの、依然として欧米では見られない日本独自の、引受証券会社が株式公開時の価格決定にはほぼ関与できないという状況が続いた。さらに、前述のような大蔵省などの強い意向により導入されていた入札制度は、多数のIPO銘柄において、理論価格を基として入札を行うというやり方で公開価格を決めていたにもかかわらず、IPO直後から市場価格が急落し、売買高も減少するという問題を生んでいた。この問題については、「入札制度は、公開価格が一般投資家による入札結果等に基づき決定されるものの、入札が新規公開株の一部についてのみ行われること等もあり、発行済株式数全体の需給を反映したものとはならず、そのため、公開価格が高く設定されがちであり、公開後の円滑な流通に支障をきたすとの指摘があった。」と日本証券業協会は『会員におけるブックビルディングのあり方等について』において記載している。あわせて、同報告書では「入札申込上限株式数が制限されているため、価格算定能力が高いとされる機関投資家や外国人投資家等、大口投資家の需要が結果的に排除されているという問題点は強く指摘された。」とも記録している。日本証券業協会によると、人気度の高い銘柄においては、個人投資家を中心に多くの小口の投資家が自分が配分を受けられるように適正な価格と自身が判断する価格と比べても、より高い価格で応札を行い、その結果、実態の伴わない企業価値水準で落札がなされてしまい、公開価格も高くついてしまうがIPOがなされた後は、一転して実態の伴った企業価値水準を追うが如く株価は大幅に下落してしまうというのが、問題の本質である。なおこの公開価格からの下落はその後の資金調達に支障を来たすという別の問題も引き起こした。
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