因果性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/18 13:21 UTC 版)
因果律
物理学における因果律
古典物理学での因果律とは、指定された物理系において「現在の状態を完全に指定すればそれ以後の状態はすべて一義的に決まる」と主張するものであったり、「現在の状態が分かれば過去の状態も分かる」と主張するものである[6]。
また相対性理論の枠内においては、情報は光速を超えて伝播することはなく、光速×時間の分以上離れた距離にある2つの物理系には、時間を遡って情報が飛ぶ事なしに、上記の時間内に情報のやり取りは起こらない。物理学の範疇ではこの「光速を超える情報の伝播は存在しない」という原理を同じく因果律という[6]。
原子や分子程度の極めて小さなスケールの現象では量子力学的な効果が無視できないほど大きく、古典的な意味での因果律は完全には成り立たない[7]。量子力学における基本方程式であるシュレディンガー方程式の解たる状態関数は、シュレディンガー方程式が満たす状態の確率振幅しか与えず、ある時点における物理的な状態が決定したとしてもその後の状態が一義的に決まるわけではないことを示している[8]。
古典的定義から離れ因果律の定義を「時間軸上のある一点において状態関数が決まれば以降の状態関数は自然に決まる」と解釈すれば「量子論的領域でも因果律は保たれる」と言える[9]。また、一見因果律が破れているように見える思考実験であるEPR相関においても、実際光速を超えているのは状態関数の収縮速度であり、状態関数そのものが演算子によって書き換えられる(つまり情報を受け取る)わけではなく、因果律は保たれていると言える[9]。
歴史
因果律の定義は時間の定義とも密接に関係している。また、「時間」や「因果」はそれを認識する人間の主観によっても左右される。いずれにせよ、我々の感覚における「時間」に相当する性質を一部でも持つものを時間として定義し、そうして定義された時間の下で因果と因果律の概念は定義される。
人間の因果に関する認識について問題提起を行った哲学者にイギリスのディヴィッド・ヒュームがいる。彼は普段人間がある物事と物事を結びつけて考える際、先に起こった事が後の事の原因になっていると観察する暗黙の経験則に導かれているに過ぎないのではないかと疑った。つまり蓋然性は必ずしも必然性を意味しないということであり、連続して起こった偶然を錯覚している可能性があるとする。
近世になると西欧でゴットフリート・ライプニッツらによって機械論的な世界観が強く主張され、簡単化された因果律が主張された。そして、20世紀初期にはアルベルト・アインシュタインによって相対性理論が発表されたが、そこには時空連続体という概念が含まれており、因果律についても新たな観点が与えられることとなった。
19世紀末から20世紀初頭に量子力学が形成され、1926年にはエルヴィン・シュレーディンガーによってシュレーディンガー方程式が示された。シュレーディンガー方程式の解となる波動関数 Ψ の物理的解釈は明確ではなかったが、マックス・ボルンによって波動関数の絶対値の2乗 |Ψ|2 が測定値の確率分布(確率密度関数)になるという、波動関数の確率解釈が与えられると、すべての物理現象は確率的に起こるという考えが示されるようになった。
このことは、ピエール=シモン・ラプラスが自身の確率論の中で示した「ラプラスの悪魔」の問題とはいささか事情が異なる。「ラプラスの悪魔」とは系の情報をすべて持っている観測者のことで、ラプラスは確率的事象は観測者の知る情報量の不足によって生じると考えた。この考えは古典力学に対しては正しいが、量子力学に対しては正しくない。量子力学においては、観測者が完全な情報を得ていたとしても、系の波動関数はシュレーディンガー方程式に従って時間発展し、波動関数そのものは決定論的に振る舞うが、観測される物理現象は確率的に振る舞う。従って、量子論的な世界における因果律は、従来考えられていた古典論に則した因果律とは違ってくる。
量子力学における確率的な現象に対して、古典論と同じようにそれが情報の不足によって現れるとする考えと、量子論的なスケールでは根源的に物理現象は確率的にしか予測できないとする考えが示された。アインシュタインは前者の考えを支持し、1935年にアインシュタインとボリス・ポドルスキー、ネイサン・ローゼンは実在論的な物理モデルが従うべき仮定と隠れた変数理論の必要性を示した[10]。一方、ニールス・ボーアは後者の考えを支持した。
アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの示した仮定は1967年にサイモン・コッヘンとアーンスト・シュペッカーが提出したコッヘン・シュペッカー定理によって否定された[11]。また実験的にも、1982年にアラン・アスペによってCHSH不等式が破れていることが報告され、局所実在論的な隠れた変数理論は否定された。CHSH不等式とは、ジョン・スチュワート・ベルが局所実在論的な測定モデルが満たすべき条件として導出したベルの不等式の一種であり、ジョン・クラウザー、マイケル・ホーン、アブナー・シモニー、リチャード・ホルトらによって示された不等式のことである。
因果律についてボーアは、あくまで人間的なスケールにおいて近似的に成り立っているに過ぎず、微視的なスケールでは成り立っていない、と考えていた[12]。ボーアの考えは、当時の量子力学は原子や分子のスケールで起こる現象を中心に取り扱っていて、原子などに比して巨大な系に対する量子論的な現象が知られていなかったことによる。
SFなどにおける因果律
因果律は、サイエンス・フィクション(SF)の分野ではしばしば扱われるテーマである。例えばタイムマシンについて、その存在により因果律が破綻することによるパラドックス(タイムパラドックス)がエッセンスとして用いられたり、または、そのようなパラドックスの「発生を防ぐ」という事が物語の主要テーマとして用いられるような例がある。
また、タイムマシンの可能性を否定する根拠として"因果律"が用いられている場合がある。タイムパラドックスの存在がその根拠とされる。しかし、因果律自体が科学的客観的に証明された事実ではない以上、タイムマシンの存在を否定する根拠として用いるのは不適当である。「ただし、因果律について考察を行う場合には、仮にタイムマシンの存在を仮定してみることが必要不可欠である」という。
注釈
出典
- ^ Oxford Dictionaries
- ^ お酒の代謝能力の違い
- ^ a b c d e 大沼正則 (1978)。
- ^ 平凡社『西洋思想大事典』(1990)【因果性】
- ^ a b c 『哲学・思想 事典』
- ^ a b 平凡社『世界大百科事典』 vol.7 p.7【因果律】。
- ^ 平凡社『西洋思想大事典』 (1990)【因果性】p.595。
- ^ Peskin, Schroeder (1995) Chapter 2 他。
- ^ a b 上田 (2004)。
- ^ Einstein, Podolsky, Rosen (1935).
- ^ Kochen, and Specker (1967).
- ^ ボーア論文集 (1)。
- ^ “とある勘違い治療の実例”. 夏井睦 (2001年12月20日). 2017年11月10日閲覧。
- ^ Matute, Helena; Blanco, Fernando; Yarritu, Ion; Díaz-Lago, Marcos; Vadillo, Miguel A.; Barberia, Itxaso (2015). “Illusions of causality: how they bias our everyday thinking and how they could be reduced” (English). Frontiers in Psychology 6. doi:10.3389/fpsyg.2015.00888. ISSN 1664-1078 .
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