学校法人日本大学 学校法人日本大学の概要

学校法人日本大学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/26 00:10 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
学校法人日本大学
Nihon University

学校法人日本大学本部、2007年
法人番号 5010005002382
理事長 加藤直人
専務理事 常務理事:石井進・越智光昭・井手達雄・服部史郎・大里裕行[1]
所在地 日本 東京都千代田区
九段南四丁目8番24号
ウェブサイト https://www.nihon-u.ac.jp/
プロジェクト:学校/学校法人の記事について
Portal:教育
テンプレートを表示

基礎データ

所在地

  • 東京都千代田区九段南4-8-24(本部)

理事長

総長・学長

2013年4月総長制から学長制に移行

歴代 名前 フリガナ 任期
初代校長 金子堅太郎 カネコ ケンタロウ 1889年10月 - 1893年7月
第2代校長、初代総長 松岡康毅 マツオカ ヤスコワ 1893年12月 - 1923年9月
第2代総長 平沼騏一郎 ヒラヌマ キイチロウ 1923年11月 - 1933年3月
第3代〃 山岡萬之助 ヤマオカ マンノスケ 1933年8月 - 1946年1月
第4代〃 呉文炳 クレ フミアキ 1946年1月 - 1958年6月
第5代〃 永田菊四郎 ナガタ キクシロウ 1958年6月 - 1969年8月
第6代〃 鈴木勝 スズキ マサル 1969年9月 - 1984年8月
第7代〃 高梨公之 タカナシ マサユキ 1984年9月 - 1990年8月
第8代〃 木下茂德 キノシタ シゲノリ 1990年9月 - 1993年8月
第9代〃 瀬在良男 セザイ ヨシオ 1993年9月 - 1996年8月
第10代〃 瀬在幸安 セザイ ユキヤス 1996年9月 - 2005年8月
第11代〃 小嶋勝衛 コジマ カツエ 2005年9月 - 2008年8月
第12代〃 酒井健夫 サカイ タケオ 2008年9月 - 2011年8月
第13代〃 /学長 大塚吉兵衛 オオツカ キチベエ 2011年9月 - 2020年8月
第14代〃 /学長 加藤直人 カトウ ナオト 2020年9月 -

前身組織

  • 皇典講究所(1889年-1898年) 
  • 財団法人日本法律学校(1898年-1903年)
  • 財団法人日本大学(1903年-1951年)

併合法人

分割法人

  • 財団法人大阪専門学校(現・学校法人近畿大学) - 完全に独立
  • 財団法人日本第一学園(現・学校法人日本大学第一学園) - 分割後も提携
  • 財団法人日本第二学園(現・学校法人日本大学第二学園) - 分割後も提携
  • 財団法人日本第三学園(現・学校法人日本大学第三学園) - 分割後も提携
  • 財団法人大阪学園(現・学校法人大阪学園) - 完全に独立

建学の精神(校訓・理念・学是)

日本大学では1914年に4ヶ条からなる「建学ノ趣旨及綱領」が制定され[2]、それが戦後(1949年)の改定により「目的および使命」と形を変え、さらに創立70周年を迎えた1959年の再改定によって現在の姿となった[3]。 また、2007年6月1日に教育理念として自主創造を選定した[3]

目的および使命

日本大学は 日本精神にもとづき
道統をたっとび 憲章にしたがい
自主創造の気風をやしない
文化の進展をはかり
世界平和と人類の福祉とに
寄与することを目的とする

日本大学は 広く知識を世界にもとめて
深遠な学術を研究し
心身ともに健全な文化人を
育成することを使命とする

年表

日本大学開校の地(千代田区飯田橋
  • 1889年 皇典講究所日本法律学校(現在の法学部の前身)を創立。学祖は時の司法大臣・山田顕義。創立者は宮崎道三郎(総代)、金子堅太郎、上條慎蔵、斯波淳六郎末岡精一添田壽一、野田藤吉郎(長森藤吉郎)、樋山資之、平島及平、穂積八束本多康直。初代校長に金子堅太郎(後の司法大臣)就任
  • 1893年 第1回卒業式を挙行。第2代校長に(後に初代学長・総長)に松岡康毅(後の農商務大臣)就任
  • 1895年 7月、三崎町校舎落成
  • 1898年 高等専攻科を設置し、卒業生に日本法律学士の称号を授与。財団法人日本法律学校となり皇典講究所より分離独立する
  • 1901年 高等師範科(後の文学部、現在の文理学部の前身)設置
  • 1903年 日本大学と改称
  • 1904年 商科(経済学部および商学部の前身)設置。専門学校令による大学となる
  • 1906年 初の留学生ヨーロッパへ送る
  • 1913年 2月に中学校(現在の一高・一中)を設置
  • 1914年 6月、「建学ノ主旨及綱領」制定
  • 1920年 大学令による大学設立(法文学部・商学部)。初めて女子の入学許可。高等工学校(理工学部の前身)設置
  • 1921年 美学科(芸術学部の前身)設置。1916年創立の東洋歯科医学専門学校(歯学部の前身)を合併
  • 1922年 総長・学長の二長制に移行
  • 1923年 専門学校令による日本大学廃止
  • 1925年 専門部医学科(医学部の前身)と日本大学専門学校(現在の近畿大学)を設置
  • 1927年 3月に第二中学校(現在の二高・二中)を、12月に幼稚園を設置。日本大学専門学校内に大阪中学校(現在の大阪学園大阪高等学校)を設置
  • 1928年 4月に工学部(現在の理工学部)を設置(高等工学校を昇格)
  • 1929年 3月に工業学校(現在の付属習志野高)を設置。10月に赤坂中学校(現在の三高・三中)を合併。専門部工科(工学部の前身)を設置
  • 1930年 3月に第四中学校(現在の日大高)を設置
  • 1932年 1月に医学科付属看護婦養成所(現在の医学部付属看護専門学校)を設置
  • 1934年 学部教育は昼間部のみで行い専門部教育は夜間とすることを大学理事会で決定(学部教育と専門部教育とを完全分割)。日本大学歯科医学校を日本大学専門部歯科と改称

日本大学旧本部・図書館棟
  • 1935年 大学本部・図書館棟竣工
  • 1936年 法人の代表として総裁を置き、総長・学長を法人外役員とする
  • 1937年 専門部拓殖科を設置(4月)、世田谷予科を設置(12月)
  • 1939年 芸術科が江古田校舎に移転、日本大学専門学校を日本大学大阪専門学校と改称
  • 1940年 日本大学大阪専門学校が独立、大阪中学校は日本大学にとどまる
  • 1943年 3月に医学部の認可(予科3年、学部4年制)。5月に農学部(現在の生物資源科学部)を設置(神奈川県藤沢市)
  • 1944年 大阪中学校が独立
  • 1946年 総裁を会頭と改め、理事長職を新設。4月に三島予科を設置(静岡県三島市)。第一中学校(旧制)及び第一商業学校、第二中学校(旧制)及び第二商業学校、第三中学校(旧制)及び第三商業学校が独立。
  • 1949年 新学制に移行。3月に農林高校(現在の付属藤沢高)を設置
  • 1950年 2月に世田谷高校(現在の付属櫻丘高)、江古田高校(定時制。昭和45年4月休校51年2月廃止)を、3月に短期大学(現在の短期大学部)を設置。
  • 1951年 学校法人日本大学認可(財団法人を学校法人へ組織変更)。2月に東北工業高校(現在の付属東北高)を設置。4月に大学院を設置。10月に東京獣医畜産大学付属高等学校を合併し、鶴ヶ丘高に名称変更。11月に1907年創立の東京獣医畜産大学を農学部に吸収合併。
  • 1952年 2月に工学部に薬学科(薬学部の前身)・工業経営学科(生産工学部の前身)を設置。3月 農学部に獣医学科を増設し、農獣医学部(生物資源科学部の前身)と改称。医学部・歯学部を新学制に移行。
  • 1954年 8月に豊山高校・中学校(現在の付属豊山高・中)を合併
  • 1956年 12月に歯学部付属歯科技工士養成所(現在の歯学部付属歯科技工専門学校)を設置
  • 1957年 12月に付属三島高を設置
  • 1959年 4月に歯科衛生士養成所(現在の歯学部付属歯科衛生専門学校)を設置
  • 1960年 4月に付属明誠高を設置
  • 1961年 大学令による日本大学廃止
  • 1962年 11月に山形第一高校(現在の付属山形高)を合併
  • 1966年 付属豊山女子高を設置
  • 1968年 会頭制を廃止し、会長と理事長に代表権を置く
  • 1971年 日本大学松戸歯科大学(松戸歯学部の前身)を千葉県松戸市に設置
  • 1974年 3月に松戸歯科大学付属歯科衛生専門学校(現在の松戸歯学部付属歯科衛生専門学校)を設置
  • 1975年 日本大学松戸歯科大学を廃止して日本大学に統合、松戸歯学部とする
  • 1976年 指定校(準付属に準ずる提携校)制度廃止
  • 1978年 三島教養部を改組し、国際関係学部を静岡県三島市に設置
  • 1980年 医学部附属看護専門学校を設置
  • 1982年 日本大学会館竣工、法人本部が三崎町から移転
  • 1985年 10月に付属豊山女子中学校を設置。11月に皇典講究所発祥記念碑を皇典講究所跡地(千代田区飯田橋)に國學院大學と建立
  • 1987年 薬学部を設置
  • 1988年 11月に付属山形中を設置
  • 1995年 農獣医学部を生物資源科学部と改称
  • 2000年 付属校提携している学校法人の名称の統一化完了(特別付属:学校法人日本大学第○学園/準付属:学校法人○○日本大学学園)
  • 2002年 日本大学旧本部棟(法学部図書館)解体(2004年法学部新図書館開館)
  • 2003年 付属三島中を設置
  • 2009年 4月に付属藤沢中を設置
  • 2010年1月7日、全額出資の事業会社株式会社日本大学事業部を設立[4]
  • 2013年 総長制を廃止し学長制へと移行
  • 2015年 4月1日に日本大学藤沢小学校を設置
  • 2016年 危機管理学部スポーツ科学部を世田谷区三軒茶屋に開設

  1. ^ 常務理事の紹介”. 学校法人日本大学. 2018年5月29日閲覧。
  2. ^ 『日本大学百年史』 第一巻、569-573頁
  3. ^ a b 理念(目的及び使命)”. 自主創造 - 日本大学 Nihon University - あなたとともに100万人の仲間とともに. 2019年3月18日閲覧。
  4. ^ 会社概要”. 株式会社日本大学事業部. 2018年5月29日閲覧。
  5. ^ 日本大学認定こども園 平成29(2017)年4月開園へ”. 日本大学 (2016年10月6日). 2016年10月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年10月8日閲覧。
  6. ^ “佐野短大を名称変更 「佐野日本大学短期大学」へ”. nu press e-NEWS(日本大学新聞) (日本大学新聞社). (2017年4月4日). http://www.nu-press.net/archives/article003694.html 2017年4月8日閲覧。 





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「学校法人日本大学」の関連用語

学校法人日本大学のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



学校法人日本大学のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの学校法人日本大学 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS