動物学と人類進化論
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「インセスト・タブー」も参照 人間のインセスト・タブーに関しては、今西錦司のようにサルのインセスト回避との連続体として捉える考えもある。現在のバース・コントロールの多様さや密室が多く用意されている文明社会ではインセスト・タブーは不要であるとの指摘もあり、今西錦司はインセスト・タブーは大昔の村落共同体が社会単位であった頃にできたもので、今の文明社会では役に立つものではなく、フリー・セックスの時代になったら母息子、父娘、兄弟姉妹のインセストがどこかで行われていたところで咎めようがないとしている。今西錦司は社会構造を伝統や文化として考える立場だったのだが、伊谷純一郎はまずインセスト回避があって社会構造は後付けだと主張したことから、今西錦司が伊谷純一郎を批判する事態になった。ちなみに西田利貞は、当初は近親交配回避の話について今西錦司の立場に同調するような姿勢を見せていたと中村美知夫は述べる。 山極寿一は三浦雅士との対談において、かつて伊谷純一郎が「霊長類の社会構造」(1972年)で示した仮説としてインセスト回避が霊長類の社会構造の基礎であるという仮説があったが、その後この仮説は哺乳類一般まで普遍化が可能な代物であることがわかってきたとしている。なお、山極寿一によれば、霊長類は普通オスが群れから出て行くインセスト回避の形式だが、人間により近い類人猿の場合メスが親元から出ていくためこの規則は当てはまらず、テナガザルやオランウータンではメスもオスも親元から離れるのだが、ゴリラでは群れに残るオスがぼちぼちと出始め、チンパンジーやボノボに至っては群れから出て行くのはメスだけでオスはもっぱら群れに残るといったように父系重視の傾向が鮮明化するという。また、ゴリラは親元に息子が留まり続けようとすると、父親と息子で交尾する相手が競合しかねないため、通常は息子は親元を離れるのだが、まれに父親が娘と交尾しないのを利用して、その父親の娘たちを交尾相手にして息子が親元に残る場合もあるとも山極寿一は述べる。2015年、近親交配がアフリカ中部のマウンテンゴリラの生存に役立っているとする研究をクリス・タイラースミスらが発表した。 平山朝治 (2003) は、人間はネオテニー進化を経た存在であるという見解について触れ、ボノボやチンパンジーでは性的に成熟した息子が母親と性交することはまず見られないものの、性的に成熟していなければ母親と性交する現象が確認できることから、ネオテニーの子供の場合では母親が息子のことをまだ子供だと錯覚しているため、より母と息子の近親交配が起こりやすいという仮説を立てている。実際にボノボの母と息子の交尾類似行為を観察した橋本千絵と古市剛史は、この行為は母親に性的興味があってやっているというよりも、母親にかまって欲しくてやっている行為のようだと論じている。 桑村哲生は、クマノミ類は親子のように見える三匹には実は血縁関係はなく、雌がいなくなると雄が雌に性転換し未成熟な第三個体と交配するという特性を持つと指摘した上で、カクレクマノミを扱った『ファインディング・ニモ』を実際の話に置き換えると、育ての父親が母親になって育ての息子とカップルになる話になってしまうと論じている。元村有希子は桑村哲生の『ファインディング・ニモ』の例え話について、父親と息子が愛し合い子供をもうけることが問題視されるのは人間の世界の話であり、魚の世界の価値観に基づくものではないと指摘している。 尾本恵市 (2017) は、一般論としては身近な相手に性的魅力を感じないといっても、娘を犯す異常な父親は実際に存在すると山極寿一に指摘する。核家族間の交配を含む近親交配の事例は人以外の動物でも、ウタスズメ、ガラパゴスフィンチ、オグロプレーリードッグ、その他類人猿などでも確認されており、一定数存在するこれらの近親交配がその種にとって有利な選択になる可能性が指摘されている。まず、血縁者同士で儲けた子供の方が非血縁者同士で儲けた子供よりも自分の遺伝子のコピーを多く受け継ぐというものである。その結果、生存する子が両方同じ数である場合、個体が後代に残せる遺伝子が血縁者同士で子供を儲けた場合の方が多く残すことが出来る。また、血縁者同士の交配は、非血縁者同士の交配よりも比較的若い年齢で始まることが指摘されている。その結果、その個体の生涯における繁殖成功度が非血縁者同士の交配よりも、血縁者同士の交配の方が高まる。現代社会における結婚年齢は、夫婦が非血縁者同士である場合よりも、いとこ同士である場合の方が低いという。そのためか、いとこ婚の夫婦の子供の出生率は相対的に高い傾向がある。ローマ期エジプトの兄妹婚においても、若い夫婦が多く、非血縁者同士の男女よりも兄妹の方が早く結婚していた可能性が指摘されている。血縁者同士の交配の方が若くで始まる傾向があるということは人以外の動物でも観察され、ウタスズメは、繁殖開始年齢を下げるために近親交配をしているという。東京大学大学院理学系研究科教授の青木健一は、これらの理論をもとに集団生物学的にその種の集団間に存在する一定数の兄妹交配がその種にとって利益をもたらすものであり、その利益に与るために集団間に一定数兄妹交配の夫婦が存在するように適応進化したかどうかを解析するモデルを構築した結果、兄妹交配を行う性向が進化するための条件が満たされている可能性があると言及している。 アダクチリディウムなどのダニの複数の種類、ギョウチュウ、様々な種類の昆虫は日常的に近親交配を行うことが知られている。ガイマイゴミムシダマシに寄生するダニは、親から雄と雌が1体50の割合で生まれるが、行動範囲が狭く他の家族と接触する機会がないため、同じ親から生まれた兄妹で近親交配を行う。トコジラミも近親交配を日常的に行っており、一匹の妊娠した雌がいれば、その子供達同士で交尾し大規模に繁殖をすることができる。哺乳類においても、シママングースは近親交配を日常的に行っており、父親と娘が近親交配していることも観察されている。これは、一つの血縁関係のあるグループ内で近親交配をした方が、家族から離れ、他のグループの成員を探しに行くことで死亡するリスクを支払うことより利益が大きいからだという。明治時代の日本のトキのように人為的な理由から近親交配に追いやられた動物もいるが、結局最後の日本のトキだったキンが2003年に死に、全滅してしまった。酒井仙吉は、ニワトリでは近親交配によって受精率の低下などがみられ、ヒトでも同様の現象が起こると述べている。
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