医王寺 (八代市)とは? わかりやすく解説

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医王寺 (八代市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/07 23:20 UTC 版)

医王寺

特徴的な仁王像と医王寺本堂
所在地 熊本県八代市袋町5-34
位置 北緯32度30分20.7秒 東経130度36分19.7秒 / 北緯32.505750度 東経130.605472度 / 32.505750; 130.605472 (医王寺 (八代市))座標: 北緯32度30分20.7秒 東経130度36分19.7秒 / 北緯32.505750度 東経130.605472度 / 32.505750; 130.605472 (医王寺 (八代市))
山号 白雲山
宗旨 古義真言宗
宗派 高野山真言宗
本尊 薬師如来立像
創建年 不詳
正式名 白雲山醫王寺
別称 足手荒神
札所等 九州八十八ヶ所百八霊場第54番札所
文化財 薬師如来立像ほか
法人番号 1330005006025
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医王寺(いおうじ)は、熊本県八代市袋町にある高野山真言宗の寺院。九州八十八ヶ所百八霊場第54番札所。通称は足手荒神[1]

歴史

開基年代は不明だが、平安中頃の創建と伝える古刹である。当初は松江村と言った長丁筋(現在の八代市通町)にあったとされる。 天正(1573 – 1592)年中、キリシタンである小西行長によって破却され、寺跡は薬師森と呼ばれたという。

寛文2年(1662年)、八代城主・松井寄之が石原町(現在の八代市宮地町)に再建。 寛文5年(1665年)10月、夫の病気快癒を祈願した松井寄之の室・崇芳院尼が、現在地に移築して再興した。 当山派修験道山伏・宝光院玄竜を住職とし、松井家の祈禱所としたという。

明治政府による神仏分離令を受けて、八代妙見宮(現在の八代神社)の普門院院主・阿度霊光が当寺に入って住持となり、院に安置されていた妙見菩薩像、石造の金剛力士(仁王)像や什物が寺に移された。

文化財

重要文化財(国指定)

熊本県指定重要文化財

八代市指定有形文化財

八代市指定有形民俗文化財

その他

行事[4]

  • 毎月1日 - 足手荒神祭
  • 毎月15日 - 足手荒神祭

御詠歌

有明の海に白雲たなびきて あまねく救う瑠璃光の寺

所在地

熊本県八代市袋町5-34

交通

周辺

注釈

  1. ^ 『全国寺院名鑑 中国・四国・九州・沖縄・海外篇』203頁、『熊本県の地名』728頁、『角川日本地名大辞典 43 熊本』121頁、『日本名刹大事典』24頁
  2. ^ 『角川日本地名大辞典 43 熊本』121頁
  3. ^ 『九州八十八ヶ所百八霊場ガイド』69頁
  4. ^ 九州八十八ヶ所百八霊場会サイト内「第54番 白雲山 医王寺」の「行事」による。

参考文献

  • 森本一瑞『肥後国志 巻之13』(熊本活版舎,1885)68-69丁
  • 『全国寺院名鑑 中国・四国・九州・沖縄・海外篇』(全日本仏教会寺院名鑑刊行会,1969)203頁
  • 『日本歴史地名大系 第44巻 熊本県の地名』(平凡社,1985)728頁
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編『角川日本地名大辞典 43 熊本』(角川書店,1987)121頁
  • 圭室文雄編『日本名刹大事典』(雄山閣出版,1992)24頁
  • 春野草結『九州八十八ヶ所百八霊場ガイド』(朱鷺書房,2011)69頁

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